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東仙編

「十一番隊に似つかわない女性がいたよ」
十二番隊に寄ってから自分の隊舎に戻り、東仙は檜佐木に今日あった事を話した。
「ああ、去年、四席になった奴ッスね」
東仙は檜佐木から、霧島真の事を聞いた。長い間無名だったが、綾瀬川に推薦されて四席になった事、就任当日に多くの隊士と戦わされた事、十一番隊で御法度の班を初めて作った事………。
「どうして班を作ったんだろうか」
「さあ、そこまでは。あいつ、飲み会とか全然来ないらしくて、殆ど誰とも付き合い無いらしいんすよ。だから、あいつの事深く知ってる奴、俺は知りませんね」
そうか、と言って東仙は考え込んだ。余計なお世話なのは分かっているが、彼女が十一番隊にいるのは酷なんじゃないかと思っていた。更木と気が合う様には到底思えなかった。
 だからと言って自分が口を出せる訳でもなく、その話はそれで終わった。


 次の日、檜佐木と精霊艇内を歩いていると、あの心地良い霊圧を感じた。霧島真だ。東仙は檜佐木に断りをいれて霊圧の元に行くと、屋外武道場についた。中で数人の女隊士相手に稽古をしているらしかった。斬撃を白打で受け流しながら、弱点を指摘していた。
「横からの攻撃に弱い!腕の筋力をつけなさい!カナタ!無闇に飛ぶなと言っているだろう!回り込まれるぞ!」
相手は複数で切りかかっていても、白打の真に敵わないようだった。しかも、真にはアドバイスをする余裕まである。
 東仙と檜佐木が感心して見ていると、真が手をあげて稽古をつけていた女達を止め、二人に向き直った。
「こんにちは、東仙隊長、檜佐木副隊長。何か御用ですか?」
「いや、たまたま近くを通りかかってね、ちょっと気になって寄っただけだよ。中断させて悪かったね」
東仙はそれだけ言って武道場から出ていった。檜佐木は慌てて追いかける。
 真と部下達は不思議そうに、二人の背中を見ていた。


「何が見たかったんですか?」
先を歩く東仙を追いながら、檜佐木が聞いた。東仙は何かを考えるようにしながら、しばらく黙っていた。
「ちょっと、見てみたかったんだ」
「霧島をですか?」
「…………」


 終業後、東仙が残業をして通信の編集をしていると、綾瀬川弓親の原稿が無い事に気がついた。終業時間から数分しか経っていないため、まだ居るかと思い十一番隊に向かった。
 十一番隊は既に静まり返っており、門を開けて見ても人影は見えなかった。
 廊下を進み、執務室のドアをノックすると返事があった。
「失礼するよ」
東仙がドアを開けると、コピーを取っている真しか部屋にはいなかった。
「東仙隊長?」
「一人かい?綾瀬川君は……」
「すみません。皆さん帰られまして……」
東仙は呆気にとられて、口が空いてしまった。
「十一番隊は、随分仕事が早いんだね」
つい皮肉を口走ってしまった東仙は後悔した、真の霊圧が落ち込んでしまったからだ。真は、申し訳なさそうに俯いて、言葉を探していた。
「……すまない。君を困らせるつもりは無かったんだ」
「いえ、東仙隊長には、失礼ばかりを………」
気まずい沈黙が流れ、真は黙ったまま立っているだけで、喋ろうとしない為、東仙は会話の糸口を探した。
「あー……君は、帰らないでいいのかい?帰ってやりたい事もあるだろう」
東仙が話出すと、真の霊圧が少しだけ軽くなり、東仙はホッとした。
「私は…仕事をしていた方が楽なんです。帰っても、やる事も無いですし」
つまらない人間なんです、と真は自虐的に言った。
「そんな事は無いよ、私は君と話が出来た数分を、穏やかに過ごす事が出来たんだ」
その時、東仙はまるで違う自分が話しているんじゃないかと思う程、饒舌で根拠の無い自信があった。
「私もこの後暇なんだが、もし君が嫌でなければ、一緒に食事でもどうかな?嫌な思いをさせたお詫びに」
「え、………」
真の反応で、東仙は自分に戻った。なんて事を言ってしまったんだと後悔した。これでは、ナンパと何も変わらないでは無いか………。
「すまない。更に困る事を言ってしまって………」
「いえ、困るとか、そういうのでは無いですが………すみません。驚いて」
真は一回深呼吸をしてから、言葉を続けた。
「他隊の隊長から、食事に誘っていただけるような、そんな立場になれたのが………その、不思議で……」
東仙は、真から軽い男には見られていないと感じて、幾分か安心した。だが油断は禁物だ、彼女を失望させないように気をつけねば。
「君の班の事を、詳しく聞かせてくれるかな。参考にさせてほしいんだ」
東仙はあくまで隊長として、部下に話しかけるように落ち着いた話し方をした。真も、ああそれなら、と快く了解してくれた。
 真が机だけ整理して、二人は夜の飲み屋街へと向かった。

 東仙が案内したのは、如何にもお高そうな高級な料亭だった。
 真は入口で足を止め、美しい白塗りの漆喰の外壁から、繊細な透かし彫りがあしらわれた扉を見つめ、腰が引けた。
「どうしたんだい?お入り」
東仙が促すが、真は不安そうに東仙を見つめ、入ろうとしなかった。
「私には、場違いです。粗相をしてしまいます…」
「大丈夫。ここは個室だ。店に迷惑になるような事はないし、私にも畏まらなくていい」
足が進まない真を、東仙がそっと肩を押して玄関に入れた。中では既に女中が三指ついて二人を待っており、手厚い歓迎を受けて、二人は部屋に通された。

 部屋には、大きな拭き漆の机の上に、豪華な和食が用意されていた。
 東仙は当たり前のように女中に隊主羽織と刀を預け、座布団に座った。真もおずおずと刀を預け、東仙の向かいに座った。
「お飲み物は、如何いたしましょう」
女中が二人に尋ねると、東仙は真に聞いた。
「君は、お酒は?」
「すみません。私、お酒は飲めないんです」
「そうか…。女将、酒以外で何か料理に合うものはあるかい?」
「それでしたら、中国茶はいかがでしょう。香りが豊かなお茶でございます」
東仙が見えない目で真に目配せしてきたので、真はじゃあそれで、とお願いした。
「東仙様はいつものお酒で?」
「ああ、頼む」
 飲み物が運ばれて、二人の食事が始まった。真は東仙にお酌をしようとしたが、東仙に止められた。
 今だけは語り合う友でいてほしい、と。
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