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羽化にはまだ早い(弓親)

26.仲直り

 真は休んでから5日後に、ようやく十一番隊舎に顔を出した。多くの隊士が真に駆け寄り、体を心配した。真は一人ひとりに謝りながら、隊主室まで進み、ノックをして中に入った。
 「ご迷惑おかけして、すみませんでした」
深々と頭を下げ、更木に謝る。更木は椅子にもたれて、深く息を吐いた。
「自分の体くらい、自分で管理しろよ。二度はごめんだぜ」
更木はそれだけ言うと、もういい行けと、手で追い払った。やちるが、ゆっくり休んでねーと手を振った。真が二人に礼をして部屋から出ると、一角と弓親が部屋の外で待っていた。
「…あ」
真は無言で二人に礼をした。二人は真に近寄ると、一角が頭に、弓親が肩に手を置いた。
「メシ奢れ」
「僕、今日は豆腐食べたいな」
「腹膨れねえよ。肉にしろ、肉に」
散々八つ当たりしたのに、二人はそれには触れなかった。真は黙って二人に付いて行き、定食屋に入った。


「ワタシに構うなって言わねえのかよ」
席に着くやいなや、一角が意地悪な顔をしながら、真をイジった。 
「それは…触れないでください…」
真が困った様に額に手を触れて言った。
「でも……本当に、すみませんでした」
頭を下げると、柔らかい手が真の頭に触れた。顔を上げると、隣の弓親が優しい顔で真を見ていた。
「…ちょっと、変わった?」
弓親が真の顔を覗き込んだ。真は焦りながら、弓親の顔を手で隠した。
「近い近い近い…」
真の様子を見て、一角も以前と違うと感じた。
「どうやら、一皮剥けたみてえだな」
「……そうでしょうか。だと、良いのですが」
真は嬉しそうに微笑んだ。
 この5日間、真は平子の元に通い、音楽を聞いたり、現世の事や、100年前の御艇の話等を聞いて過ごしていた。
 平子は相変わらず遠慮の欠片もなく、真はよく怒った。だが、次第に意見を言う事に抵抗が無くなってきて、あしらい方も覚えた。その真を見て、平子は、できるやんけ、と褒めてくれた。
 真は、平子に育てられていた事に気づいた。
 そして、改めて人に会ってみると、会話が楽になった。前まで硬い会話しか出来なかった一角とも、笑って話せる様になっていた。
 真は、今の自分で、乱菊に会いたいと思った。

 食事を終えて、外を歩いていると、前から日番谷と、乱菊が歩いてきた。
 真の胸が高鳴った。まさか、願いが叶うなんて…。
 乱菊は、長かった髪を首の高さまで切っていた。随分長いこと、会っていない気がした。
 乱菊も、真の存在に気が付き、一瞬こちらを見たが、すぐに目を反らした。真の胸が傷んだ。分かってはいたが、実際に無視されると、辛かった。
「ちゃす、日番谷隊長。メシっすか」
何も知らない一角が、日番谷に話しかける。日番谷が立ち止まり、必然的に乱菊も止まる。
「隊長の奢りでご飯よー、いいでしょ」
乱菊が真を見ずに、一角に話しかける。真は黙って、後ろで立っていた。
 世間話が終わり、二組がすれ違う時、真は乱菊も日番谷も見ないように、頭を下げてすれ違った。
 二人が後ろに行って、ようやく顔を上げたが、やはり気になって、乱菊の後ろ姿を見送ろうと振り向いた。
 すると、乱菊も立ち止まって、こちらを見ていた。
 真は、驚きと、通じ合った嬉しさで、笑顔とも何とも分からない顔になった。だが、何か言わないといけない気がして、必死に言葉を探した。
「…短いのも、似合うね。乱菊……」
もう、取繕わなくていいかと思い、真は今までの様に乱菊を呼んだ。真が乱菊に話しかけた声に気づいて、一角と弓親が振り返って二人を見た。
 真に名前を呼ばれた乱菊の顔が、くしゃくしゃに歪んだと思ったら、突然、わーっ!と泣き出した。あまりに突然だった為、日番谷はびっくりして振り返り、一角と弓親も、拍子抜けした顔で乱菊を凝視した。
「乱菊…!乱菊、皆見てる」
真が乱菊に駆け寄ると、乱菊は真の首にしがみついて、わんわん泣いた。
「ごめん!ごめん真!!!あた、あたし…自分で、言っときながら…無理だった……!!!」
真の首にしがみつき、しゃくりあげながら、乱菊が言った。真は、まさか乱菊がそう思っていたとは思わず、言葉を失った。
「ワガママだけど…やっぱり、友達で、いさせて……」
真の肩に手を置いて、涙を拭きながら、乱菊は言った。真は、乱菊の腕を掴んで、乱菊の顔を覗き込んだ。
「友達じゃ、ないよ。親友、だよ」
涙を堪えていた乱菊が、また泣き出した。逆に真は笑顔で、乱菊を抱きしめ、背中をさすった。
 状況に付いて行けない男達は、困った様に目配せした。

 その日の夜、真は乱菊の部屋に泊まった。初めてのお泊りで、部屋を訪れた時は緊張していた真も、すぐに乱菊との、何でも無い会話を楽しんだ。
「長いことあんたと付き合ってきたけど、こんな笑って喋るの初めてよね」
「そうだね」
二人で変なの、と笑いあった。
「そーいや、真。あんた、弓親とはどうなのよ」
突然乱菊が弓親の話題を振った。真は驚いてむせた。
「…な…何でそんな事聞くの?」
口を押さえて、真は信じられないと言った顔で乱菊を見た。乱菊は、特に表情を変えず、平然としていた。
「振ったのに、普通にご飯食べに行ったりしてるの?やめなさいよ、変に期待もたすの。残酷よ?」
乱菊の言葉に、真は固まった。弓親を振ったはいいが、その後、口付も受け入れてしまった過去を思い出した。だが、これから先、弓親と付き合えるかと言われたら、ノーだ。真はとんでもない事をしてしまったと思った。
「乱菊…どうしよう……………」
真は、乱菊に洗いざらい話した。乱菊は笑ったり、軽蔑したりせず、聞いてくれた。
「じゃあ、あんた、弓親にキスされるのも、嫌じゃないのね?」
真は頷いた。
「それ、好きだからじゃないの?」
真はまた固まった。
「好きなら好きって、言えばいいじゃない。まあ、趣味悪いけどね」
乱菊との問題が解決した今、自分から孤独に走る必要はなくなった。だが、真の心には、弓親を好きと言える確信が無かった。心の迷路を彷徨うと、生前の記憶にたどり着いた。
「私…まだ、恋が怖いみたい………」
「生前の、あれ?」
「…………………」
「それは、時間かけるしか無いんじゃない?」
真が迷って黙っていると、乱菊は真に抱きついて、床に押し倒した。苦しいほど真を抱きしめて、頭を撫でた。
「迷ったり、悩んだりしたら、いつでも私がいるから。あんたの力になれるなら、何でもするから、ね」
真の目にじんわりと涙が溜まった。
「乱菊……………」
「また、親友に戻れたんだもの。役に立たせなさいよ」
とうとう、涙が決壊した。
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