羽化にはまだ早い(弓親)
5.初めての幸せ
次の日には、退院していいと言われ、真は救護詰所を出た。
さて、準備運動でも、と思っていたら、出入り口に綾瀬川五席がいた。こっちに向かって手を降っている。自分に降っているとは思えず、思わず後ろを振り向いたが、誰もいなかった。
「君だよ」
弓親が近づいてくる。
「あ、あの。助けていただいて、ありがとうございました」
四番隊に、弓親に連れられて来たと言われたのを思い出し、頭を下げてお礼を言った。
「いいんだよ。君を知れてよかった」
弓親は笑みを浮かべながら、軟派な言葉を口にする。真は、この人はこう言う事を平気で言うタイプか、と思ったが、上手く対応する言葉は知らなかった。
「四席の話受けたんだって?」
弓親は真の隣に立つと、歩こう、と促して二人は歩き出した。
「ご存知なんですか」
「だって、僕が君を推したんだもの」
え?と真は立ち止まる。弓親は真を置いて数歩進んだが立ち止まり、振り返って真を見た。
「嫌だった?」
「いえ、嬉しいです。でも、どうして?」
弓親に追いついて、真は質問をした。また歩きながら弓親は話しだした。
「君は、強いだろ?それだけだよ」
真は嬉しくて俯いた。強い、と言われたのは死神になって初めてだった。
「あ、ありがとうございます」
弓親が向かったのは、建物から離れ、木に囲まれた開けた場所だった。
「僕は君に、四席になってほしい。阿散井よりも、君に」
真に向き直り、改めて弓親が言った。
「綾瀬川五席は、四席にならないのですか?」
「僕は四の字は好きじゃないんだ。美しくないからね。三の字がいいんだけど、あれは一角のだから」
綾瀬川五席はよく分からない。それで、自分より弱い隊士が、上の数に着くことは嫌じゃないのだろうか?
「でも、僕より上に着くなら、僕が認めた人じゃないと嫌なんだ」
真の考えを見透かすように、弓親は続けた。ゆっくりと斬魄刀を抜く。
「君が僕の期待通りだと、証明してくれないか」
真の心臓が早く打つ。五席が、相手してくれるのか?何て、幸せなんだろう。
「五席……あの、始界をしていいですか?」
「君の斬魄刀は燃えるだろ?今日は止めとこう」
そうだった。残念。と思ったが、気を取り直し、真も刀を抜いた。
「よろしくお願いします」
そう言うと、地面を蹴って、弓親に振りかかった。
真の剣は重くは無いが、速かった。そして、息つく暇なく斬りかかってくる。鍔迫り合いには持ち込まず、直ぐ下がったと思ったら、気がつくと目の前に刀がある。大柄でも、筋肉質でもない真の体のどこにそんな体力があるのかと、弓親は関心した。
真は高揚していた。
楽しい。ずっと一人だった真に、ようやく相手ができた。入ったと思った斬撃を、ギリギリで躱してくる。これが五席か。だが、まだ弓親は攻撃して来ない。早く来い。
そう考えていると、真の刀を躱した弓親から、鋭い突きがきた。真っ直ぐ真の心臓を狙ってきたが、後ろに飛んで避ける。しかし、弓親は更に大きく踏み込み、刀を振り上げてきた。顎に少し刀が当たる。弓親の振り上げられた刀を自身の刀で支え、下ろせなくしたスキに、弓親の懐に拳を入れた。
入ったと思ったが、弓親は体を回転させて、真のコメカミに蹴りを入れた。
二人はお互いに距離を取り、息を整えた。
「いい動きだね」
「………楽しいです………ありがとうございます」
真は息を乱さず、笑っていた。口が切れたのか血が出ている。弓親は一度刀を下げた。
「どこでそんなに鍛えたの」
「えっ…と、毎日鍛錬しました」
「並大抵な努力じゃないでしょ」
刀を交えただけで分かるものなのか、ずっと一人だった真には分からなかったが、自分の何十年もの努力を初めて認めて貰えた瞬間だった。
認めて貰うのが、こんなにも嬉しいものかと思った。この気持ちを、どう伝えていいか分からない。
今まで誰も、一人の隊士として扱ってくれなかった。力をつけても、試す場も与えられなかった。燻っていた時期が頭を過ぎってしまい、気を抜いた瞬間涙が出てしまった。
突然真は膝を抱えてしゃがみこんでしまい、斬魄刀も置いてしまった。その姿だけで、長い間真が孤独に負けず、頑張って来たのだと弓親は思った。
「ご、ごめ、んなさ、い」
しゃくり上げながら、真が謝った。弓親は真に近づいて、膝をついて真を両腕で包み込んだ。
「よしよし。頑張ってたんだね、気づかなくてごめんね」
真は声にならず、無言で泣き続けた。弓親も何も言わず、真の隣に座り続けた。
涙がやんで冷静になると、途端に羞恥心に襲われた。五席が手合わせしてくれたのに、途中で泣き出して放棄して、挙げ句の果てに付き合わせて…顔を上げるに上げられない…。
どうしようかと悩んでいたら、弓親が腕を掴んで、真の顔を覗き込んできた。
「泣き止んだね」
「…あ、あの、本当にすみませんでした。私…」
弓親から一歩下がって、正座し、頭を下げた。意図せず土下座になった。弓親はそれを見て、プッと吹き出した。
「ま、真面目〜!!」
弓親は手で口を覆い、ククッと笑い続ける。真は、思いもよらない反応にポカンとした。どうしようかと考えていたら、真の腹の虫がグウウウと大音量で鳴った。弓親は更に爆笑した。
次は真が弓親が笑い終わるまで待っていた。
次の日には、退院していいと言われ、真は救護詰所を出た。
さて、準備運動でも、と思っていたら、出入り口に綾瀬川五席がいた。こっちに向かって手を降っている。自分に降っているとは思えず、思わず後ろを振り向いたが、誰もいなかった。
「君だよ」
弓親が近づいてくる。
「あ、あの。助けていただいて、ありがとうございました」
四番隊に、弓親に連れられて来たと言われたのを思い出し、頭を下げてお礼を言った。
「いいんだよ。君を知れてよかった」
弓親は笑みを浮かべながら、軟派な言葉を口にする。真は、この人はこう言う事を平気で言うタイプか、と思ったが、上手く対応する言葉は知らなかった。
「四席の話受けたんだって?」
弓親は真の隣に立つと、歩こう、と促して二人は歩き出した。
「ご存知なんですか」
「だって、僕が君を推したんだもの」
え?と真は立ち止まる。弓親は真を置いて数歩進んだが立ち止まり、振り返って真を見た。
「嫌だった?」
「いえ、嬉しいです。でも、どうして?」
弓親に追いついて、真は質問をした。また歩きながら弓親は話しだした。
「君は、強いだろ?それだけだよ」
真は嬉しくて俯いた。強い、と言われたのは死神になって初めてだった。
「あ、ありがとうございます」
弓親が向かったのは、建物から離れ、木に囲まれた開けた場所だった。
「僕は君に、四席になってほしい。阿散井よりも、君に」
真に向き直り、改めて弓親が言った。
「綾瀬川五席は、四席にならないのですか?」
「僕は四の字は好きじゃないんだ。美しくないからね。三の字がいいんだけど、あれは一角のだから」
綾瀬川五席はよく分からない。それで、自分より弱い隊士が、上の数に着くことは嫌じゃないのだろうか?
「でも、僕より上に着くなら、僕が認めた人じゃないと嫌なんだ」
真の考えを見透かすように、弓親は続けた。ゆっくりと斬魄刀を抜く。
「君が僕の期待通りだと、証明してくれないか」
真の心臓が早く打つ。五席が、相手してくれるのか?何て、幸せなんだろう。
「五席……あの、始界をしていいですか?」
「君の斬魄刀は燃えるだろ?今日は止めとこう」
そうだった。残念。と思ったが、気を取り直し、真も刀を抜いた。
「よろしくお願いします」
そう言うと、地面を蹴って、弓親に振りかかった。
真の剣は重くは無いが、速かった。そして、息つく暇なく斬りかかってくる。鍔迫り合いには持ち込まず、直ぐ下がったと思ったら、気がつくと目の前に刀がある。大柄でも、筋肉質でもない真の体のどこにそんな体力があるのかと、弓親は関心した。
真は高揚していた。
楽しい。ずっと一人だった真に、ようやく相手ができた。入ったと思った斬撃を、ギリギリで躱してくる。これが五席か。だが、まだ弓親は攻撃して来ない。早く来い。
そう考えていると、真の刀を躱した弓親から、鋭い突きがきた。真っ直ぐ真の心臓を狙ってきたが、後ろに飛んで避ける。しかし、弓親は更に大きく踏み込み、刀を振り上げてきた。顎に少し刀が当たる。弓親の振り上げられた刀を自身の刀で支え、下ろせなくしたスキに、弓親の懐に拳を入れた。
入ったと思ったが、弓親は体を回転させて、真のコメカミに蹴りを入れた。
二人はお互いに距離を取り、息を整えた。
「いい動きだね」
「………楽しいです………ありがとうございます」
真は息を乱さず、笑っていた。口が切れたのか血が出ている。弓親は一度刀を下げた。
「どこでそんなに鍛えたの」
「えっ…と、毎日鍛錬しました」
「並大抵な努力じゃないでしょ」
刀を交えただけで分かるものなのか、ずっと一人だった真には分からなかったが、自分の何十年もの努力を初めて認めて貰えた瞬間だった。
認めて貰うのが、こんなにも嬉しいものかと思った。この気持ちを、どう伝えていいか分からない。
今まで誰も、一人の隊士として扱ってくれなかった。力をつけても、試す場も与えられなかった。燻っていた時期が頭を過ぎってしまい、気を抜いた瞬間涙が出てしまった。
突然真は膝を抱えてしゃがみこんでしまい、斬魄刀も置いてしまった。その姿だけで、長い間真が孤独に負けず、頑張って来たのだと弓親は思った。
「ご、ごめ、んなさ、い」
しゃくり上げながら、真が謝った。弓親は真に近づいて、膝をついて真を両腕で包み込んだ。
「よしよし。頑張ってたんだね、気づかなくてごめんね」
真は声にならず、無言で泣き続けた。弓親も何も言わず、真の隣に座り続けた。
涙がやんで冷静になると、途端に羞恥心に襲われた。五席が手合わせしてくれたのに、途中で泣き出して放棄して、挙げ句の果てに付き合わせて…顔を上げるに上げられない…。
どうしようかと悩んでいたら、弓親が腕を掴んで、真の顔を覗き込んできた。
「泣き止んだね」
「…あ、あの、本当にすみませんでした。私…」
弓親から一歩下がって、正座し、頭を下げた。意図せず土下座になった。弓親はそれを見て、プッと吹き出した。
「ま、真面目〜!!」
弓親は手で口を覆い、ククッと笑い続ける。真は、思いもよらない反応にポカンとした。どうしようかと考えていたら、真の腹の虫がグウウウと大音量で鳴った。弓親は更に爆笑した。
次は真が弓親が笑い終わるまで待っていた。