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羽化にはまだ早い(弓親)

6.四席に

 翌日、阿散井六席と試合をした。
 事前に弓親から、阿散井は正面からの打ち合いに持ち込んでくる事を教えられていたた。力の戦いでは敵わないと感じた真は、夜のうちに策を練った。
 立ち会いには、隊長、副隊長、三席、五席が来た。木刀で、2本取った方が勝ちだ。恋次とまともに向き合うのは初めてだった。恋次の大きさに真は気圧されるはなく、堂々と道場の中央に立った。
 試合をしてみると、シュミレーションした事が、運良く的中した。数年前から、席官の動きを何人分も分析していた事が役にたった。
 恋次は、自分の攻撃が全く当たらない事に焦りと苛立ちを覚えた。名前も知らなかった真に、六席の自分が負けるなんて許せない様子だった。次第に躱される度に、クソっと悪態を漏らすようになった。
 真は冷静だった。躱しながら打ち込みの回数を数えた。1、2、3、立て直す、1、2…今だ。恋次が大きく振りかぶった所に、勢いよく胴をいれた。
 道場内に鈍い音が響く。恋次は前屈みになり、空気を求めた口から唾が垂れた。
「ま、まだだ…!」
木刀を握り直し、恋次が真に向かって叫ぶ。額からは冷や汗が垂れるが、歯を食いしばり、震える手で木刀を構えた。
「恋次、やめとけ」
突然一角が道場の端から恋次に歩み寄り、恋次の木刀を下ろさせた。
「一角さん、待ってください、俺まだ…」
恋次が続きを懇願するが、一角は先程打たれた部分を叩いた。
「ぐっ!…っうぅ」
恋次が痛みで呻き、木刀を取り落とした。
「骨が折れてるか、内蔵がやられてる。やめとけ」
恋次は悔しさで舌唇を噛んだ。血がにじむ。
「間違っても、霧島を恨むなよ。女ってだけで、戦いの機会すら与えられなかった奴が、それに負けず死ぬほど努力したんだからな。その結果が出ただけだ。悔しかったら、お前もそれ以上努力しろ」
「…はい」
一角は恋次から木刀をひったくると、更木の方を向いた。
「隊長、いいですか?」
「おう」
更木は興を楽しめたようで、満足そうに笑っている。
 一角が真に近づき、正面に立った。
「霧島真、今日からお前が四席だ」
真の手がじんわり熱くなる。こういう時は、どうするんだっけ。
「…はい。ありがとう、ございます…」
佇まいを直し、一角に向かって一礼した。昨日から幸せが続く。こんな幸せでいいのだろうか。
 なかなか顔を上げない真の視線の先に、恋次の足が写った。
「霧島…さん」
顔を上げると、恋次が自分の足で立って、真に礼をした。
「俺、もっと強くなるんで…その時、また、相手してください…」
「…私からも、お願いします。阿散井六席」
真も礼をした。
「恋次でいいですよ」
恋次が気まずそうに頬を欠いた。一角が早く行けよ、と恋次の尻を叩く。恋次が飛び上がり、怪我人なのに…と、尻を擦りながらトボトボ歩いて道場を後にした。
「ほら、霧島。隊長んとこいけ」
一角が顎で更木のいる上座を指した。真は駆け足で更木の元まで行き、膝を付いて、木刀を脇に置いた。三指をつくと、更木の声が響いた。
「阿散井を倒すたあ、やるじゃねえか」
ありがとうございます。と小さく返す。隊長を前にした真は、今まで感じた事の無い圧迫感を感じており、上手く声が出なかった。
 これが、十一番隊隊長…。
「うちに弱いやつはいらねえ。四席で居たいなら、他の奴に負けるな」
「はい」
今まで以上の覚悟を胸に刻み、ひと呼吸おいていると、何か小さいものが動く気配がした。
「まこまこ強いねー!これからよろしくねー!」
更木の上から、やちるが元気よく手を振った。真はやちるを近くで見るのが初めてで、こんなに小さい少女だったのかと驚いた。
「副隊長の様になれるよう頑張ります」
副隊長が少女と言うのは希望が持てる。自分も頑張れば、上に行けると思える。
 やちるは、褒められちゃった!と得意げにフフンと鼻を鳴らし、更木の首に抱きついた。更木はそうかよっとだけ言って、相手にしない。
「いきなり無名の女が四席になって、文句を言うやつが出るだろうが、構わず叩き潰せ。うちは力が正義だ」
真の目を捉えて更木が言った。真はそこで初めて、周りの目がある事を認識した。そうか、そう思う人もいるよな。だって今までだって邪魔者扱いだったから。
「まあ、僕らもフォローするよ。ね、一角」
脇から弓親がやってきて、真に笑顔でそう言った。
「文句言う奴との、手合わせは組んでやるよ」
素直じゃないんだからーと言いながら、弓親は笑っている。
「まあ、でも、おめでとう。真」
弓親が手を差し出したので、真は立ち上がり、手を握り返した。女性のような手だった。
「綾瀬川五席おかげです」
「綾瀬川五席っての止めない?君はもう四席なんだから」
そうかと思ってまごついていたら、弓親がほら、呼び直してと言ってきた。えっと、と悩んで絞り出す様な声で言った。
「…ゆ、弓親さん…」
今まで雲の上だった人を、親しげに呼ぶのに慣れなくて、何だか恥ずかしかった。弓親は真の様子を見て、いいねえ、それ、と笑った。
 一角が、何してんだ、と呆れながら来て、ほら行くぞと、隊長、副隊長に挨拶をしてから、隊舎に戻った。
 その後は、一角と弓親の間に机を用意してもらい、私物を引っ越しさせた。

 翌日、隊士全員を道場に集め、正式に四席に任命された。予想通り、どよめきが起こり、何であんな奴が、この前まで荷物持ちだった奴だ、と口々に囁やきあった。真は当然の反応だと思い、気にも止めない。
「おい、文句がある奴は前にでろ」
真の横にいた一角が全体に向かって言った。口を閉じる者が大半だったが、数人は一角の言葉通り、大衆を押しのけて前に出てきた。
「霧島、木刀を持て」
「いいのかい?一角。就任式に」
「口で言うより早え」
こうなったら聞きゃしない、と弓親は静観を決め込み、一角は真に木刀を持ってこさせた。前に出てきた男達にも木刀を持たせ、真の腕を引いて道場の中央に立たせた。
「一人ずつだ。真を倒した奴を四席にしてやる。オラ、場所を開けねえか、下がれ下がれ」
なるほどそういう事か、と真は納得した。
「いけるな?」
一角が真を見て確認する。
「はい」
「誰も出て来なくなったら、お前の勝ちだ」
シンプルで分かりやすい。口下手で、処施術を持たない真には、このやり方はありがたかった。死白装を着ていては暑いと思い、上着を脱いで、黒のタートルネック一枚になった。肩を出すノンスリーブだったので、男達から一瞬歓声があがるが、すぐに止んだ。真の露出した肌に、無数の火傷や傷の後が残っていたからだ。何だあれは、と所々で声があがる。
 壁際でもたれながら見ていた弓親も、その肌に釘付けになっていた。
「誰からでもどうぞ」
真が木刀を握る男達に向かって言うと、一人が進み出て、挨拶も無しに木刀を振り上げて来た。
 一瞬、男の頭が不自然に上を向いたかと思ったら、白目を向いて倒れた。そこから、次々と男達が向かって来たが、大抵は一撃で沈めた。だんだんと、真が何人目で倒れるか賭けになってきたが、真は負けなかった。汗はかくが、疲れた様子を見せる事なく、昼になった。隊士達は、次は俺が、と関係ない者まで挑戦してくるし。周りは拳を振り上げて、応援したりヤジを飛ばしたり、大騒ぎだ。その時、道場の扉が勢いよく開いた。
「何をしてるんですか!!!!!」
伊勢七緒の一喝で、試合も、周りの歓声もヤジもピタリと止んだ。
「新しい四席の歓迎会してんだよ。邪魔すんな」
更木が上座から、七緒に面倒くさそうに言うが、七緒は気圧される事もなくずんずん入って来て、全員を睨みつけながら、近くの隊士に、書類を押し付けた。
「隊舎に誰もいないから、仕事が滞っているんです!!早く戻って仕事をしてください!!!」
その一言で、十一番隊隊士達はダラダラと隊舎に戻って行った。
 道場では、試合を始めさせた一角が七緒に説教されていた。更木はトンズラするし、弓親は、僕は止めたんだけど、と言い逃れするしで、一角はイライラして、話は特に聞いていなかった。それがバレて更に怒られた。

 こうして、真は十一番隊隊士のほとんどに認められた。四席として、責任をまっとうしようと張り切っていた所、真にとって最悪のタイミングで敵が来た。
 何でよりにもよって、有給休暇中に来るんだ。
 旅禍の子ども達よ…。
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