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羽化にはまだ早い(弓親)

27.慰安旅行、1

 ある日山本総隊長が、隊長格に海と温泉の慰安旅行を提案した。休む暇など殆ど無かった隊長格は、全員が休みを取った。
 慰安旅行の一週間前、更木とやちるが居なくても仕事が回るように、真が仕事の割り振りを考えていると、射場がやって来た。
「おう、霧島、ちょっと来いや」
射場に誘われるまま、真は人気の無い廊下まで来た。
 射場は物置の前で立ち止まり振り返ると、ニヤリと笑った。
「……久しぶりじゃのう、ボン」
「先生、その、ボンって言うのやめてくださいよ」
「馬鹿言え。お前なんぞ、いつまでも坊っちゃんのボンじゃけえ。戦い方なんぞ、なんも知らんボンじゃ」
「先生、私、もう四席ですよ」
真は射場に向かって笑いかけた。射場も再びニヤッと笑った。
「出世したのお、ボン」
「だから、ボンは、やめてください」
 射場は、真に戦いを教えてくれた師だった。死神に成りたてで十一番隊に来た、まだ稚さか残る真に、射場は異隊するよう何度も勧めたが、真が頑として聞き入れなかった為、死なない様に戦い方を教えた。真は、今でも射場を師と仰いでいた。
「今日は何の用ですか?」
真が聞くと、射場の顔がサッと青くなった。
「今度、隊長格の慰安旅行があるじゃろ………」
はあ、と真が間の抜けた返事をすると、射場がいきなり真の肩をガシリと掴んだ。真が驚いて、射場の顔を見ると、射場の額に汗が垂れていた。
「…お前も、付いて行け…………」
鬼気迫る顔で射場が言ったが、真には訳が分からなかった。
「……無理ですよ。隊長、副隊長も抜けて…私まで抜けられません」
しかし、射場は引かなかった。
「……ニ十年前、同じ様に慰安旅行があった事は知っちょるか?」
真は首を横に振った。その頃真は下っ端で、上司の行動などイチイチ知らされなかったのだ。射場は、真の肩から手を離し、背中を向けた。
「そんときは、文字通り、隊長格だけで行ったんじゃ……じゃがの、ボン………更木隊長と草鹿副隊長は、一ヶ月帰ってこんかったんじゃ………」
真面目な声で射場は言ったが、真は頭が付いて来なかった。射場は振り返り、また真を見て、拳を握った。
「離れの温泉に行く途中、道に迷ったんじゃろ。じゃが、二人が居なくなってから、何故か旅館で飼われている牛が消えたんじゃ…」
二人で食べたのかと聞こうとしたが、射場が続けた。
「しかもじゃ!草鹿副隊長は、旅館の飾りに訳の分からん装飾をし、温泉に庭の鯉を放ち全滅させ、壁に落書きをしていき、姿をくらませた…………」
真は頭がクラクラした。それって………
「今回は、お前が片時も離れんと、草鹿副隊長を見張ってくれ!!!」
「無理ですよ!!副隊長なんて、私には止められません!!!」
「お前しかおらんのじゃボン!!更木隊に女の席官はお前しかおらんじゃろ!!!
更木隊長は、一角と弓親が見張る!草鹿副隊長はお前が見張れ!!」
一角と弓親も行くのか、と思ったが、問題はそこじゃ無かった。
「何で私は一人で副隊長を見るんですか?他の副隊長と同じ部屋にしたら…………」
「……他の副隊長から、別の部屋にして欲しいと、総隊長に意見があったんじゃ………………。副隊長達の為に、ボン!頼む!」
射場は、膝をついて真にお願いした。乱菊の為だな、思ったが、言わなかった。真も、乱菊がゆっくりできるならいいか、と思ったからだ。真は大きなため息をつき、射場に手を差し出した。
「先生…顔を上げてください。私、行きますんで…………」
真がそう言うと、射場の顔がパッと明るくなり、真の手を握り肩を叩いた。
「すまんのお、ボン!!総隊長には、ワシから言っとくけえの!!!」
射場はそう言うと、そそくさと帰って行った。残された真は、急に体が重くなった気がした。
 足取り重く隊舎に帰り、部下に事の顛末を説明すると、酷く同情された。

 夜、乱菊の部屋に行き、今日あった事を愚痴った。
「真も来んの?!やったー!!!ねえ、一緒に水着買いにいこっ!」
乱菊は嬉しそうだったが、真は首を横に振った。
「私………体中傷だらけだから、水着は着れない」
「水着着れない程じゃないでしょ?ちょっと見せなさいよ」
真は抵抗したが、乱菊が無理矢理、真の着流しを開いた。
 真の首から、胸、腹、腕と多数の傷跡が痛々しく残っていた。乱菊は言葉を失い、静かに着流しを閉じた。
「ごめん……ここまでとは、知らなくて………」
「いいよ……誰かに、知ってもらえた方が、いい し」
真は着流しを直しながら、何でも無いように言った。
「…天領って、何でそんな……見境ないの?」
乱菊が言葉を選びながら聞いた。真は乱菊を見ながら笑った。
「戦い方を知らないまま、使おうとしたから、制御出来なかったんだ。今は、出来るよ」
そう、と乱菊が元気無く言ったため、真は乱菊を抱きしめた。
「どーせ、副隊長と風呂入るから、皆に見られる。乱菊に最初に知って貰えて良かったよ」
乱菊は暫く無言でいた。すると、真の方を向いて力強い目で言った。
「あんたのその傷、技術開発局で直して貰いましょ!」
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