羽化にはまだ早い(弓親)
「姉…?そんな話聞いてない」
「あの子には言ってませんから」
するとその時、使いの者が斬魄刀を持ってきた。夕霧は襖を開けて、弓親に渡すよう言った。弓親は使いの者から刀を受け取るが、帰ろうとはせず、部屋に留まった。帯刀したまま部屋にいさせられない、と使いの者は言ったが、夕霧が大丈夫だと言い、下がらせた。
弓親は部屋の奥に座り直し、夕霧も弓親の斜め向かいに座り直した。その時には、遊女の顔ではなくなっており、一層真に似てきた。
「真とは、どういったご関係ですか?」
他にも聞きたい事はあるのだろうが、夕霧は落ち着いて一つ聞いた。
「僕と真は同じ十一番隊だ」
弓親が答えた瞬間、夕霧は愕然として、口が開いたまま、肩の力が抜けたように腕を床に垂らした。
「死神………?そ…そんな危ない事を……」
夕霧は肩を震わせ、怯えた目で弓親を見た。
「あの子…私を守って死んでしまったんです……」
夕霧は胸を押さえ、俯いた。
「死んで、なお、同じ事を……」
「やっぱり、あんただったのか」
弓親は膝を立てて、夕霧の肩を掴んだ。夕霧は顔を上げて涙目で弓親を見た。
「真は、あんたに見捨てられて死んだと思ってる。男じゃなくて、自分を止めてきたって」
弓親の言葉に、夕霧はとうとう手で顔を覆って泣いた。
「違うんです!あの子を人殺しにしたくなかった…!ああ、でも、私が馬鹿でした……それまでにも、あの子の信用を無くす事をしてしまいました。そう思われても………」
「そういうのは、本人に言いなよ」
弓親は立ち上がり、襖に向かった。夕霧は状況に付いて行けず、ポカンとして弓親を見ていた。
「真を連れてくる、それまでは僕がお前を買ってるからな。ここにいろ」
弓親はそう言い残し、出ていった。
弓親は精霊艇に戻ると、大きく息を吸い込み、神経を研ぎ澄ませて真の霊圧を探した。
時刻は深夜2時を回っていた。とっくに就寝していた真は、ドアを叩きながら自分の名前を呼ぶ声に目を覚ました。
「真…起きて。真…!」
この声は…弓親さんだ。真の鼓動が大きくなった。忘れようとしていたのに、声を聞いたら気持ちとは逆の反応をする体に、真は苛ついた。
真は着流しをしっかりと直し、ドアに向かった。
「こんな時間に……」
「起こしてごめん、ただ…」
「明日も早いので、お引き取りください」
真は冷たく突き放した。これ以上関わりたく無かった。
「僕と話したくないのは分かる。でも…」
真はドアに背を向け、布団に戻ろうとしたが、弓親は食い下がった。
「夕霧が、待ってる…」
真の足が止まった。
「……今、何て……」
ドアに向き直った真の体が震えた。
「夕霧だよ。分かる?」
弓親はドアに手を置き、見えない真の姿を探した。
「何で…」
ゆっくりとドアが開き、着流しの真が疑いの目で弓親を見た。
「遊郭で見つけた。真を連れてくると言ってある」
真の目が大きく開いた。
「行くかい?」
「行きます!」
真はそのまま部屋を出ようとしたが、弓親が肩を掴んで止めた。
「待って待って!!そのままじゃ不味い!!」
弓親は真に着替えて来るように言い、暫く外で待った。
真が着替えて出てくると、真は疑いの目で弓親を見てきた。
「……あー………自分の名誉を守るために言うけど……寝てないから」
真は何も言わず、二人は遊郭に向かった。
弓親が店側に説明をして、真は一人で夕霧の待つ部屋に向かった。
聞きたいことが沢山あった。あの男はどうなったの?何で私を止めたの?私は邪魔だったの……?ぐるぐると考えているうちに、夕霧の待つ一番奥の部屋に着いた。
襖に手をかけたが、勇気が出なかった。答えを聞くのが怖かった。
躊躇していると、襖の奥から声がした。
「……お糸……?」
懐かしい声に、真の息が深くなった。変わらない、優しい声……。
「糸里?」
襖の向こうの足音が近づいて来た。真は決意して襖をあけた。
「姉さん………」
生前と変わらない美しい顔が、目の前にあった。目が合うと、夕霧は大粒の涙を流し、真にすがるように抱きついた。
「ごめんね…!!ごめんねお糸!!私が馬鹿だった!!お糸を人殺しにしたくなかったの……!!私のせいで……ごめんね!!」
夕霧は廊下にまで響く声で、叫ぶように謝罪した。真は驚き、夕霧を部屋に押し込むと涙でグチャグチャになっている夕霧の顔を優しく包んだ。
「……あれから、どうなったの?」
夕霧は必死に呼吸を整えようとしたが、涙は止まらず、真は暫く夕霧の背中を優しくさすった。
「……あの男は……あれから捕まったわ」
夕霧は一呼吸置いて説明を続けた。
「私は、あれから2週間後に死んだの…怪我が化膿して…」
守れなかったのか、と真の顔が後悔に歪んだ。夕霧はその顔を見て、慰めるように頭を撫でた。
「私だけが死ぬべきだった。お糸はまだ子供だったのに……あんな男なんかに必死になって……馬鹿だったね……ごめんね」
真は俯き、必死に謝る夕霧の声を聞きながら、昔を思い出していた。
「姉さん……私の事、邪魔じゃ無かった?」
「……そう、思わせちゃったよね……ごめんね。お糸が私の事好きなのをいい事に八つ当たりして………憎まれて当然よね………」
夕霧は真の手を掴み、力強く握った。
「信じて貰え無いと思うけど……ずっと、今でも、お糸は大事な家族だよ………」
夕霧は真の手を掴んだまま、涙を流した。涙が畳に落ち、吸い込まれていった。
「……私、ずっと姉さんに疎まれていたと思って………」
「そんな訳ない……!」
夕霧は力強い目で、必死に真に訴えた。夕霧の態度と目を見て、真の中のわだかまりが少しずつ、消えていくのを感じた。
姉さんは、恋をして変わってしまった訳ではなかったのか……変わらず私を、大切に思ってくれていたのか……
気がつくと、真の目にも涙が溢れていた。
「……よかった……嫌われて無くて…………」
「ごめんね……ごめんね、お糸。私、馬鹿で、子供で……どうしようも無くて………」
じゃあ、弓親さんは……?
夕霧と抱き合いながら、真の頭の片隅に疑問が浮かんだ。
「あの子には言ってませんから」
するとその時、使いの者が斬魄刀を持ってきた。夕霧は襖を開けて、弓親に渡すよう言った。弓親は使いの者から刀を受け取るが、帰ろうとはせず、部屋に留まった。帯刀したまま部屋にいさせられない、と使いの者は言ったが、夕霧が大丈夫だと言い、下がらせた。
弓親は部屋の奥に座り直し、夕霧も弓親の斜め向かいに座り直した。その時には、遊女の顔ではなくなっており、一層真に似てきた。
「真とは、どういったご関係ですか?」
他にも聞きたい事はあるのだろうが、夕霧は落ち着いて一つ聞いた。
「僕と真は同じ十一番隊だ」
弓親が答えた瞬間、夕霧は愕然として、口が開いたまま、肩の力が抜けたように腕を床に垂らした。
「死神………?そ…そんな危ない事を……」
夕霧は肩を震わせ、怯えた目で弓親を見た。
「あの子…私を守って死んでしまったんです……」
夕霧は胸を押さえ、俯いた。
「死んで、なお、同じ事を……」
「やっぱり、あんただったのか」
弓親は膝を立てて、夕霧の肩を掴んだ。夕霧は顔を上げて涙目で弓親を見た。
「真は、あんたに見捨てられて死んだと思ってる。男じゃなくて、自分を止めてきたって」
弓親の言葉に、夕霧はとうとう手で顔を覆って泣いた。
「違うんです!あの子を人殺しにしたくなかった…!ああ、でも、私が馬鹿でした……それまでにも、あの子の信用を無くす事をしてしまいました。そう思われても………」
「そういうのは、本人に言いなよ」
弓親は立ち上がり、襖に向かった。夕霧は状況に付いて行けず、ポカンとして弓親を見ていた。
「真を連れてくる、それまでは僕がお前を買ってるからな。ここにいろ」
弓親はそう言い残し、出ていった。
弓親は精霊艇に戻ると、大きく息を吸い込み、神経を研ぎ澄ませて真の霊圧を探した。
時刻は深夜2時を回っていた。とっくに就寝していた真は、ドアを叩きながら自分の名前を呼ぶ声に目を覚ました。
「真…起きて。真…!」
この声は…弓親さんだ。真の鼓動が大きくなった。忘れようとしていたのに、声を聞いたら気持ちとは逆の反応をする体に、真は苛ついた。
真は着流しをしっかりと直し、ドアに向かった。
「こんな時間に……」
「起こしてごめん、ただ…」
「明日も早いので、お引き取りください」
真は冷たく突き放した。これ以上関わりたく無かった。
「僕と話したくないのは分かる。でも…」
真はドアに背を向け、布団に戻ろうとしたが、弓親は食い下がった。
「夕霧が、待ってる…」
真の足が止まった。
「……今、何て……」
ドアに向き直った真の体が震えた。
「夕霧だよ。分かる?」
弓親はドアに手を置き、見えない真の姿を探した。
「何で…」
ゆっくりとドアが開き、着流しの真が疑いの目で弓親を見た。
「遊郭で見つけた。真を連れてくると言ってある」
真の目が大きく開いた。
「行くかい?」
「行きます!」
真はそのまま部屋を出ようとしたが、弓親が肩を掴んで止めた。
「待って待って!!そのままじゃ不味い!!」
弓親は真に着替えて来るように言い、暫く外で待った。
真が着替えて出てくると、真は疑いの目で弓親を見てきた。
「……あー………自分の名誉を守るために言うけど……寝てないから」
真は何も言わず、二人は遊郭に向かった。
弓親が店側に説明をして、真は一人で夕霧の待つ部屋に向かった。
聞きたいことが沢山あった。あの男はどうなったの?何で私を止めたの?私は邪魔だったの……?ぐるぐると考えているうちに、夕霧の待つ一番奥の部屋に着いた。
襖に手をかけたが、勇気が出なかった。答えを聞くのが怖かった。
躊躇していると、襖の奥から声がした。
「……お糸……?」
懐かしい声に、真の息が深くなった。変わらない、優しい声……。
「糸里?」
襖の向こうの足音が近づいて来た。真は決意して襖をあけた。
「姉さん………」
生前と変わらない美しい顔が、目の前にあった。目が合うと、夕霧は大粒の涙を流し、真にすがるように抱きついた。
「ごめんね…!!ごめんねお糸!!私が馬鹿だった!!お糸を人殺しにしたくなかったの……!!私のせいで……ごめんね!!」
夕霧は廊下にまで響く声で、叫ぶように謝罪した。真は驚き、夕霧を部屋に押し込むと涙でグチャグチャになっている夕霧の顔を優しく包んだ。
「……あれから、どうなったの?」
夕霧は必死に呼吸を整えようとしたが、涙は止まらず、真は暫く夕霧の背中を優しくさすった。
「……あの男は……あれから捕まったわ」
夕霧は一呼吸置いて説明を続けた。
「私は、あれから2週間後に死んだの…怪我が化膿して…」
守れなかったのか、と真の顔が後悔に歪んだ。夕霧はその顔を見て、慰めるように頭を撫でた。
「私だけが死ぬべきだった。お糸はまだ子供だったのに……あんな男なんかに必死になって……馬鹿だったね……ごめんね」
真は俯き、必死に謝る夕霧の声を聞きながら、昔を思い出していた。
「姉さん……私の事、邪魔じゃ無かった?」
「……そう、思わせちゃったよね……ごめんね。お糸が私の事好きなのをいい事に八つ当たりして………憎まれて当然よね………」
夕霧は真の手を掴み、力強く握った。
「信じて貰え無いと思うけど……ずっと、今でも、お糸は大事な家族だよ………」
夕霧は真の手を掴んだまま、涙を流した。涙が畳に落ち、吸い込まれていった。
「……私、ずっと姉さんに疎まれていたと思って………」
「そんな訳ない……!」
夕霧は力強い目で、必死に真に訴えた。夕霧の態度と目を見て、真の中のわだかまりが少しずつ、消えていくのを感じた。
姉さんは、恋をして変わってしまった訳ではなかったのか……変わらず私を、大切に思ってくれていたのか……
気がつくと、真の目にも涙が溢れていた。
「……よかった……嫌われて無くて…………」
「ごめんね……ごめんね、お糸。私、馬鹿で、子供で……どうしようも無くて………」
じゃあ、弓親さんは……?
夕霧と抱き合いながら、真の頭の片隅に疑問が浮かんだ。