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羽化にはまだ早い(弓親)

 真と弓親は籍を入れ、一緒に住むようになったが、生活は特に変わらなかった。変わった所は、真が一番隊預かりを終えて、五番隊に戻ったくらいだ。お互いに、仕事は相変わらず忙しかった。
 だが、真は書類に名前を書く時に、霧島ではなく綾瀬川と書くと、何だか恥ずかしくてお腹がフワフワした。
 弓親も、真の事を、僕の奥さんが、と言うときや、誰かから、奥さんは〜と言われると、思わず顔がニヤけた。その事を恋次に話すと、すごく良く分かると言ってもらえた。

 ある日、真が五番隊に戻って以来珍しく十一番隊に来た。少し不安げな顔をしており、気になった一角が、真に群がる隊士達を散らせて執務室に入れた。
「どうした?弓親か?」
一角が聞くと真は黙って頷いた。するとドアの向こうから、真が来たの?どこ?と弓親の声がして、勢いよくドアが開いた。
 弓親の顔を見たと同時に、真は弓親に駆け寄り、お腹を押さえながら、何かボソボソと呟いた。真の言葉を聞いた弓親の顔が、みるみるうちに驚きの表情に変わった。一角が心配して見ていると、弓親が真の肩を掴んで、一角の方に顔を上げた。
「い、一角…!!!!赤ちゃんが、できた!!!!」

 更木や、平子、射場、乱菊、雛森に報告すると、皆お祝いの言葉を述べ、喜んでくれた。射場と乱菊は泣いていた。二人は、籍を入れた時も泣いてくれた。二人の気持ちに、真の胸が熱くなった。
「乱菊……ありがとう」
「親友の幸せを喜ぶのは、当たり前よ。でも、本当、おめでとう」
乱菊は真に抱きつき、体を大事にね、とお腹をさすった。

 夜、部屋に戻ると少し冷静になって、真は急に不安に襲われた。
 ベッドにもたれて、弓親に寄り添いながら、お腹にそっと手を当てた。
「……ちゃんと、育てられるかな…。生まれなきゃ、良かったって……この子が思ったら、どうしよう………親がどういうモノか、私、知らないのに………」
俯く真の肩を、弓親が優しく抱いた。少し震えているのが分かった。
「抱きしめてあげよ」
弓親はそう言って、真を両腕で包んだ。
「沢山抱きしめて、沢山愛してるよって、生まれてきてくれてありがとうって言おう。それで、僕達が仲良くしてるのを見せよう。怒鳴り声なんか無い家にしよう」
弓親は真を抱く手に力を込めた。昔を思い出さないように、しっかり目を開けた。
「少なくとも、僕は親に、そうして欲しかった」
腕の中で、真が頷いた。
「うん……私も、そう思う。そうだと思う……」
ありがとう、と言って真が弓親の腕を両手で持って、弓親に体を預けた。
「あなたが夫で良かった」

 それから10ヶ月後、精霊艇内を全力で走る弓親がいた。すれ違う隊士が挨拶をしても、目もくれず、目的地の産婦人科へ向かった。
 
 真が分娩室に入って1時間後、元気な産声が聞こえた。弓親も立ち会う事ができ、産婆に抱かれる真っ赤なわが子を目の当たりにした。
「おめでとうございます。可愛らしい女の子ですよ」
「女の子だって。真……お疲れ様」
汗をびっしょりとかき、グッタリしている真の手を握って弓親は労った。出産に、男は無力だと思い知り、言葉をかける事しか出来なかった。
「……女の子………」
真はまだボンヤリしていた。産婆が赤ちゃんを産湯で洗い、キレイにした。
「きっと、美しい子になるよ」
弓親が笑って言うと、産婆が赤ちゃんを連れてきた。
「さあ、お母様ですよ」
真の胸の上に、産婆はそっと赤ちゃんを乗せた。
「……ちっちゃい……軽い………」
真は驚いたように、我が子を見つめ、目に涙を溜めた。
「弓親さん……」
真はわが子をそっと撫でながら、弓親の手を握った。
「私達、きっと、望まれて産まれたんだよ……だって、こんな弱い存在……守らないと、すぐ死んでしまう……」
真の目から涙がこぼれた。
「私達、愛されてたよ……」
「……うん。そうだね」
弓親も、片手をわが子の上に置いた。一生懸命息をして、心臓が動いているのが分かった。
「次は、僕達がこの子を守ろう。沢山愛してあげよ」
「うん」
二人は固く手を握り、一緒にわが子を見つめた。

 子には、鼎と名付けられ、それはそれは大切に育てられた。
 
 真は、非常勤の指導員として、仕事は続けたが、前のような仕事の仕方はしなくなった。結局、あれ以来斬魄刀は使わなかった。
 弓親も、毎日定時に家に帰った。
 家に帰れば、妻と娘が笑顔で迎えてくれた。弓親は、帰宅一番に二人を抱きしめるのが常だった。
「愛してるよ」
弓親は二人を抱きしめると、必ずそう言った。
「鼎も、父様愛してる!」
「あら、私は?」
イタズラっぽく真が鼎に尋ねる。鼎は慌てて、母様も愛してる!と叫ぶ。
「私も、鼎も父様も愛してる。生まれてきてくれて、ありがとう。私は、幸せだよ」


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読んでいただきありがとうございました。
最後は駆け足になってしまいましたが、完結できて良かったです。
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