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羽化にはまだ早い(弓親)

20.女子会

 それから数日は、破面の襲撃は無かった。
 その間、御艇の隊士達全員が、鍛錬に精を出し、技を磨いていた。真は、十一番隊隊士だけでなく、希望があれば他隊士も受け入れていたため、殆ど休みは無かったが、今までに無く、充実した時間を過ごしていた。
 ただ、負傷者を四番隊に連れて行くと、毎度伊江村が、意味深な目配せをして、親指を立ててくるのだけはウンザリしていた。
 ある日、真が一人で蕎麦屋で昼ご飯を食べていると、伝令が来た。
「現世より要請です。井上織姫様をソウルソサエティに迎える為に、霧島四席を現世に向かわせる様にと指示がありました」
真の足元に膝をつき、伝令が言った。
「私が?別に、私で無くてもいいのでは?」
「ですが、京楽隊長が、ぜひ霧島四席にと…」
「そうそう。僕が指名したんだよーん」
伝令の後ろで、京楽がピースしながら立っていた。遅れて七緒も蕎麦屋に入って来た。
「真ちゃん最近、いろんな隊の子を相手にしてあげてるんだってね。七緒ちゃんから聞いたよ」
真の向かいに座りながら、京楽が言った。七緒は真の隣に座り、伝令に、もういいですよ、と告げ、帰らせた。
「うちの隊の子達もお世話になったみたいで、ありがとうね。喜んでたらしいよ、分かりやすいって。僕たちが中々忙しくて、稽古つけてあげられないから、本当に助かるよ」
「いえ、私が好きでやっているんです」
「まあまあ。感謝しているんだよ。だから、ね、現世に行くついでに、何か美味しい物でも食べておいで。七緒ちゃん」
京楽が言うと、七緒が封筒を差し出した。
「京楽隊長の給料から引きましたので、安心して使ってください」
「え?!そうなの!?隊費じゃなくて!?」
どうやら中には現金が入っているらしい。真は手を体の前に出して、受け取りを拒んだ。
「受け取れません、そんな…」
しかし真の拒否を無視して、七緒が懐に無理やりねじ込んで来た。
「さあ、早く出立してください。客人が待っています。ここの支払いもしておきます。隊長が」
七緒に無理やり立たされ、背中を押された。真は京楽と七緒に礼をすると、蕎麦屋を出た。
「相変わらず、真面目な子だねえ〜」
「うちに来て欲しいですね。何で十一番隊に居るんでしょう」
「まあ、本人がいたい場所にいるのが一番だよ」


 門に着くと、何故か阿近がおり、義骸と雑誌を渡された。雑誌には、空座町付近の甘味処が載っていた。表紙には付箋が貼られており、女子会楽しんで♡春水、と書いてあった。
「説明してる暇はねえ、早く行け。俺達は忙しいんだ」
言われるままに受け取り、穿界門を通ると、織姫とルキアがいる前に出た。
「き、霧島四席…!?」
ルキアが驚いて、大きな声を出した。織姫も知っている顔が来て、驚いた顔をしていた。
「どうして、霧島四席が?平隊員で良いものを…それより、何故義骸を……」
死白装ではなく、Tシャツとジーパンという出で立ちで現れた真に、ルキアは困惑していた。
「私も、言われるまま来て…。二人共、時間あるかな」
真は、京楽から言われた事を二人に伝え、雑誌を渡して二人に行きたい甘味処を選ばせた。織姫とルキアは、目を輝かせてキャーキャー言いながら、雑誌をめくった。
「霧島殿は、何を召し上がりたいですか?」
織姫と雑誌を見ながら、ルキアが目を輝かせて聞いた。
「いや、私はこっちの甘い物はそんなに分からないから…」
二人の好きな所に、と言い掛けたが、織姫とルキアが寂しそうな顔をしているのに気がついた。
「あー…西洋の飲み物がある所がいいな。前に一度飲んだんだ。黒くて、苦いけど、香りが凄く良くて…何て言ったかな…」
「コーヒー?」
織姫が当てて、真がそれだ、と言うと、織姫の顔が輝いて、自信満々にページをめくった。
 織姫が、見開きのページを真に見せて、ここに行こう!と元気よく言った。
「フワフワのパンケーキと、こだわりのコーヒーのお店だよ!」
「パンケーキ?」
「南蛮カステラのような物です。霧島殿」
「なるほど。柔らかいカステラか」
織姫が早く行こう!と二人の手を引いて歩いて行った。


 店に入ると、織姫が3人分のパンケーキとコーヒーを注文してくれた。運ばれて来たコーヒーの香ばしい香りに、真の頬が緩んだ。
「ありがとう、井上さん。また飲みたかったんだ」
織姫は嬉しそうに、いいえー私こそ、と言った。
 ルキアは、コーヒーに何も入れず一口飲んで、苦さに顔をしかめ、舌を出してうえー、とやった。それに気がついた織姫が、砂糖とミルクを入れさせた。
「霧島殿は、大人ですね。こんな苦いものを…」
パンケーキで口直ししながら、ルキアが言った。
「…私なんて、まだ全然子どもだよ」
コーヒーカップを手で包みながら、真が笑った。
「えー!でも、真ちゃん、弓親さんと付き合っているんじゃないの?」
ちょうど真がコーヒーカップに口を付けた所で、織姫が唐突にそう言った為、真は思わずコーヒーを吹いた。ルキアが慌てて手ぬぐいを差し出した。
「こ、こら!井上!霧島殿に失礼ではないか!綾瀬川五席と、つ、付き合っているだと?!」
「ごめん…朽木さん………。えと……弓親さんが、何?」
手ぬぐいで口を拭きながら、真は織姫に問返した。織姫は、あれ?と首を捻った。ルキアは、織姫を止めたいけど、聞きたい気持ちで揺れていた。
「前に乱菊さんに誘って貰った飲み会で、てっきりそうなのかと……」
飛び散ったコーヒーを拭き終わって、真は深呼吸をした。
「私に、恋人はいないよ。大事な親友が一人いるだけ…」
真は、困った笑顔で織姫に言った。
「恋人は居なくても生きていけるけど、私は、友達が居ないと生きていけない……友情の方が、大事だよ」
何か意味深な、悲しげな顔でコーヒーカップを見つめる真に、ルキアも織姫もそれ以上聞くのを憚った。
 織姫は代わりに、自分の話をしだした。
「私には、たつきちゃんって親友がいるんだ」
真とルキアは、黙って織姫の話を聞いた。
「もし、たつきちゃんに恋人が出来たら、私はきっと寂しがると思う。でも、たつきちゃんは、私の恋を応援してくれてて…」
織姫は真に優しい笑顔を向けた。
「だから、私も、もし、たつきちゃんに好きな人が出来たら、精一杯応援するんだ。親友には、幸せになってほしいから…それに、親友が幸せになる邪魔になるくらいなら、寂しい方がマシだから」
真は織姫の屈託のない笑顔に、心が傷んだ。
「…………もし、井上さんの親友が、好きな人と離れ離れになって苦しんでいたら、井上さんは、自分の好きな人と結ばれようと、思う……………?」
さっきより、一層悲しげな表情で、真は織姫に聞いた。織姫もルキアも、真に何かあった事を悟った。
「……ごめん。変な話して。困るよね」
真は自分で話を終わらせ、パンケーキを一口食べた。しかし、真には甘すぎて、直ぐにコーヒーで口直しをした。
 真が残したパンケーキは、織姫とルキアで平らげた。
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