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羽化にはまだ早い(弓親)

 慰安旅行から数日、真と弓親は相変わらず氷点下だったが、仕事に支障は起きなかった為、気づいているのは一角くらいだった。

「おい弓親。飲みに行くぞ」
仕事が終わると、一角は弓親をほぼ強制的に飲み屋に連れて行った。
「僕、今日は早く寝たいんだよね」
「うるせえな。間に挟まれるコッチの気にもなれ!!嫌でも何があったか聞くからな……!!」
一角は無理矢理弓親に盃を渡し、度数の強い焼酎をなみなみと注いだ。
 渋った弓親だが、一回口を付けてしまえば、酒の力で楽になりたくなり、水のように飲み干した。
 弓親は盃を空にすると、机に突っ伏した。
「聞いてよ一角〜……」
弓親は、慰安旅行での真との出来事を一角に話した。
 キスを受け入れられた事、真の自分を見る目が今までと変わったこと、平子の事、そして自分の失言……。
 一角は多くは語らず、そうか、と相槌を打つだけだった。弓親は悲しげに遠くを見つめ、時間を巻き戻したいと思った。
「平子隊長の事は良くわかんねえが、あいつは二股できる程器用じゃねえと思うぞ」
「そうなんだよー。何で僕信じて構えれなかったんだろ……」
弓親がまた机に体を預けると、力強い手が弓親の肩を掴んだ。
「…おう。飲んどるか」
「鉄さん……」
射場がサングラス越しに弓親を見下ろし、肩を叩くと弓親の隣に座った。
「…飲め」
射場は店から買い取ったのか、一番高い日本酒をボトルで取り出し、弓親についだ。弓親が飲み干すと、一角にもつぎ、自分にもいれて、一気に飲んだ。
「霧島はお前を振ったんか」
弓親は答える代わりに、盃を差し出して酒を煽った。射場がつぐと、また直ぐに飲み干し、大きく息を吐いた。
「……あいつがのお、更木隊に入隊したばっかりの頃、ワシが戦いを教えたんじゃ」
「射場さんが?そんなの知らねえぞ」
一角が食いついた。俺には全然相手してくれ無かったじゃねえか、とぼやいたが、射場が黙っとれと一掃した。
「あいつは入隊と同時に女をすてちょった。女を出したら捨てられると言っちょった。ワシは何度も異隊を勧めたが、聞きゃあせんかった」
射場は自分で酒をつぎ、飲んだ。
「女として生きていける隊もある、なのにあいつは、あえて十一番隊に居続けた。じゃから、死なんよう、稽古をつけたんじゃ。
 まあ、あいつが切り開いた道に感謝しちょる奴もおる。結果としては良かったんじゃ。じゃが、もうそろそろ、女に戻ってええと思うんじゃ。
 じゃから、弓親。お前が前に、酔い潰れたボンを抱えて行ったとき、お前らが男と女になればええ思うたんじゃ」
射場は弓親に向き直り、両拳を床につけた。
「お節介ジジイの要らん策略で、事を急がせて悪かっのう。すまんかった」
そういえば、真を慰安旅行に誘ったのは射場さんだと真が言っていた。まさか、射場にそんな思いがあったとは思わず、弓親は言葉に詰まった。
「…鉄さんのせいじゃないよ…僕が馬鹿だったんだ」
3人はそれから、店が閉まるまで飲み続けた。
 店から追い出された時には、弓親は珍しく酩酊していた。
「こいつが、ここまでなるなんてな」
射場に担がれた弓親を見ながら、一角が言った。
「惚れた女に振られたんじゃ、忘れるまで酒に頼るんは仕方ないわ」
射場はふと足を止め、そうじゃ、と一角に向き直った。
「女に付けられた傷は、女で癒やすんが一番じゃけえの」



 弓親が目を覚ますと、朱漆で塗られた美しい天井が目に入った。明らかに自分の部屋では無いと分かり、体を起こすと、行灯と派手な障子が見えた。
「おかげんはいかがですか?」
色めいた、丁寧な言葉遣いの女の声が聞こえ、そちらの方を向くと、また派手な着物を着た女がいた。遊女だ。
「ここは?あとの二人は?僕の刀は?」
状況が飲み込めない弓親は、遊女に矢継ぎ早に質問した。遊女はゆったりと弓親に近寄り、弓親の手に自分の手を重ねた。
「玉楼です。綾瀬川様。お連れの方は、それぞれお部屋に向かわれました。ここの決まりで、刀は入口で預からせていただきました」
女は弓親の袖口からするりと手を入れ、弓親の腕を指でそっとなぞった。
「お連れの方に、綾瀬川様を癒やせと申し付けられております…」
女はそう言うと、空いている手を弓親のももに乗せた。
「馬鹿にするなよ」
弓親は女を睨み、荒々しく手を振り払った。
 射場の気遣いだと分かっていたが、弓親にしたら、誰と寝たかも分からない女を抱くなんて考えられない事だった。全くもって、美しさの欠片もない、不潔な行為だ。
「お前らみたいな不潔な女に、癒やされる訳ないだろ。刀を返せよ。帰らせろ」
弓親は苛立ちを女にぶつけた。相手が傷つくか何て、考える余裕は無かった。
 女は傷つく素振りなど見せず、諦めたように笑い、柔らかい物腰で襖まで歩いた。
「無理に連れて来られたとは知らず、失礼致しました。刀を持ってこさせます」
女は丁寧に謝罪し、襖を開けた。女の言葉に、弓親が少し冷静になった時、廊下の明かりに照らされた女の顔をハッキリ見て、驚いた。
 真によく似ていた。
 真より、ややタレ目気味だが、化粧をした上からでも分かる程、近い作りをしていた。
 廊下で待機する使いに言伝し、女は襖を締めて、弓親に向き直った。
「今使いを出しました」
優しく笑いかけ、お茶でも入れましょう、と、女は机に向かった。
「おい、あんた……名前は?」
お茶をつぐ女に向かって、弓親はぶっきらぼうに聞いた。女は少し驚いたように眉をあげた。罵って、今から帰るのに、何故名前を聞くのかと思ったのだろう。
「夕霧です…綾瀬川様」
「違う、そっちじゃない。本名は?」
「そちらの名は、生前に捨てました」
「あんたの人生なんかいいんだよ。早く言え」
気に入った者以外には、辛辣な態度を取る弓親は、全く酷い言い方で女を詰めた。
「………霧島………夕………です」
戸惑いながら、夕霧は生前に親から与えられた名前を言った。捨てた名を言わされ、夕霧の顔は曇った。弓親は、聞き慣れた名字に反応し、体を夕霧の方に乗り出した。
「……霧島真を知っているか?」
真の名前を聞いた瞬間、夕霧は持っていた湯呑を落とした。だが、そんな事には目もくれず、弓親の顔をジッと見た。顔には、明らかな動揺が見えた。
「どういう関係だよ」
「…真は、元気ですか?」
「質問してるのは、僕だ。まず僕の質問に答えろ」
夕霧は、床に落ちた湯呑を拾うと、言葉を探して湯呑を玩び、決心したように深く息を吐いた。
「私は……真の実の姉です」
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