羽化にはまだ早い(弓親)
2.慰め
斑目三席に殴られて救護に行くのは、これで何回目だろう。
真はそこらへんにいた顔見知りの四番隊隊士に声をかけ、申し訳なさそうに治療を頼んだ。四番隊の隊士も、また斑目さんですか、と説明する前に言ってきて、真を治療室に案内した。顔は同情そのものの表情だ。部下の女性隊士は壁際で黙って立っており、罪悪感で今にも泣きそうだった。
「いつもすみません」
真が謝ると、何で霧島さんが謝るんですか、と四番隊隊士が苦笑いした。
「他の十一番隊の人達も霧島さんみたいに謙虚だといいんですけどね、あ、すみません、困りますよね」
真は、いえ、と小さく答えた。四席隊隊士は治療しながら話続ける。
「でも、斑目さんに殴られて来るのなんて、霧島さんくらいですよ。斑目さんはどうして霧島さんばかり…」
「期待してるんだよ」
入口の方から声がしたと思ったら、弓親が立っていた。ゆっくり中に入り、女性隊士に、もういいよお戻り、と優しく言い、戻らせた。
「弓親さん、すみません。ご心配おかけして」
立ち上がろうとしたが、弓親がそのまま、と手で合図したため、座り直した。
「治療、終わった?」
弓親が四番隊隊士に聞いた。四番隊隊士は、先程の愚痴が聞かれたか心配で、弓親と目を合わせず、は…はい、と答えて足早に出ていった。
「一角は厳しいね」
弓親がそっと真の右頬に手をやった。真は少し緊張したが、どうする事もできない為、視線を落とし、自分のつま先を見ながら呟いた。
「斑目三席は、私を女扱いしたら、他の隊士の反感を買うことを分かってますから…」
弓親はようやく真から手を離し、うつむく真をじっと見つめた。
「君は、それでいいの?」
真は何も言わず、目を瞑って更にうつむいた。
良いわけが無い。私はずっと、男女差別と戦ってきた。三席がやっているのは、ただの現状維持だ。変える気は無い。あなたもそうでしょう、弓親さん………。
沈黙が続いた。真は、何か言わなくては、と思っても、今口を開いたら弓親を責めてしまうと思い、だんまりを決め込んだ。
自分を認めない男達、誹謗中傷、三席からの期待と叱責、部下達の命、多くの事が真に覆いかぶさって、潰れそうだった。
「………辛い…」
聞こえるか聞こえないかの声で、真の口から小さな本音がこぼれた。
あ、と思って弓親を見上げたら、少し驚いた表情をしたかと思ったら、真の右手を掴んでいた。
「少し、さぼろうか」
真の手を握ったまま弓親は走り出した。真は頭が付いて来ず、引っ張られるまま付いて行った。
幸いな事に十一番隊隊士には会わなかった。他隊の数人とすれ違ったが、何も言われなかった。
ついた先は甘味処だった。入った事は無いが、部下達が行きたいと話しているのを聞いたことがある。
「甘いの大丈夫だったよね?」
答える前に店に入っていた。弓親は真の答えを待たず、勝手に席に座った。窓際で、中庭が見える席だ。苔がキレイに生している。
「夏みかんの寒天が出たんだよ。あ、水まんじゅうもあるね」
弓親は、さっきまでの会話が無かったかの様に飄々と喋る。
「何個か頼んじゃうよ」
弓親はお品書きを見たまま、真を見ずに言い、店員を呼んで勝手に注文した。
二人の元にお茶が運ばれてきて、弓親が一口啜る。
「飲みなよ」
湯呑を持ったまま動かない真を見て、弓親がすすめるが、真は湯呑に視線を向けたまま、何か言いたそうに口を開けたり閉めたりしている。それを見て弓親は大きくため息をつき、湯呑を端に置いて、肘を机に乗せて身を乗り出した。真と目が合う。
「僕から言おうか?つまらない嫉妬はやめろって。そうすれば、アイツらなんか直ぐに黙るよ。それに……一角も」
弓親の目の奥にから言いようの無い感情を感じ取れたが、真はそれがなんなのか分からなかった。ただ、彼が何かを訴えているのは分かった。しかし、それを汲み取ってしまっては、自分がブレてしまう事を真は知っていた。
「……いえ、ご心配、ありがとうございます。でも……私が、認めさせないと、意味ないんです」
体の奥深くから湧き上がる怒りも、気だるさも全てを押し殺して、真は言葉を絞り出した。
十一番隊に入った時に、真は強さで男達を認めさせてみせると、自分に誓った。だが、時々無性に悲しくて、虚しくて、誰かに縋りたくなる。弓親は、そんな時にいつもやってきては、真が甘えたくなる言葉をくれる。言われるがままに甘えれば、きっと楽になれるのだろうが、一生自分を見失うと分かっており、真は未だに甘えられずにいる。
弓親の言葉を突っぱねるのは、いつも多大なエネルギーを使う。真は今回も非常に疲れてしまい、大きく息を吐いた。チラリと弓親を見ると、不思議と満足そうな顔をしていた。いつも思うが、弓親の考えている事はよく分からない。
なぜこの人は、申し出を断られて嬉しそうなんだろう……。
「……弓親さんは」
真が名前を呼ぶと弓親の目が輝きを増し、話の続きを催促するかのように首をかしげた。
「私を……試しているんですか?」
真の言葉に、弓親は一瞬驚いたような表情をしたあと、少し考える仕草をして、最後に自己完結したようにウンウン頷いた。
「そうかも。でも、甘えられたいとも思ってるよ。ホントに」
弓親の真意が分からず、真は困ったように顔をしかめたが、ニコニコ笑う弓親を見て脱力した。
「弓親さんの考えている事は、いつも分かりません」
「知りたい?」
真が何かを言う前に、店員が注文した菓子を運んできて、話はそこで途切れた。
弓親に促され、真は夏みかんの寒天を一口食べると、爽やかな柑橘の香りで幾分気持ちが落ち着いた。
「この前の野盗狩り、良い動きだったよ。室内で、よくあんなに小回りが効くね」
水まんじゅうを一口食べながら、弓親が話しだした。穏やかな語り口だ。
「ありがとうございます」
「返り血、取れた?」
「捨てました。洗っても取れなくて」
「そう。それがいいよね」
淡々と会話が続く。弓親には、心を揺さぶられたり、安心させられたり、兎に角忙しい。出会ったその日から、弓親は真との距離を詰めてきた。何故なのかは分からないが、真自身も弓親から離れられずにいた。
斑目三席に殴られて救護に行くのは、これで何回目だろう。
真はそこらへんにいた顔見知りの四番隊隊士に声をかけ、申し訳なさそうに治療を頼んだ。四番隊の隊士も、また斑目さんですか、と説明する前に言ってきて、真を治療室に案内した。顔は同情そのものの表情だ。部下の女性隊士は壁際で黙って立っており、罪悪感で今にも泣きそうだった。
「いつもすみません」
真が謝ると、何で霧島さんが謝るんですか、と四番隊隊士が苦笑いした。
「他の十一番隊の人達も霧島さんみたいに謙虚だといいんですけどね、あ、すみません、困りますよね」
真は、いえ、と小さく答えた。四席隊隊士は治療しながら話続ける。
「でも、斑目さんに殴られて来るのなんて、霧島さんくらいですよ。斑目さんはどうして霧島さんばかり…」
「期待してるんだよ」
入口の方から声がしたと思ったら、弓親が立っていた。ゆっくり中に入り、女性隊士に、もういいよお戻り、と優しく言い、戻らせた。
「弓親さん、すみません。ご心配おかけして」
立ち上がろうとしたが、弓親がそのまま、と手で合図したため、座り直した。
「治療、終わった?」
弓親が四番隊隊士に聞いた。四番隊隊士は、先程の愚痴が聞かれたか心配で、弓親と目を合わせず、は…はい、と答えて足早に出ていった。
「一角は厳しいね」
弓親がそっと真の右頬に手をやった。真は少し緊張したが、どうする事もできない為、視線を落とし、自分のつま先を見ながら呟いた。
「斑目三席は、私を女扱いしたら、他の隊士の反感を買うことを分かってますから…」
弓親はようやく真から手を離し、うつむく真をじっと見つめた。
「君は、それでいいの?」
真は何も言わず、目を瞑って更にうつむいた。
良いわけが無い。私はずっと、男女差別と戦ってきた。三席がやっているのは、ただの現状維持だ。変える気は無い。あなたもそうでしょう、弓親さん………。
沈黙が続いた。真は、何か言わなくては、と思っても、今口を開いたら弓親を責めてしまうと思い、だんまりを決め込んだ。
自分を認めない男達、誹謗中傷、三席からの期待と叱責、部下達の命、多くの事が真に覆いかぶさって、潰れそうだった。
「………辛い…」
聞こえるか聞こえないかの声で、真の口から小さな本音がこぼれた。
あ、と思って弓親を見上げたら、少し驚いた表情をしたかと思ったら、真の右手を掴んでいた。
「少し、さぼろうか」
真の手を握ったまま弓親は走り出した。真は頭が付いて来ず、引っ張られるまま付いて行った。
幸いな事に十一番隊隊士には会わなかった。他隊の数人とすれ違ったが、何も言われなかった。
ついた先は甘味処だった。入った事は無いが、部下達が行きたいと話しているのを聞いたことがある。
「甘いの大丈夫だったよね?」
答える前に店に入っていた。弓親は真の答えを待たず、勝手に席に座った。窓際で、中庭が見える席だ。苔がキレイに生している。
「夏みかんの寒天が出たんだよ。あ、水まんじゅうもあるね」
弓親は、さっきまでの会話が無かったかの様に飄々と喋る。
「何個か頼んじゃうよ」
弓親はお品書きを見たまま、真を見ずに言い、店員を呼んで勝手に注文した。
二人の元にお茶が運ばれてきて、弓親が一口啜る。
「飲みなよ」
湯呑を持ったまま動かない真を見て、弓親がすすめるが、真は湯呑に視線を向けたまま、何か言いたそうに口を開けたり閉めたりしている。それを見て弓親は大きくため息をつき、湯呑を端に置いて、肘を机に乗せて身を乗り出した。真と目が合う。
「僕から言おうか?つまらない嫉妬はやめろって。そうすれば、アイツらなんか直ぐに黙るよ。それに……一角も」
弓親の目の奥にから言いようの無い感情を感じ取れたが、真はそれがなんなのか分からなかった。ただ、彼が何かを訴えているのは分かった。しかし、それを汲み取ってしまっては、自分がブレてしまう事を真は知っていた。
「……いえ、ご心配、ありがとうございます。でも……私が、認めさせないと、意味ないんです」
体の奥深くから湧き上がる怒りも、気だるさも全てを押し殺して、真は言葉を絞り出した。
十一番隊に入った時に、真は強さで男達を認めさせてみせると、自分に誓った。だが、時々無性に悲しくて、虚しくて、誰かに縋りたくなる。弓親は、そんな時にいつもやってきては、真が甘えたくなる言葉をくれる。言われるがままに甘えれば、きっと楽になれるのだろうが、一生自分を見失うと分かっており、真は未だに甘えられずにいる。
弓親の言葉を突っぱねるのは、いつも多大なエネルギーを使う。真は今回も非常に疲れてしまい、大きく息を吐いた。チラリと弓親を見ると、不思議と満足そうな顔をしていた。いつも思うが、弓親の考えている事はよく分からない。
なぜこの人は、申し出を断られて嬉しそうなんだろう……。
「……弓親さんは」
真が名前を呼ぶと弓親の目が輝きを増し、話の続きを催促するかのように首をかしげた。
「私を……試しているんですか?」
真の言葉に、弓親は一瞬驚いたような表情をしたあと、少し考える仕草をして、最後に自己完結したようにウンウン頷いた。
「そうかも。でも、甘えられたいとも思ってるよ。ホントに」
弓親の真意が分からず、真は困ったように顔をしかめたが、ニコニコ笑う弓親を見て脱力した。
「弓親さんの考えている事は、いつも分かりません」
「知りたい?」
真が何かを言う前に、店員が注文した菓子を運んできて、話はそこで途切れた。
弓親に促され、真は夏みかんの寒天を一口食べると、爽やかな柑橘の香りで幾分気持ちが落ち着いた。
「この前の野盗狩り、良い動きだったよ。室内で、よくあんなに小回りが効くね」
水まんじゅうを一口食べながら、弓親が話しだした。穏やかな語り口だ。
「ありがとうございます」
「返り血、取れた?」
「捨てました。洗っても取れなくて」
「そう。それがいいよね」
淡々と会話が続く。弓親には、心を揺さぶられたり、安心させられたり、兎に角忙しい。出会ったその日から、弓親は真との距離を詰めてきた。何故なのかは分からないが、真自身も弓親から離れられずにいた。