羽化にはまだ早い(弓親)
真がなかなか帰って来ないのを気にして、弓親が真を迎えに行くと、建物の死角から、真の話し声がした。誰かもう一人いるな、と思い、こっそり覗くと、相手は、昨日覗きをしようとした平子だった。
真は昨日の事なんか無かったかの様に、屈託なく平子と話している。しかも、弓親と話している時でさえ、多少なりかしこまる真が、平子にはリラックスしているのが見て分かった。二人が、弓親の知らない所で親密になっていたと、嫌でも分かる。
真の周りの男は自分だけだと思い込んでいた弓親は、愕然として、その場を去ろうと一歩後退した時、砂の音が意外に大きくて、二人が弓親に気づいた。
「弓親さん。すみません、今行こうと……」
真が弓親に駆け寄ったが、弓親の様子がおかしい事に気づいた。弓親は冷たい目で真を見、平子を睨むような目付きで見ると、真から視線をそらした。
「……お邪魔だったね」
弓親は踵を返し、元いた場所には戻らず、階段を上がって浜辺から離れた。八つ当たりなのは自分でも分かっていたが、燃え上がる嫉妬心は抑えられなかった。
弓親の怒りに戸惑った真は、暫く弓親の背中を見ていたが、平子が声をかけた。
「何しとんのや。あいつやろ?お前が好きなんは。はよ行かんかい」
真はハッとして、平子に礼をすると、かき氷を置いて弓親の後を追った。
平子は残されたかき氷を食べた。
岩場に向かう弓親を追いかけて、真は走った。弓親の手を無理矢理掴むと、思い切り引っ張った。
「弓親さん!待ってください。どうして怒ってるんですか?!」
真が珍しく大きな声を出した。弓親は歩みを止めても、真の方を見ようとしなかった。
「……何で?分からないのか?」
真を見ずに、弓親は苦々しく言った。真は本当に分からなかった。
「分かりません…」
弓親は真に向き直ったが、視線は落としたままだった。真は、気持ちが伝わって欲しいと願い、弓親の手を握る手に力を込めた。
「僕は……昨日君に受け入れて貰えて、君も僕を好きになってくれたと思ったのに………」
そうです、と言いたかったが、弓親の言葉が続き言い逃した。
「何で、他の男とあんな仲良さそうに………しかも、平子隊長が昨日何しようとしたか、知ってるだろ?!」
弓親の顔が歪んだ。目は真を責めているような、自分に腹を立てているのか、複雑な目だった。
「平子隊長は、確かにフザケてますが……ただの知り合いです」
「ただの知り合いで、あんな話し方しないだろ?!」
弓親の語気が強くなる。真は、自分の心が冷たくなっていくのを感じた。
この感じは知っている、恋をして、自分を見捨てた姉さんを見ていた時の感じだ。この人も、結局、理性を保てないのか…
「弓親さんは…私にどうして欲しいんですか」
「僕以外の男と、親しくしないで……僕だけの真でいて」
そう言って弓親が真を見ると、真の表情がどんどん冷めて行くのが分かった。感情に任せて馬鹿な事を言ったと、後悔したが、もう遅い。
真は弓親の手を離した。
「……それが、弓親さんの価値観なんですね」
無表情で真が弓親に聞いた。
「違っ…今のは、感情に流されて……」
「感情で言う言葉が本心でなくて、何なんですか」
弓親は口をつぐんだ。言い訳のしようが無かった。何とか真の気持ちを繋ぎ止めたかったが、何を言っても嘘になりそうだった。
「…あなたが私を好きだと言ってくださったから、私は今日、ちゃんと返事しようと思っていました…」
真は一呼吸おいた。
「言わなくて、良かった」
終わった…違うか、僕が、終わらせてしまった。弓親は固く目を瞑った。
「私は、どんな関係になっても、相手を縛るのは、間違っていると思います。そんな権利、誰にも無い」
耳が痛くなる様な正論に、弓親は何も言い返せなかった。
「弓親さんと価値観が違うと、始まる前に、知れて良かったです……」
真は足を一歩引いた。去ってしまう。弓親は引き止めたかったが、動けなかった。
「私なんかを、好きになってくださって、ありがとうございました」
真は冷静な声で弓親に告げると、背中を向けて去って行った。
弓親は、やり場の無い感情に、地面を蹴った。
平子が二杯目のかき氷を食べていると、真が戻って来た。
「かき氷、溶けそうやったで食ったったぞ」
「そうですか」
やけに冷たい真を、平子はジーと顔を見た。
「何や、喧嘩かー?早めに仲直りせえよ」
「…終わらせたんで。もう、この話題は出さないでください」
真は冷たく言い放ち、平子を置いて、乱菊の所へ行った。平子は真の後ろ姿を見ながら、スプーンをかじった。
「何やあいつ。未練タラタラやないか」
慰安旅行の帰り道、一角は気まずさで胃が痛くなった。真も弓親も、お互いを避ける事は無かったが、必要な事以外話さないし、目も合わせない。
昨日はいい感じの雰囲気だったのに、急に氷点下の雰囲気だ。
耐えられなくなった一角は、やちるは見とくから、お前は松本の所でも行け、と真を追い出した。
真は昨日の事なんか無かったかの様に、屈託なく平子と話している。しかも、弓親と話している時でさえ、多少なりかしこまる真が、平子にはリラックスしているのが見て分かった。二人が、弓親の知らない所で親密になっていたと、嫌でも分かる。
真の周りの男は自分だけだと思い込んでいた弓親は、愕然として、その場を去ろうと一歩後退した時、砂の音が意外に大きくて、二人が弓親に気づいた。
「弓親さん。すみません、今行こうと……」
真が弓親に駆け寄ったが、弓親の様子がおかしい事に気づいた。弓親は冷たい目で真を見、平子を睨むような目付きで見ると、真から視線をそらした。
「……お邪魔だったね」
弓親は踵を返し、元いた場所には戻らず、階段を上がって浜辺から離れた。八つ当たりなのは自分でも分かっていたが、燃え上がる嫉妬心は抑えられなかった。
弓親の怒りに戸惑った真は、暫く弓親の背中を見ていたが、平子が声をかけた。
「何しとんのや。あいつやろ?お前が好きなんは。はよ行かんかい」
真はハッとして、平子に礼をすると、かき氷を置いて弓親の後を追った。
平子は残されたかき氷を食べた。
岩場に向かう弓親を追いかけて、真は走った。弓親の手を無理矢理掴むと、思い切り引っ張った。
「弓親さん!待ってください。どうして怒ってるんですか?!」
真が珍しく大きな声を出した。弓親は歩みを止めても、真の方を見ようとしなかった。
「……何で?分からないのか?」
真を見ずに、弓親は苦々しく言った。真は本当に分からなかった。
「分かりません…」
弓親は真に向き直ったが、視線は落としたままだった。真は、気持ちが伝わって欲しいと願い、弓親の手を握る手に力を込めた。
「僕は……昨日君に受け入れて貰えて、君も僕を好きになってくれたと思ったのに………」
そうです、と言いたかったが、弓親の言葉が続き言い逃した。
「何で、他の男とあんな仲良さそうに………しかも、平子隊長が昨日何しようとしたか、知ってるだろ?!」
弓親の顔が歪んだ。目は真を責めているような、自分に腹を立てているのか、複雑な目だった。
「平子隊長は、確かにフザケてますが……ただの知り合いです」
「ただの知り合いで、あんな話し方しないだろ?!」
弓親の語気が強くなる。真は、自分の心が冷たくなっていくのを感じた。
この感じは知っている、恋をして、自分を見捨てた姉さんを見ていた時の感じだ。この人も、結局、理性を保てないのか…
「弓親さんは…私にどうして欲しいんですか」
「僕以外の男と、親しくしないで……僕だけの真でいて」
そう言って弓親が真を見ると、真の表情がどんどん冷めて行くのが分かった。感情に任せて馬鹿な事を言ったと、後悔したが、もう遅い。
真は弓親の手を離した。
「……それが、弓親さんの価値観なんですね」
無表情で真が弓親に聞いた。
「違っ…今のは、感情に流されて……」
「感情で言う言葉が本心でなくて、何なんですか」
弓親は口をつぐんだ。言い訳のしようが無かった。何とか真の気持ちを繋ぎ止めたかったが、何を言っても嘘になりそうだった。
「…あなたが私を好きだと言ってくださったから、私は今日、ちゃんと返事しようと思っていました…」
真は一呼吸おいた。
「言わなくて、良かった」
終わった…違うか、僕が、終わらせてしまった。弓親は固く目を瞑った。
「私は、どんな関係になっても、相手を縛るのは、間違っていると思います。そんな権利、誰にも無い」
耳が痛くなる様な正論に、弓親は何も言い返せなかった。
「弓親さんと価値観が違うと、始まる前に、知れて良かったです……」
真は足を一歩引いた。去ってしまう。弓親は引き止めたかったが、動けなかった。
「私なんかを、好きになってくださって、ありがとうございました」
真は冷静な声で弓親に告げると、背中を向けて去って行った。
弓親は、やり場の無い感情に、地面を蹴った。
平子が二杯目のかき氷を食べていると、真が戻って来た。
「かき氷、溶けそうやったで食ったったぞ」
「そうですか」
やけに冷たい真を、平子はジーと顔を見た。
「何や、喧嘩かー?早めに仲直りせえよ」
「…終わらせたんで。もう、この話題は出さないでください」
真は冷たく言い放ち、平子を置いて、乱菊の所へ行った。平子は真の後ろ姿を見ながら、スプーンをかじった。
「何やあいつ。未練タラタラやないか」
慰安旅行の帰り道、一角は気まずさで胃が痛くなった。真も弓親も、お互いを避ける事は無かったが、必要な事以外話さないし、目も合わせない。
昨日はいい感じの雰囲気だったのに、急に氷点下の雰囲気だ。
耐えられなくなった一角は、やちるは見とくから、お前は松本の所でも行け、と真を追い出した。