羽化にはまだ早い(弓親)
二人は壁に持たれて座りながら、いろいろ話した。
「お糸はどうして、死神になったの?」
「初めは、姉さんを守れるようになりたかったから。姉さんがコッチに来たら、一緒に暮らせたら…って思って。でも、探す手段が分からなくて…」
「いいの。私この仕事気に入ってるの、いろんな話が聞けるし。生きてる時と違って、何時でも辞めれるし、恋愛も自由なのよ?」
夕霧は元気に笑ってみせた。
「姉さんは、大変じゃない?」
「全然、真はどうなの?」
「大変だけど、充実してる。私ね、四席なんだよ」
昔に戻ったかの様な、子供染みた話し方で真は話した。夕霧は、凄いね、と褒めてくれた。
「今は、戦いが好きだし、部下に教えるのも楽しいし、隊長は凄く強くて……」
「そう……頑張ってるのね」
夕霧は、真のおくれ毛を手のひらでかき上げ、真の顔をしっかり見た。
「すっかり、カッコよくなったね…昔はあんな可愛かったのに。よっぽど厳しい所なの?優しくしてもらえてる?」
「優しくは…ないかな。あ、でも、優しくしてくれる人もいるよ」
「綾瀬川様?」
真の体が固まった。
「……うん………」
夕霧は、フフッと笑い、真の鼻をチョンとつついた。
「いろんな人を見てきたから……あの方、お糸に随分ご熱心なのね」
「もう終わったよ……」
「どうして?綾瀬川様は、まだ好きみたいじゃない?」
真は静かに、今まであった事を話した。弓親が、嫉妬からくる怒りで、変わってしまったのが怖かったと言った。
夕霧は悲しそうな顔をして、また真の頭を撫でた。
「私のせいね。お糸に、嫌な思い出を残しちゃったね…ごめんね……」
真は何も言えずに黙った。夕霧は言葉を探すように、目を泳がせた。
「…でも、人って良くも悪くも変わるから……お糸がちゃんと、それは嫌って言えたのなら、きっと綾瀬川様は変わると思う……」
夕霧は真を抱きしめ、背中をさすった。
「お糸……幸せになって……好きな仕事して、好きな人と結ばれて、ね」
真は夕霧を抱きしめ返し、うん…と呟いた。
夕霧は真を店の出口まで送った。真に刀を渡しながら、また手を握ってきた。
「こんな私に会いに来てくれてありがとう。ずっと謝りたかったから……」
真も握り返し、夕霧を優しく見つめた。
「会えて、話せて良かった。また、信じられて……」
夕霧は何か言いたそうだったが、無理に笑顔を作り、元気で、と見送った。真も出口に向かい、一度だけ振り返り、夕霧の顔を見て、店から出ていった。
外は朝靄がかかっていた。このまま出勤かな、と思って歩き出すと、足元に黒い塊があり、思わず後ろに跳んだ。
まじまじと塊を見ると、死神がうずくまっていると分かった。
「弓親…さん?」
塊はモゾモゾと動き、ゆっくり顔をあげた。ボンヤリとした弓親の顔が出てきた。寝てないからか、目の下にはクマがあった。
「……話は、終わった?」
真を見上げながら、弓親はうっすらと笑った。真は、膝を付き、弓親に目を合わせた。
「ずっと、ここにいたんですか………?」
「まあね………真が一人で、こんな場所歩いていたら、まずいかと思って」
「そんな事………」
真は、弓親の手を引っ張って立たせた。弓親は服の砂を払って、凝り固まった体を伸ばした。
「……少しは、役に立てたかな?」
「……ありがとうございます……」
真は弓親の目を見ることができず、うつむいたまま、一言一言ハッキリ言った。
「本当に……ありがとうございます………」
「……良かった………」
弓親はそれだけ言うと、行こう、と言って歩き出した。真も後を付いて歩いた。
歩きながら、真は考えていた。弓親さんは、まだ私が好きなのだろうか。まだ、私が他の男性と親密にしたら、怒るのだろうか。それは、会話でどうにかなるのか……。何を話せば上手くいくのか……。自分はどうしたいのか…。
いろいろ考えた所で答えは出ず、気づいたら精霊艇に着いていた。
「じゃあ、僕は一回寝てから仕事いくね」
弓親はそう言うと、自分の部屋に戻っていった。
それから数週間、真は答えを出せずにいた。
弓親とは、前ほどとはいかないが、喋るようになった。弓親も、以前ほど真に踏み入らないようになっていた。
ある日、黒崎一護に霊力を渡すとかで、ルキアがやって来た。その夜、更木と一角は、一護を見守るために現世に行った。
真は隊長達の帰りを待って、隊舎で音楽を聞きながら一人でいた。平子に付いて現世に行き、イヤホンやプレーヤーを自分で買っていた。
今まで趣味と言える物が無かった真には、初めての趣味だった。その為、平子との繋がりは続いたが、平子に特別な思いを寄せる事は無かったし、平子も真を特別に扱わなかった。真にとって、乱菊の次に心を許せる友人になった。
もの思いに耽っていると、後ろから肩を叩かれた。振り向くと、弓親がいた。
真はイヤホンを外して、弓親を見た。弓親は、真の隣に座った。
「まだ待ってるの?きっと大丈夫だよ。帰ったら?」
「何か、うちじゃ落ち着かなくて。話も聞きたいし」
「そう…」
そこで会話は途切れてしまい、真は返事に困った。自分のコミュニケーション能力に嫌気が指す。こういう時、乱菊や平子ならどうするだろうか、など考えていた。
「ねえ、それ、何?」
弓親がプレーヤーを指差して聞いた。ああ、これ…と、真はイヤホンを片方弓親に渡し、自分のを耳に入れてみせた。弓親も真似してイヤホンを耳に入れた所で、真は曲を再生した。
「あ…音楽だ……凄いね」
弓親は目を瞑って、曲に集中した。真はそんな弓親を見て、少し笑って、自分も目を瞑った。
「外国の言葉?何言ってるか分からないけど、曲の雰囲気で嬉しいとか、楽しいとか、分かるね……これは、なんだろう、悲しそうな……」
「ほっといて、って言ってるんです」
「そうなんだ……現世に買いに?」
真は、平子と行ったと言おうとしたが、言っていいのか少し迷った。でも、隠す事じゃ無い……
「平子隊長に、一緒に行ってもらいました」
弓親の顔が一瞬曇ったが、笑顔になった。無理をしているのが、真に伝わった。
「平子隊長は、現世が長かったんだっけ?」
苦笑いしながら、弓親は言葉を絞り出した。真は弓親から目を逸らさなかった。
「はい。なので、いろんな事を知っているんです。この音楽も、平子隊長に教えてもらいました」
「そうなんだ。真が何かを好きになるって珍しいね」
「音楽は、凄いです……ずっと聞いていても飽きない」
「……そっか…真は、音楽が好きで、平子隊長と仲良くなったんだね………」
弓親が静かに言った。自分に語りかけるような、言い聞かす様な言い方だった。弓親は、どうしてあの時、この会話が出来なかったのかと、後悔した。これが出来たら、きっと上手くいっていた。
真も同じ事を考えていた。必要な会話はこれだった。あの時にこれが…と思った所で、夕霧の言葉を思い出した。
過去に戻れないから、弓親さんは、変わったんだ、自分自身で。
そう思ったら、心に作っていた壁が、綺麗になくなった。会話で、お互いの溝を埋めていける自信が、真の仲に芽生えた。
だが、今更だった。自分から、また好きになってくださいなんて、体のいい事は言えなかった。
「弓親さん……分かっていただいて、ありがとうございます」
「僕は、とても、馬鹿だったね」
前までだったら、こういう時、弓親は真に特別な言葉をかけてアプローチしたが、今日はそれは無かった。真は心のどこかで期待していたが、無いとわかった時に、自分の浅はかさを恥じた。
もう、時間が経ちすぎたし、突き放し過ぎたと自分に言い聞かせ、蘇った想いに蓋をした。
「お糸はどうして、死神になったの?」
「初めは、姉さんを守れるようになりたかったから。姉さんがコッチに来たら、一緒に暮らせたら…って思って。でも、探す手段が分からなくて…」
「いいの。私この仕事気に入ってるの、いろんな話が聞けるし。生きてる時と違って、何時でも辞めれるし、恋愛も自由なのよ?」
夕霧は元気に笑ってみせた。
「姉さんは、大変じゃない?」
「全然、真はどうなの?」
「大変だけど、充実してる。私ね、四席なんだよ」
昔に戻ったかの様な、子供染みた話し方で真は話した。夕霧は、凄いね、と褒めてくれた。
「今は、戦いが好きだし、部下に教えるのも楽しいし、隊長は凄く強くて……」
「そう……頑張ってるのね」
夕霧は、真のおくれ毛を手のひらでかき上げ、真の顔をしっかり見た。
「すっかり、カッコよくなったね…昔はあんな可愛かったのに。よっぽど厳しい所なの?優しくしてもらえてる?」
「優しくは…ないかな。あ、でも、優しくしてくれる人もいるよ」
「綾瀬川様?」
真の体が固まった。
「……うん………」
夕霧は、フフッと笑い、真の鼻をチョンとつついた。
「いろんな人を見てきたから……あの方、お糸に随分ご熱心なのね」
「もう終わったよ……」
「どうして?綾瀬川様は、まだ好きみたいじゃない?」
真は静かに、今まであった事を話した。弓親が、嫉妬からくる怒りで、変わってしまったのが怖かったと言った。
夕霧は悲しそうな顔をして、また真の頭を撫でた。
「私のせいね。お糸に、嫌な思い出を残しちゃったね…ごめんね……」
真は何も言えずに黙った。夕霧は言葉を探すように、目を泳がせた。
「…でも、人って良くも悪くも変わるから……お糸がちゃんと、それは嫌って言えたのなら、きっと綾瀬川様は変わると思う……」
夕霧は真を抱きしめ、背中をさすった。
「お糸……幸せになって……好きな仕事して、好きな人と結ばれて、ね」
真は夕霧を抱きしめ返し、うん…と呟いた。
夕霧は真を店の出口まで送った。真に刀を渡しながら、また手を握ってきた。
「こんな私に会いに来てくれてありがとう。ずっと謝りたかったから……」
真も握り返し、夕霧を優しく見つめた。
「会えて、話せて良かった。また、信じられて……」
夕霧は何か言いたそうだったが、無理に笑顔を作り、元気で、と見送った。真も出口に向かい、一度だけ振り返り、夕霧の顔を見て、店から出ていった。
外は朝靄がかかっていた。このまま出勤かな、と思って歩き出すと、足元に黒い塊があり、思わず後ろに跳んだ。
まじまじと塊を見ると、死神がうずくまっていると分かった。
「弓親…さん?」
塊はモゾモゾと動き、ゆっくり顔をあげた。ボンヤリとした弓親の顔が出てきた。寝てないからか、目の下にはクマがあった。
「……話は、終わった?」
真を見上げながら、弓親はうっすらと笑った。真は、膝を付き、弓親に目を合わせた。
「ずっと、ここにいたんですか………?」
「まあね………真が一人で、こんな場所歩いていたら、まずいかと思って」
「そんな事………」
真は、弓親の手を引っ張って立たせた。弓親は服の砂を払って、凝り固まった体を伸ばした。
「……少しは、役に立てたかな?」
「……ありがとうございます……」
真は弓親の目を見ることができず、うつむいたまま、一言一言ハッキリ言った。
「本当に……ありがとうございます………」
「……良かった………」
弓親はそれだけ言うと、行こう、と言って歩き出した。真も後を付いて歩いた。
歩きながら、真は考えていた。弓親さんは、まだ私が好きなのだろうか。まだ、私が他の男性と親密にしたら、怒るのだろうか。それは、会話でどうにかなるのか……。何を話せば上手くいくのか……。自分はどうしたいのか…。
いろいろ考えた所で答えは出ず、気づいたら精霊艇に着いていた。
「じゃあ、僕は一回寝てから仕事いくね」
弓親はそう言うと、自分の部屋に戻っていった。
それから数週間、真は答えを出せずにいた。
弓親とは、前ほどとはいかないが、喋るようになった。弓親も、以前ほど真に踏み入らないようになっていた。
ある日、黒崎一護に霊力を渡すとかで、ルキアがやって来た。その夜、更木と一角は、一護を見守るために現世に行った。
真は隊長達の帰りを待って、隊舎で音楽を聞きながら一人でいた。平子に付いて現世に行き、イヤホンやプレーヤーを自分で買っていた。
今まで趣味と言える物が無かった真には、初めての趣味だった。その為、平子との繋がりは続いたが、平子に特別な思いを寄せる事は無かったし、平子も真を特別に扱わなかった。真にとって、乱菊の次に心を許せる友人になった。
もの思いに耽っていると、後ろから肩を叩かれた。振り向くと、弓親がいた。
真はイヤホンを外して、弓親を見た。弓親は、真の隣に座った。
「まだ待ってるの?きっと大丈夫だよ。帰ったら?」
「何か、うちじゃ落ち着かなくて。話も聞きたいし」
「そう…」
そこで会話は途切れてしまい、真は返事に困った。自分のコミュニケーション能力に嫌気が指す。こういう時、乱菊や平子ならどうするだろうか、など考えていた。
「ねえ、それ、何?」
弓親がプレーヤーを指差して聞いた。ああ、これ…と、真はイヤホンを片方弓親に渡し、自分のを耳に入れてみせた。弓親も真似してイヤホンを耳に入れた所で、真は曲を再生した。
「あ…音楽だ……凄いね」
弓親は目を瞑って、曲に集中した。真はそんな弓親を見て、少し笑って、自分も目を瞑った。
「外国の言葉?何言ってるか分からないけど、曲の雰囲気で嬉しいとか、楽しいとか、分かるね……これは、なんだろう、悲しそうな……」
「ほっといて、って言ってるんです」
「そうなんだ……現世に買いに?」
真は、平子と行ったと言おうとしたが、言っていいのか少し迷った。でも、隠す事じゃ無い……
「平子隊長に、一緒に行ってもらいました」
弓親の顔が一瞬曇ったが、笑顔になった。無理をしているのが、真に伝わった。
「平子隊長は、現世が長かったんだっけ?」
苦笑いしながら、弓親は言葉を絞り出した。真は弓親から目を逸らさなかった。
「はい。なので、いろんな事を知っているんです。この音楽も、平子隊長に教えてもらいました」
「そうなんだ。真が何かを好きになるって珍しいね」
「音楽は、凄いです……ずっと聞いていても飽きない」
「……そっか…真は、音楽が好きで、平子隊長と仲良くなったんだね………」
弓親が静かに言った。自分に語りかけるような、言い聞かす様な言い方だった。弓親は、どうしてあの時、この会話が出来なかったのかと、後悔した。これが出来たら、きっと上手くいっていた。
真も同じ事を考えていた。必要な会話はこれだった。あの時にこれが…と思った所で、夕霧の言葉を思い出した。
過去に戻れないから、弓親さんは、変わったんだ、自分自身で。
そう思ったら、心に作っていた壁が、綺麗になくなった。会話で、お互いの溝を埋めていける自信が、真の仲に芽生えた。
だが、今更だった。自分から、また好きになってくださいなんて、体のいい事は言えなかった。
「弓親さん……分かっていただいて、ありがとうございます」
「僕は、とても、馬鹿だったね」
前までだったら、こういう時、弓親は真に特別な言葉をかけてアプローチしたが、今日はそれは無かった。真は心のどこかで期待していたが、無いとわかった時に、自分の浅はかさを恥じた。
もう、時間が経ちすぎたし、突き放し過ぎたと自分に言い聞かせ、蘇った想いに蓋をした。