平子編
2.
早い時間から開いている居酒屋の個室で、3人はビールをジョッキで頼んでいた。
平子は半分程を一気に飲み干すと、机にジョッキを叩きつける様に置いて、項垂れた。
「……どっから、見てました……?」
向かいに座る拳西とローズを見もせず、平子は俯いたまま二人に聞いた。二人は目配せして、拳西が口を開いた。
「お前が手をあげて、ワキワキしてから降ろすまでだな」
それを聞いて、平子は机に突っ伏した。
「一部始終〜〜……………」
誰にも明かさなかった感情を悟られたショックは、平子には余りにも大きく、机に突っ伏したまま黙ってしまった。
沈黙に耐えかねたローズが、優しく微笑みながら口を開いた。
「真子は、好きなんだ?あの子の事が」
ローズは、なるべく平子を傷つけ無いよう気を使ってはいたが、半分は興味があった。
長年共同生活を送った仲ではあるが、平子真子は本心を多くは語らない男だった。その男が、自制心が保てず触れたくなる程の恋をしたなら、心から応援したかった。
平子は体を起こし、猫背の姿勢で気まずそうに目を泳がせた。
「……いい歳したオッサンに、そないな事言わせんといて…………キモいから」
珍しく卑屈な態度をとる平子に、ローズだけでなく、拳西も動揺した。
「いいんじゃねえの?別に…。まだ許される歳だろ、俺ら」
ビールを飲みながら、拳西が励ます。横でローズも頷いた。
「そ、そうだよ真子。現世にいた頃は、恋なんて考えられなかったけど、コッチなら何も気にする事……」
「アホ。気にする事あるわ………」
神妙な顔をした平子が、拳を額に当てた。
「……最初から、負け戦しとんねん………」
その言葉で、平子が諦めようにも諦めきれずに苦しんでいる事が容易に想像できた。ローズが憐れむように、平子を見た。
「……真子……」
「もうバレてまったから言うけど!!!!メッチャ辛い!!!!」
ヤケクソになった平子が、突然大きな声を出して、ワハハハハと自虐的に笑った。
「いいオッサンが100歳近く年下の部下に惚れるだけでもイタイのに!!好きな奴が誰かも知ってるのに未練タラタラなオレ!!!!!!ダサい!!!!ミジメ!!!!そしてイタイ!!!!奢ってーーーーーーー!!!!!!」
突然心中を吐露した平子を見て、拳西とローズは急いで平子の両脇に座り、肩に手を置いた。
「仕方ねえよそれは!!飲もうぜ」
「拳西……」
「拳西の言うとおりだよ。飲もう」
「ローズ………」
「白呼ぶか?」
「すぐ言いふらしそうやから、ヤメテ………」
気づくと周りは暗くなり、仕事を終えた死神達が続々と居酒屋に集まってきた。
明るいうちから飲み始めた3人は既に出来上がり、酒の勢いに任せては言いたい事を言い合った。
「この歳になるとな、エッチな女より、安心感選んでまうねん」
「i-see i-see 分かるよ真子」
ほろ酔いの平子とローズが、ジョッキを握りしめながら話していた。拳西は横で枝豆をつまんでいる。
「アイツとは趣味合うし、カッコつけずに話せるし、楽しいねん。アイツとおると」
「年の差も感じず?ワオ」
「せやねん!! 絶対アイツも俺とおる時が1番素で話せとると思うねんけど、何で俺を選ばへんねん!!!見る目ないわあー!!!」
「若い女のコは、ドキドキを大事にするからねえ」
机をバンバン叩く平子の横で、ローズがしんみりと言った。平子は爆発した鬱憤にムシャクシャしながら、ビールをいっきに煽った。ジョッキを荒々しく机に置いて、平子はどこか遠くを見た。
「……アイツ、意外とキザなんが好きなんかなあ……」
思い出すのは、黒髪のオカッパキザ野郎。既に振られているとはいえ、難攻不落と思われた霧島真を一度でも落としたあいつが、未だに恨めしい……。
「無理した所で、自分の首締めるだけだぞ」
平子の考えを読んでか、拳西が険しい表情で平子に指摘した。
「アホ。そんな童貞みたいな事せんわ」
平子は笑ってそう言うと、酔っ払いよろしく、机に身を投げだして寝始めた。
「…寝ちゃったねえ……」
「こいつが、こんなになるなんてな……」
呻きながら眠る平子を見ながら、拳西とローズは静かに酒を飲んだ。その目には、哀れみ感情が宿っていた。
「……応援、してあげたいね」
「まあ……愚痴ぐらいは聞いてやろうぜ」
「……もう一軒、行こうか?」
「そうだな、五番隊の副官呼ぶか」
平子を連れ帰えさせる為に、拳西は平子の伝令神機を手に取り、その間にローズはトイレに立った。
酔った頭で、拳西は五番隊の副官の顔は思い出せても、名前が思い出せずにいた。
仕方なく、着信履歴で1番頻出している名前に電話をした。
直ぐに出た。
「もしもし…?」
女の声だ。五番隊の副官は女だから、多分当たりだろう。
拳西は話始めた。
「お前のとこの隊長が、酔いつぶれちまってよ。迎えに来れねえか?」
「………場所はどこですか?」
そこはかとなく苛ついた声に、拳西は疑問を抱いた。
こんな冷めた話し方する奴だったか?
場所を伝えると、直ぐに電話は切られ、拳西とローズは酒を酌み交わしながら、平子の迎えを待った。
拳西は直ぐに自身の失敗を悟った。
平子を迎えに来たのは、拳西の頭の中にある小動物のような女ではなく、感情を顔に出さない、冷めた顔つきの女……五番隊舎で見た、平子真子の想い人だった。
「帰って来ないと思ったら………何をしているんですか………」
冷たい口調で、真は平子を見下ろしながら言うが、平子は寝ており、真の到着すら気付いていなかった。
ローズは黙って、拳西を見た。真子のこんな醜態を真子の想い人に見せるなんて!と目で訴えると、拳西もバツの悪そうな顔をしていた。
「…すまん。ちょっと俺らが飲ませすぎた」
平子の株を下げないよう拳西がフォローするが、真は黙って拳西を見るだけで、答えなかった。
真が怒っていると思った二人は、いよいよマズイ事をした、と焦っていた。
真からしたら、100年一緒に過ごした友人との飲み会なら口を出すつもりは無かったが、平子を前にするとつい悪態をついてしまうだけで、怒っている訳では無い。電話での口調が苛ついている様に思えたのは、平子からの電話に期待したのを隠そうとした結果だ。そして、拳西からの謝罪に答えなかったのは、他隊の隊長に謝らせてしまい、困惑していたからだ。
双方のすれ違いから気まずい空気が流れ、真は小さく、すみません、と頭を下げると、平子の肩を揺すった。
「平子隊長。起きてください。帰りますよ」
「ん……うう………ん?」
明らかに拳西でもローズでも無い声に、平子が訝しげに目を開けると、真が顔を覗き込んでいた。
「なっ!!!???ま、まままま真!!!???何でココにおんねん!!!!」
余りの驚きから平子が立ち上がると、酔が回って足がふらついた。そこを、真が平子の腕を掴んで支えると、困った顔でため息をついた。
「……こんなになるまで飲んで……」
真が平子の肩に手をかけた。真との接近に、平子の体温が上がる。
「……すまん……」
「家まで送ります」
「ええて。自分で帰れる」
平子は俯いて、申し訳なさそうに目をふせた。だが、無理矢理真の手を振り解く事はしなかった。
「フラフラのくせに、何言ってるんですか」
「大丈夫や言うて………ンお!!」
真がしゃがんだと思ったら、平子の膝裏と腰に手をかけ、いっきに持ち上げた。
「お姫様抱っこはやめえええええええええ!!!!!!!!!!」
オジサンが若い部下にお姫様抱っこをされる恥辱に耐えきれず、平子が全力で叫んだ。その様子を見た真は、ハッと鼻で笑った。
「昼間からサボって酒を飲んだ罰ですよ」
真は拳西とローズに向き直り、ペコリと頭を下げた。平子は両手で顔を覆っていた。
「お騒がせしました」
そう言って、真は平子をお姫様抱っこしたまま居酒屋内を歩いて出て行った。
顔を隠していても、金髪オカッパ頭に隊長羽織を着ていれば、誰もが平子真子だと分かった。
「彼女……怒ってたかな……?」
「……どうだろうな」
「明日真子に謝りなよ」
「…………おう………」
早い時間から開いている居酒屋の個室で、3人はビールをジョッキで頼んでいた。
平子は半分程を一気に飲み干すと、机にジョッキを叩きつける様に置いて、項垂れた。
「……どっから、見てました……?」
向かいに座る拳西とローズを見もせず、平子は俯いたまま二人に聞いた。二人は目配せして、拳西が口を開いた。
「お前が手をあげて、ワキワキしてから降ろすまでだな」
それを聞いて、平子は机に突っ伏した。
「一部始終〜〜……………」
誰にも明かさなかった感情を悟られたショックは、平子には余りにも大きく、机に突っ伏したまま黙ってしまった。
沈黙に耐えかねたローズが、優しく微笑みながら口を開いた。
「真子は、好きなんだ?あの子の事が」
ローズは、なるべく平子を傷つけ無いよう気を使ってはいたが、半分は興味があった。
長年共同生活を送った仲ではあるが、平子真子は本心を多くは語らない男だった。その男が、自制心が保てず触れたくなる程の恋をしたなら、心から応援したかった。
平子は体を起こし、猫背の姿勢で気まずそうに目を泳がせた。
「……いい歳したオッサンに、そないな事言わせんといて…………キモいから」
珍しく卑屈な態度をとる平子に、ローズだけでなく、拳西も動揺した。
「いいんじゃねえの?別に…。まだ許される歳だろ、俺ら」
ビールを飲みながら、拳西が励ます。横でローズも頷いた。
「そ、そうだよ真子。現世にいた頃は、恋なんて考えられなかったけど、コッチなら何も気にする事……」
「アホ。気にする事あるわ………」
神妙な顔をした平子が、拳を額に当てた。
「……最初から、負け戦しとんねん………」
その言葉で、平子が諦めようにも諦めきれずに苦しんでいる事が容易に想像できた。ローズが憐れむように、平子を見た。
「……真子……」
「もうバレてまったから言うけど!!!!メッチャ辛い!!!!」
ヤケクソになった平子が、突然大きな声を出して、ワハハハハと自虐的に笑った。
「いいオッサンが100歳近く年下の部下に惚れるだけでもイタイのに!!好きな奴が誰かも知ってるのに未練タラタラなオレ!!!!!!ダサい!!!!ミジメ!!!!そしてイタイ!!!!奢ってーーーーーーー!!!!!!」
突然心中を吐露した平子を見て、拳西とローズは急いで平子の両脇に座り、肩に手を置いた。
「仕方ねえよそれは!!飲もうぜ」
「拳西……」
「拳西の言うとおりだよ。飲もう」
「ローズ………」
「白呼ぶか?」
「すぐ言いふらしそうやから、ヤメテ………」
気づくと周りは暗くなり、仕事を終えた死神達が続々と居酒屋に集まってきた。
明るいうちから飲み始めた3人は既に出来上がり、酒の勢いに任せては言いたい事を言い合った。
「この歳になるとな、エッチな女より、安心感選んでまうねん」
「i-see i-see 分かるよ真子」
ほろ酔いの平子とローズが、ジョッキを握りしめながら話していた。拳西は横で枝豆をつまんでいる。
「アイツとは趣味合うし、カッコつけずに話せるし、楽しいねん。アイツとおると」
「年の差も感じず?ワオ」
「せやねん!! 絶対アイツも俺とおる時が1番素で話せとると思うねんけど、何で俺を選ばへんねん!!!見る目ないわあー!!!」
「若い女のコは、ドキドキを大事にするからねえ」
机をバンバン叩く平子の横で、ローズがしんみりと言った。平子は爆発した鬱憤にムシャクシャしながら、ビールをいっきに煽った。ジョッキを荒々しく机に置いて、平子はどこか遠くを見た。
「……アイツ、意外とキザなんが好きなんかなあ……」
思い出すのは、黒髪のオカッパキザ野郎。既に振られているとはいえ、難攻不落と思われた霧島真を一度でも落としたあいつが、未だに恨めしい……。
「無理した所で、自分の首締めるだけだぞ」
平子の考えを読んでか、拳西が険しい表情で平子に指摘した。
「アホ。そんな童貞みたいな事せんわ」
平子は笑ってそう言うと、酔っ払いよろしく、机に身を投げだして寝始めた。
「…寝ちゃったねえ……」
「こいつが、こんなになるなんてな……」
呻きながら眠る平子を見ながら、拳西とローズは静かに酒を飲んだ。その目には、哀れみ感情が宿っていた。
「……応援、してあげたいね」
「まあ……愚痴ぐらいは聞いてやろうぜ」
「……もう一軒、行こうか?」
「そうだな、五番隊の副官呼ぶか」
平子を連れ帰えさせる為に、拳西は平子の伝令神機を手に取り、その間にローズはトイレに立った。
酔った頭で、拳西は五番隊の副官の顔は思い出せても、名前が思い出せずにいた。
仕方なく、着信履歴で1番頻出している名前に電話をした。
直ぐに出た。
「もしもし…?」
女の声だ。五番隊の副官は女だから、多分当たりだろう。
拳西は話始めた。
「お前のとこの隊長が、酔いつぶれちまってよ。迎えに来れねえか?」
「………場所はどこですか?」
そこはかとなく苛ついた声に、拳西は疑問を抱いた。
こんな冷めた話し方する奴だったか?
場所を伝えると、直ぐに電話は切られ、拳西とローズは酒を酌み交わしながら、平子の迎えを待った。
拳西は直ぐに自身の失敗を悟った。
平子を迎えに来たのは、拳西の頭の中にある小動物のような女ではなく、感情を顔に出さない、冷めた顔つきの女……五番隊舎で見た、平子真子の想い人だった。
「帰って来ないと思ったら………何をしているんですか………」
冷たい口調で、真は平子を見下ろしながら言うが、平子は寝ており、真の到着すら気付いていなかった。
ローズは黙って、拳西を見た。真子のこんな醜態を真子の想い人に見せるなんて!と目で訴えると、拳西もバツの悪そうな顔をしていた。
「…すまん。ちょっと俺らが飲ませすぎた」
平子の株を下げないよう拳西がフォローするが、真は黙って拳西を見るだけで、答えなかった。
真が怒っていると思った二人は、いよいよマズイ事をした、と焦っていた。
真からしたら、100年一緒に過ごした友人との飲み会なら口を出すつもりは無かったが、平子を前にするとつい悪態をついてしまうだけで、怒っている訳では無い。電話での口調が苛ついている様に思えたのは、平子からの電話に期待したのを隠そうとした結果だ。そして、拳西からの謝罪に答えなかったのは、他隊の隊長に謝らせてしまい、困惑していたからだ。
双方のすれ違いから気まずい空気が流れ、真は小さく、すみません、と頭を下げると、平子の肩を揺すった。
「平子隊長。起きてください。帰りますよ」
「ん……うう………ん?」
明らかに拳西でもローズでも無い声に、平子が訝しげに目を開けると、真が顔を覗き込んでいた。
「なっ!!!???ま、まままま真!!!???何でココにおんねん!!!!」
余りの驚きから平子が立ち上がると、酔が回って足がふらついた。そこを、真が平子の腕を掴んで支えると、困った顔でため息をついた。
「……こんなになるまで飲んで……」
真が平子の肩に手をかけた。真との接近に、平子の体温が上がる。
「……すまん……」
「家まで送ります」
「ええて。自分で帰れる」
平子は俯いて、申し訳なさそうに目をふせた。だが、無理矢理真の手を振り解く事はしなかった。
「フラフラのくせに、何言ってるんですか」
「大丈夫や言うて………ンお!!」
真がしゃがんだと思ったら、平子の膝裏と腰に手をかけ、いっきに持ち上げた。
「お姫様抱っこはやめえええええええええ!!!!!!!!!!」
オジサンが若い部下にお姫様抱っこをされる恥辱に耐えきれず、平子が全力で叫んだ。その様子を見た真は、ハッと鼻で笑った。
「昼間からサボって酒を飲んだ罰ですよ」
真は拳西とローズに向き直り、ペコリと頭を下げた。平子は両手で顔を覆っていた。
「お騒がせしました」
そう言って、真は平子をお姫様抱っこしたまま居酒屋内を歩いて出て行った。
顔を隠していても、金髪オカッパ頭に隊長羽織を着ていれば、誰もが平子真子だと分かった。
「彼女……怒ってたかな……?」
「……どうだろうな」
「明日真子に謝りなよ」
「…………おう………」