平子編
4.
長い人生で、分別ができるようになっていたつもりだった。
イケそうな女と、イケなさそうな女ぐらい分かる。
真は確実に後者だ。
両思いにはならない。
なのに、自分の感情は言うことを聞かない。
一緒にいたい。
触れたい。
愛されたい。
所詮無理な事を望んでしまう。
惨めだった。
「辛いなあ……」
平子が隊舎裏でタバコを吸っていると、足音が聞こえてきた。
「…タバコ、また吸い始めたのか?」
昨日、自分の悩みを打ち明けた友人が、遠慮がちにやってきた。
「まあな。最近、復活したねん」
「一本くれよ」
「ん、付きおうて」
平子が箱を差し出すと、拳西は一本取り出し、口に咥えながら平子の横にあぐらをかいた。平子はライターの火をつけて、拳西のタバコに近づけた。
拳西は大きく吸ってから、フーっと煙を吐き出すと、眉間にシワをよせた。
「……まじい」
タバコを口から離し、拳西はうえっと舌を出した。その横で平子が笑い、タバコを吸った。
「やめてからどんくらい?」
「…コッチ来てからだから、2年半くらいか」
「あっちにおった時は、バカバカ吸っとったのにな」
「吸って飲んでばっかやってたな」
「まあ…そんくらいやらんと、もたんかったよな」
何故平子がタバコを再開させたのか、昨日の様子を見て、拳西には想像がついた。
「………昨日、悪かったな」
タバコを咥えて、地面を見ながら拳西は謝った。平子は拳西を見ずに、煙を吐き出した。
「…別にええて……。気にしとらん」
ウソつけ、と言いたかったが、それ以上触れてほしく無さそうな平子を見て、拳西は小さく、すまん、と言って黙った。
「……一時期リサも吸っとったって、知っとる?」
「まじかよ。知らねえ」
「ほんで警察に見つかって、何故か俺が迎えに行ってん。アホやろ」
「お前、エロ本も買いに行かされてたよな」
「あれは別にええねん。俺も読んどったし」
「ハハッ馬鹿みてえ」
「何やねん馬鹿て。お前も読んどったやろ」
「読んでねーよ」
「ウソつけえ」
そんなくだらない会話をしていると、誰かが走って近づいてくる音がした。
霊圧ですぐ分かった。
平子の心臓が高鳴った。
急いでタバコを携帯灰皿に押し付け、隠した。
「いたいた。平子隊長!」
建物の影から真が顔を出し、平子の顔を見た瞬間笑顔になった。
自分を見つけて喜んでくれた事に、平子の体温が上がった。だが、顔に出さないよう、ワザと顔をしかめた。
「あ、六車隊長。すみません、お話中でしたか…」
真が下がろうとしたのを見て、拳西は立ち上がって真を引き止めた。
「いや、もう行く。じゃあな、真子」
拳西はタバコを口に咥えたまま、二人に背を向けて去っていった。平子も、おう、と返してから立ち上がり、真に向き直った。
「何やった?今日の分の書類は終わらしたけど?」
真は首を振って、少し高揚した顔で平子を見上げた。
「前にライブのチケット応募したのが、当たりました!!」
「マジかお前!!!やったやん!!!」
真はめったに見せない笑顔で話した。真が、こんなにも素直に感情を表すのは珍しい。心を開いてくれているのが分かり、平子も自然と笑顔になった。
「それで、あの…ペアチケットが当たったので、平子隊長が良ければ、一緒に行きませんか?」
「ンあ!!!??」
予想だにしなかった誘いに、平子の口から変な声が出た。そんな平子を見て、真が少し動揺した。
「あ、いえ、無理にとは…。私、初めて行くので、平子隊長がいてくださると、安心で……」
「あ、ちゃうちゃう。嫌とかやないで」
申し訳なさそうにする真を見て、平子が食い気味に訂正すると、真の目が期待に満ち、平子は安心した。
「俺でええんか?乱菊ちゃんとかと一緒やなくて」
あと、綾瀬川とかおるし……。と、言いかけた寸前で、自虐的な言葉を飲み込んだ。
「話が合う人との方が、楽しいかと」
真の言葉に安心した平子は、そか、と言って、照れ隠しに頭をかいた。
「ありがとさん。めちゃくちゃ嬉しいわ」
「隊長、好きですもんね。このバンド」
「せやねえ…」
それもあるけど、お前と行けるのが嬉しいねん……。
気づいて欲しいような、欲しくないような、複雑な気持ち……。
ライブ当日は、二人して午後から休みをとり、現世に行った。
平子が雛森にライブの事を話すと、雛森は小さく、頑張ってくださいね、と言ってきた。雛森には何となく気づかれているが、平子は知らない振りをし続けた。
現世で、カフェに寄ったり、レコードショップに寄ったりしていると、あっと言う間に時間は過ぎ、ライブも、楽しそうな真を見ていたら知らないうちに終わっていた。
何でコイツとおると、こんなに楽しいんやろ。どんだけ一緒におっても、時間が足りへん。
辺りはすっかり夜更けで、夜の住人達がネオンの光の中で活動している中、平子と真は余韻に浸りながら歩いていた。
「やっぱ、生歌は、最の高のてっぺんさんやなあ………」
「はい…私まだ心臓がドキドキしてます…凄かった…」
「なー。肺活量半端ないよな」
平子はふと、自身の空腹に気が付き、手頃な居酒屋に真を誘った。
居酒屋の個室の明るい所で真を見ると、髪がだいぶ乱れていた。
「真、髪グシャグシャやで。はしゃぎすぎ」
「あ…本当だ」
真は頭に手をやり、おくれ毛がだいぶ出ている事を確認すると、ゴムを外して髪をおろした。
真は髪を結び直そうとしていたが、基本的に不器用な為、鏡が無いとキレイにまとめられないようで苦戦していた。
「ハハッ、何や、不器用やなあ。貸してみ」
平子は笑いながら立ち上がり、向かいに座る真の後ろにいくと、ゴムを取り上げた。
「やったるわ。俺、こーゆーん得意やし」
「ありがとうございます…」
真が俯いたのか、お辞儀をしたのか、頭を下げると、うなじが見えた。いつもハイネックと、髪で隠れている真のうなじを、平子は初めてじっくり見た。
好きな女のものだからか、嫌に艶めいて見えた。今までの自分だったら、何か言葉の駆け引きをして、このうなじにキスをする事ができただろう。だが、この女には駆け引きは無駄だ。駆け引きを楽しむどころか、自身のパーソナルスペースを犯そうとする者は、容赦なく見限る。小手先で手に入れる事ができない女なのだ。
なぜこんな難攻不落女を好いてしまったのか、全く稚拙だと思う。平子は自分にガッカリしつつも、胸に劣情を懐きながら、好いた女の髪を手ですいた。
「……前から聞きたかったんやけど……」
「なんですか?」
「前、お前が俺を送ってくれた時、お前……俺の下の名前呼んだやろ?なんで?」
動揺を表に出さないように、平子はあくまであっさりと、真の後ろ姿に問いかけた。髪をまとめる手は止めない。
「……そうでしたっけ……」
実に冷静な声だ。動揺など露ほども無い。
その時、平子は気付いてしまった。真のうなじに、じんわりと汗が浮かぶのを……。
「平子隊長の聞き間違いじゃ、ないですか……?」
真の声からは、真意を組み取る事はできなかった。
その汗は、なんや……。暑いんか…。動揺してるんか……。まあ、どっちでも同じか。俺は、負け戦してんねんから。
「……ほうかもな……」
悲しみを悟られないよう気をつけたが、小さな声になってしまった。
楽しかった夜は過ぎて、終わりが近づいてきた。愛しい人との二人きりの時間が終わる…。自分一人だけが、こんな気持ちを懐いているのが、たまらなく惨めだった。
長い人生で、分別ができるようになっていたつもりだった。
イケそうな女と、イケなさそうな女ぐらい分かる。
真は確実に後者だ。
両思いにはならない。
なのに、自分の感情は言うことを聞かない。
一緒にいたい。
触れたい。
愛されたい。
所詮無理な事を望んでしまう。
惨めだった。
「辛いなあ……」
平子が隊舎裏でタバコを吸っていると、足音が聞こえてきた。
「…タバコ、また吸い始めたのか?」
昨日、自分の悩みを打ち明けた友人が、遠慮がちにやってきた。
「まあな。最近、復活したねん」
「一本くれよ」
「ん、付きおうて」
平子が箱を差し出すと、拳西は一本取り出し、口に咥えながら平子の横にあぐらをかいた。平子はライターの火をつけて、拳西のタバコに近づけた。
拳西は大きく吸ってから、フーっと煙を吐き出すと、眉間にシワをよせた。
「……まじい」
タバコを口から離し、拳西はうえっと舌を出した。その横で平子が笑い、タバコを吸った。
「やめてからどんくらい?」
「…コッチ来てからだから、2年半くらいか」
「あっちにおった時は、バカバカ吸っとったのにな」
「吸って飲んでばっかやってたな」
「まあ…そんくらいやらんと、もたんかったよな」
何故平子がタバコを再開させたのか、昨日の様子を見て、拳西には想像がついた。
「………昨日、悪かったな」
タバコを咥えて、地面を見ながら拳西は謝った。平子は拳西を見ずに、煙を吐き出した。
「…別にええて……。気にしとらん」
ウソつけ、と言いたかったが、それ以上触れてほしく無さそうな平子を見て、拳西は小さく、すまん、と言って黙った。
「……一時期リサも吸っとったって、知っとる?」
「まじかよ。知らねえ」
「ほんで警察に見つかって、何故か俺が迎えに行ってん。アホやろ」
「お前、エロ本も買いに行かされてたよな」
「あれは別にええねん。俺も読んどったし」
「ハハッ馬鹿みてえ」
「何やねん馬鹿て。お前も読んどったやろ」
「読んでねーよ」
「ウソつけえ」
そんなくだらない会話をしていると、誰かが走って近づいてくる音がした。
霊圧ですぐ分かった。
平子の心臓が高鳴った。
急いでタバコを携帯灰皿に押し付け、隠した。
「いたいた。平子隊長!」
建物の影から真が顔を出し、平子の顔を見た瞬間笑顔になった。
自分を見つけて喜んでくれた事に、平子の体温が上がった。だが、顔に出さないよう、ワザと顔をしかめた。
「あ、六車隊長。すみません、お話中でしたか…」
真が下がろうとしたのを見て、拳西は立ち上がって真を引き止めた。
「いや、もう行く。じゃあな、真子」
拳西はタバコを口に咥えたまま、二人に背を向けて去っていった。平子も、おう、と返してから立ち上がり、真に向き直った。
「何やった?今日の分の書類は終わらしたけど?」
真は首を振って、少し高揚した顔で平子を見上げた。
「前にライブのチケット応募したのが、当たりました!!」
「マジかお前!!!やったやん!!!」
真はめったに見せない笑顔で話した。真が、こんなにも素直に感情を表すのは珍しい。心を開いてくれているのが分かり、平子も自然と笑顔になった。
「それで、あの…ペアチケットが当たったので、平子隊長が良ければ、一緒に行きませんか?」
「ンあ!!!??」
予想だにしなかった誘いに、平子の口から変な声が出た。そんな平子を見て、真が少し動揺した。
「あ、いえ、無理にとは…。私、初めて行くので、平子隊長がいてくださると、安心で……」
「あ、ちゃうちゃう。嫌とかやないで」
申し訳なさそうにする真を見て、平子が食い気味に訂正すると、真の目が期待に満ち、平子は安心した。
「俺でええんか?乱菊ちゃんとかと一緒やなくて」
あと、綾瀬川とかおるし……。と、言いかけた寸前で、自虐的な言葉を飲み込んだ。
「話が合う人との方が、楽しいかと」
真の言葉に安心した平子は、そか、と言って、照れ隠しに頭をかいた。
「ありがとさん。めちゃくちゃ嬉しいわ」
「隊長、好きですもんね。このバンド」
「せやねえ…」
それもあるけど、お前と行けるのが嬉しいねん……。
気づいて欲しいような、欲しくないような、複雑な気持ち……。
ライブ当日は、二人して午後から休みをとり、現世に行った。
平子が雛森にライブの事を話すと、雛森は小さく、頑張ってくださいね、と言ってきた。雛森には何となく気づかれているが、平子は知らない振りをし続けた。
現世で、カフェに寄ったり、レコードショップに寄ったりしていると、あっと言う間に時間は過ぎ、ライブも、楽しそうな真を見ていたら知らないうちに終わっていた。
何でコイツとおると、こんなに楽しいんやろ。どんだけ一緒におっても、時間が足りへん。
辺りはすっかり夜更けで、夜の住人達がネオンの光の中で活動している中、平子と真は余韻に浸りながら歩いていた。
「やっぱ、生歌は、最の高のてっぺんさんやなあ………」
「はい…私まだ心臓がドキドキしてます…凄かった…」
「なー。肺活量半端ないよな」
平子はふと、自身の空腹に気が付き、手頃な居酒屋に真を誘った。
居酒屋の個室の明るい所で真を見ると、髪がだいぶ乱れていた。
「真、髪グシャグシャやで。はしゃぎすぎ」
「あ…本当だ」
真は頭に手をやり、おくれ毛がだいぶ出ている事を確認すると、ゴムを外して髪をおろした。
真は髪を結び直そうとしていたが、基本的に不器用な為、鏡が無いとキレイにまとめられないようで苦戦していた。
「ハハッ、何や、不器用やなあ。貸してみ」
平子は笑いながら立ち上がり、向かいに座る真の後ろにいくと、ゴムを取り上げた。
「やったるわ。俺、こーゆーん得意やし」
「ありがとうございます…」
真が俯いたのか、お辞儀をしたのか、頭を下げると、うなじが見えた。いつもハイネックと、髪で隠れている真のうなじを、平子は初めてじっくり見た。
好きな女のものだからか、嫌に艶めいて見えた。今までの自分だったら、何か言葉の駆け引きをして、このうなじにキスをする事ができただろう。だが、この女には駆け引きは無駄だ。駆け引きを楽しむどころか、自身のパーソナルスペースを犯そうとする者は、容赦なく見限る。小手先で手に入れる事ができない女なのだ。
なぜこんな難攻不落女を好いてしまったのか、全く稚拙だと思う。平子は自分にガッカリしつつも、胸に劣情を懐きながら、好いた女の髪を手ですいた。
「……前から聞きたかったんやけど……」
「なんですか?」
「前、お前が俺を送ってくれた時、お前……俺の下の名前呼んだやろ?なんで?」
動揺を表に出さないように、平子はあくまであっさりと、真の後ろ姿に問いかけた。髪をまとめる手は止めない。
「……そうでしたっけ……」
実に冷静な声だ。動揺など露ほども無い。
その時、平子は気付いてしまった。真のうなじに、じんわりと汗が浮かぶのを……。
「平子隊長の聞き間違いじゃ、ないですか……?」
真の声からは、真意を組み取る事はできなかった。
その汗は、なんや……。暑いんか…。動揺してるんか……。まあ、どっちでも同じか。俺は、負け戦してんねんから。
「……ほうかもな……」
悲しみを悟られないよう気をつけたが、小さな声になってしまった。
楽しかった夜は過ぎて、終わりが近づいてきた。愛しい人との二人きりの時間が終わる…。自分一人だけが、こんな気持ちを懐いているのが、たまらなく惨めだった。