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羽化にはまだ早い(弓親)

 真が一番隊に移動して、数年が経った。弓親は三席になっていた。
 真は日替わりで各隊に出勤し、丸一日指導を行った。毎年新人が大量に入隊するため、指導は多所帯になり、真の補佐が何人もついた。
 だが、真は体当たり稽古は必ず自分が行った。刀を持たない真は、毎日、100人、200人を投げ飛ばした。そのお陰で、現役時代より体力がついた。
 各隊、真との手合わせは一人に付き1日1回だったが、十一番隊だけは、時間が許す限り何回でも挑戦でき、真は1日中戦った。その代わり隊士達は、一度投げられたら精霊艇10週が必須となっており、真が十一番隊に行くと、精霊艇を走る隊士が所々で見られた。
 忙しい毎日を送り、休みはほとんど無かった。休日は、指導計画の作成で時間を取られた。弓親はそれに対しては何も言わず、真が納得できるまでやらせた。
 その為、弓親に会うのはほとんどが夜だった。どちらかの部屋で会い、ご飯を食べて、翌日一緒に出勤した。
 初めこそ二人の行動は噂になったが、すぐに日常に溶け込んだ。
 特別な事は何もしなかったが、真も弓親もお互いが元気で、毎日顔を合わせられれば、それで幸せだった。
 

 「お前ら、結婚はしねえの?」
ある日、男ばかりで飲み会をしていると、檜佐木がポロリと弓親に聞いた。弓親は、はあ?と意味が分からないとでも言いたげな声を出した。
「阿散井もしたし、お前らもそろそろとかねえの?」
「無いね」
会話を終わらせようとしているのか、弓親は冷たく返した。だが、酔が回っている周りが、この話題に食いついた。吉良や射場や、阿近まで近付いて来た。一角は離れた所で、静観している。
「なんじゃ、わしゃ、その話をずっと待っちょるけえ、早く籍入れんかい」
「綾瀬川さんは、したくないんですかぁ?」
半開きの目で、吉良がヘラヘラ笑いながら弓親の顔を覗き込んだ。下手な事を言えない質問に、弓親がグッと口を結んだ。
「…僕がしたい、したくないの話じゃ無くて、お互いの気持ちの問題だから」
「じゃあ、聞けばいいじゃねえか」
間髪入れずに、タバコをくわえながら阿近が言った。
 阿近はタバコを口から離し、煙をフーッと吐いた。
「射場隊長も、俺も、霧島には少なからず親心があってね。アイツには幸せになって欲しいんだよ」
阿近の横で射場も力強く頷いた。弓親は、二人を交互に見た。
「そうじゃ、弓親。霧島を幸せにしたってくれ」
そんな事言われても……と弓親が吃ると、離れていた一角が近付いて来た。
「そういうのは、周りが勧めんじゃ無くて、本人達がタイミングみて決める事なんじゃねえの?知らねーけどよ」
 射場と阿近に酒を突き出しながら、一角がぶっきらぼうに言い放ち、皆が気まずそうにしてその話題は終わった。後は、新人の誰が可愛いとか、どんな虚を倒したとか、何でもない会話をして解散した。

 「ありがとう」
飲み会の帰り道、弓親は一角にポツリと言った。一角は、ああ、とだけ言って、変わらず大股で歩いた。弓親も、同じ歩幅で並んで歩いた。
「……本当は、さ、したいんだよ、結婚。でも、ほら、僕はロクな家庭で育ってないだろ?
 籍いれるとさ、次を望んじゃうと思うんだ……」
「次って?」
「……子ども……………」
弓親は立ち止まり、不安げな顔で俯いた。数歩先で一角も止まり、振り向いて弓親を見た。
「こんな僕が父親なんて、できる訳が無い………だから、今のままでいいんだ…二人で」
真と結ばれて幸せな裏で、ずっと隠していた不安を、弓親は初めて口にした。
 何度も未来を夢見て、その度に絶望した。自分の出生を呪い、打ちひしがれた。今ある幸せに満足しない、自分の欲を恨んだ。
 一角は、黙って聞いて、そのまま暫く黙っていた。何か考えているのか、目線を上にしていた。
「俺もロクな育ち方してねえし、子どもを持てる自信なんてねえけどよ……」
言葉を探し、一角は、あー……と口を開いて、弓親を指差した。
「弓親が、その、駄目だって分かってんなら、同じようには、ならねーんじゃねえの?」
一角にとって、精一杯の慰めだったのだろう。その気持ちに、弓親の心は幾分か楽になり、苦笑いして、一角の方へ歩み寄った。
「ありがとう。時間かけて、考えてみるよ」
行こう、と弓親が促し、二人は帰路についた。
 帰り道、弓親はずっと考えていた。
 僕の育ち方とは違う家庭にするには?
 僕は、どんな家に生まれたかった…?


 その後も、真と弓親は何も問題なく交際を続けた。
 夜に会えば、喋りながらご飯を食べて、愛を確かめあって眠った。だがその度に弓親は、真との子どもができるのを、望むような望まないような、複雑な気持ちになった。
 真は、最近の弓親の様子がおかしいのを気付いていた。最初に気づいた時には、飽きられたのかと不安に思ったが、前より甘えてくるようになった弓親を見て安心した。今では、弓親から言って来るまで待とうと、ほっといた。
 
 そのまま季節が過ぎていき、正月になった。
 真と弓親は一緒に年を越し、元旦の朝を迎えた。
「おはよう。明けましておめでとう」
既に着替えて台所に立っている真に向かって、布団から弓親が声をかけた。
 こういう光景を見ると、妻になった真を嫌でも考えてしまう……。
「明けましておめでとう。朝ごはん、食べる?」
「うん」
 弓親は考えを止めて、布団から出て着物を着た。真がお椀を2つお盆に乗せて来て、机に置いた。
「お雑煮、作ってみたんだ」
お椀の中には、焼いた餅や、カマボコ、青菜が汁の中に入っていた。出汁の香りが、弓親の鼻をくすぐった。
「美味しそうだね。真は……」
良いお嫁さんになるよ、と言いかけて口をつぐんだ。真は不思議そうな顔をして弓親を見た。
「真は……随分料理が上手くなったね」
真が得意げにフフン、と笑った。不器用で、全く料理をしなかった、出来なかった真は、弓親と料理をするようになり、少しずつ覚えていったのだ。
 うまく誤魔化せた、と弓親は安堵した。最近は、真と家庭を作る事を頻繁に考えてしまう。だが、覚悟が出来なくて、口に出さなかった。
 
 二人は朝ごはんを食べ終わると、初詣に出かけた。
 神社に行くと、御トソの樽に群がる一角を見つけた。
「副隊長、明けましておめでとうございます」
「おう」
「朝から飲んでるのかい、一角」
「勧められたから、貰っただけだ」
「飲んでるんじゃないか」
暫く立ち話をしていると、一角が更木の家に新年の挨拶をしに行くと言うので、真と弓親もついて行く事にした。


 更木の家には、娘を連れた恋次がいた。来年から死神見習いになるんだと言っていた。
 更木に挨拶を済ませると、一角が庭で苺花に剣の振り方を教え始めた。恋次は嬉しそうに横で見ていて、真と弓親は更木と一緒に、縁側でその様子を眺めた。
「苺花ちゃん、大きくなりましたね」
恋次の刀を振り上げてよろめく苺花を見ながら、真がふんわり笑った。
「ガキはすぐデカくなるな」
更木は縁側に横になり、肘をついた。まだ眠そうに、大きなアクビをしたかと思ったら、真て弓親をジッと見た。
「お前らはまだ作んねえのか?」
「いいですよね、子ども。憧れます」
深く考えずに聞いた更木に、真が何も考えずに答えた。だが、弓親だけは、真の言葉に衝撃を受けて思わず真を見た。
「……真、子ども、ほしいの?」
弓親が恐る恐る聞くと、真は自分の考えなしの言葉に弓親を焦らせたと思って、動揺した。
「あ!いや、そんな、すぐ欲しいとか、そう言うんじゃ……」
手を前に突き出して弁解すると、弓親がその手を両手で掴んだ。
「する?」
「え」
「結婚」
突然のプロポーズに、声の出ない真をそのままに、弓親は縁側から降りて、真の片手を持ったまま膝まづいた。
「僕の命が尽きるまで、君を愛すると誓う。そして、君との子どもなら、絶対、同じく愛せる。だから、僕の伴侶になってくれるかい?」
周りの目なんか関係なく、弓親は熱を持った瞳で真を見つめた。その場にいる全員が、弓親と真を凝視した。
 真は顔を真っ赤にしながら、目に涙を浮かべ、コクンと頷いた。
「親を知らない……私なんかで良ければ……」
「僕も同じようなものだよ。大丈夫。自分がして欲しかった事をしてあげよ」
弓親は立ち上がり、嬉しくてむせび泣く真を満面の笑みで抱きしめた。
 なんだ、こんな簡単な事だったのか。何であんなに、思い悩んでいたんだろう。馬鹿みたいだったな。

 男達があ然とする中、苺花だけが大きく拍手をしていた。

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弓親の過去は捏造です。
弓親の母は容姿を売る仕事で、父は誰かも分からなくて、母は自分の子より恋愛を優先するタイプ。弓親は、顔しか取り柄が無いんだからキレイにしろと言われ育てられた(という妄想)そんな家庭がコンプレックスだったらいいなー
だから、女を売りにせず、実力をつけて努力するタイプに惹かれる(という妄想)
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