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羽化にはまだ早い(弓親)

 「霧島は?」
上機嫌に戻ってきた弓親を、一角は不思議に思いながらも、それには触れなかった。
「ああ、まだ一人で居たいって。副隊長の相手に疲れたんじゃない?」
一角はそうかと言って、二人で歩き始めたが、一角は何となく弓親と真に何かあったと感づいた。

 仲居に呼ばれ、宴会場に行くと、部屋をグルリと回るようにお膳が並べられており、隊ごとに固められていた。もう、何人か来ているが、例の正座3人男は見当たらなかった。
「あれー?アンタ達二人だけ?真はー?」
七緒とやちると固まって話していた乱菊が、一角に聞いた。
「外だ。すまねえな、副隊長見てもらって」
「真の為よ、あんたの為じゃないわよ」
「イチイチムカつくなお前…」
乱菊と一角がやり取りしている中、弓親は七緒に近づいた。
「京楽隊長達が見当たらないけど?」
「ああ、あの方々は、罰として別室で夕飯です」
「ウケルわよねー、男3人でご飯よ」
弓親はそれを聞いて安心した。


 一方真は未だに戻れず、庭をウロウロしていた。
「おさまれ〜おさまれ〜」
自分の頬を叩きながら呪文の様につぶやくが、唇から弓親の感触が消えず、ずっと体がビリビリしている。
 自分の覚悟の弱さにウンザリする。期待を持たせないと誓ったのに、このザマだ。しかも、言い逃れ出来るように、何を聞かれても答えない自分はズルい。弱くて、ズルくて、何て醜いんだろうと思った。
 しかし、もう、後戻り出来なくなった。
 真は改めて覚悟をして、宿に戻った。

 真の席は、一角と弓親の間だった。
 真が宴会場に入ると、弓親と意味深な目配せをしたのを、一角は見逃さなかった。
 弓親は含みのある得意顔だし、真は顔を赤らめて、弓親に向かって微笑んだ。これで、何にも感づかない方が無理だ。
 一角は乾杯して早々に、射場の所へ逃げた。

 真からの微笑みで、弓親は自分が受け入れられたと確信した。天にも登る気持ちとは、よく言ったモノだと思った。体から、何かが抜け出して、フワフワと頭の上を飛んでいるような感じがした。こんな気持ち、何十年ぶりだろう。
 早る気持ちを抑えて、弓親は冷静を装った。真と他愛もない話をしてから、更木の元に集まる射場や恋次や一角に混ざった。
 真の方が大変だった。弓親と話すと、何回も吃った。弓親は笑って、今はこの宴を楽しもうか、と言って、更木の所に行った。おかげで真も、乱菊の所に行くことができた。乱菊はもう、出来上がっていた。
「あーん真ー!!!!好きよー!!!!大好き大好きー!!!!」
酒臭い乱菊が真に抱きついてきた。真は乱菊を両腕で受け止め、私も好きだよ、と笑った。
「七緒の所行こ!!京楽隊長がいなくて寂しがってるわよ」
二人で七緒の元に行くと、勇音や雛森、ルキアが集まってきて、皆でお喋りした。
 真には馴染みの無い雛森達も、気さくに話してくれた。真が死神に成って初めての、賑やかで楽しい夜になった。
「真〜、三味線弾いて〜。真の三味線聞きたい〜」
宴に興が乗ってきた時、乱菊が真の膝に乗っかかりながら、おねだりした。
「霧島殿は、三味線をやられるのですか」
ルキアが興味深げに聞いた。そうよ〜、と乱菊が得意げに言った。
「一回聞いたけど、真すっごい上手いのよ〜」
「乱菊さんが言うなら、そうなんでしょうね」
七緒が言った。
「すごーい!私も聞いてみたいです!」
勇音も目を輝かせて真を見た。
 確かに、真は三味線が弾ける。生前に一番時間をかけて練習をさせられた。
「他の皆さんに聞こえちゃうし…第一三味線がないよ」
乱菊の髪を撫でながら、真は困った様に言った。
「多分ここにあるでしょ。この店、そういう所じゃない?」
乱菊はそう言って、廊下に消えた。数分後に戻ってきて、手には三味線とバチが握られていた。
 はい、と乱菊が真の胸に三味線を押し付けた。真は受け取りを躊躇したが、雛森やルキアや勇音の期待に満ちた目に耐えられなくなり、渋々手に持った。
「総隊長様に伺ってくる」
真はそう言って、元柳斎に演奏して良いか聞きに言った。元柳斎からは、是非にと返ってきた。
 真は乱菊達の元に戻ると、正座して三味線を構えた。
「何がいい?と、言ってもあんまり知らないかも…」
「真の十八番で」
乱菊が言うと、皆が頷いた。真は一回咳払いをすると、バチで弦を弾いた。そして、力強く、通る声で唄った。
 お喋りに夢中だった全員が、三味線と歌声に気が付き、音の元に目をやった。
 真は視線に気がついたが、途中でやめるのも不粋かと思い、歌い続けた。
 一曲歌い終わると、会場から拍手が起きた。
「かっ…こいい………!」
雛森が両手を握り合わせ、惚れ惚れしていた。
「しまった…!写真を撮り忘れました。霧島さん、もう一度」
七緒が、後ろに置いてあったカメラを手にして言った。
 真は写真は勘弁、と思ったが、隊長達から、もう一曲、と声がかかり、嬉しくなりまた三味線を握った。
「次は私も踊るわ」
乱菊はそう言って、扇子を借りてきた。
 乱菊が会場の中央に立つと、真の演奏と歌が始まった。
 酒に酔いながらも、しっかりとした振りで舞う乱菊は、やはり美しかった。皆見惚れて、酒を飲む手が止まった。
 隊長、副隊長達を楽しませれたのが、真にとって嬉しかった。皆の笑顔が見れたなら、演奏して良かったと思えた。
 演奏が終わり、拍手が鳴る中、弓親の方を見ると、優しい笑顔で微笑んでくれた。真も嬉しそうに、笑顔で返した。なんだか、弓親と気持ちが繋がって、分かりあえているようで、恥ずかしい様な、嬉しい様な変な気持ちになった。
 
 元柳斎が乱菊と真の所に自ら赴き、労いの盃を渡した。乱菊はお礼を言って、直ぐに飲み干したが、真は止まっていた。
「何じゃ、飲めんのか?」
乱菊が説明しようとする前に、元柳斎の言葉に気圧された真が、南無三!と飲んでしまった。
 あっ、と乱菊が言うか言わないかの間に、真は体を真っ赤にさせ、元柳斎も皆も見ている前で音を立てて倒れた。
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