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羽化にはまだ早い(弓親)

12.独占欲

 乱菊が弓親の部屋に着くと、ノックをする前に弓親が出てきた。霊圧を探っていたらしい。
「早かったね。もっと遅くなると思った」
弓親は乱菊を招き入れた。
「真は?」
乱菊は草履を脱ぎながら、弓親に聞いた。
「寝てる」
部屋に入ると、ベッドの上に真がいた。苦しそうな顔をしながら寝ている。
「真〜、帰るわよ〜」
乱菊が真の頬を軽く叩いた。真は少し唸って、また寝た。
「ちょっとー、起きなさいよ!」
乱菊が真の肩をゆさゆさ揺すった。真は、体を横に向けて、シーツを握った。
「ゆ、揺らさないで…気持ち悪い…」
うーん、と寝返りをうって、また寝息をたてた。乱菊は弓親の方を向いて、助けを願ったが、弓親は、お手上げのポーズをした。
「どうすんのよ、これ…」
ベッドに腰掛けながら、乱菊が聞いた。弓親も腕を組んでいる。
「真が朝、僕の部屋から出ていったら、変な噂がたっちゃう。真はそういうの、凄く気にするんだ」
弓親が首をかしげながら言った。それは乱菊も知っていた。更木や一角、弓親に媚びて四席になったと言われて傷ついている真の姿を見ている。しかし、乱菊は知らないフリをした。
「そう…この子、強そうなのにね…」
乱菊は真の髪を撫でた。さらさらして、綺麗な髪だ。
「じゃあ、あたしも、泊まろうかしら」
乱菊が弓親に向き直り、提案した。弓親はキョトンとしている。
「何よ。こんな美女が泊まってあげるんだから、喜びなさいよ」
「僕、静かな女の人が好きだから。乱菊さんには興味ないんだよねー酒乱だし」
はあ?と弓親を睨むが、弓親は素知らぬ顔。そして、フッと笑って、ありがとう、と言った。
「何であんたが、ありがとうって言うのよ」
「さあ。何でかな。まあ、でも、3人で二次会してたって言えるし、泊まって貰えるなら、歓迎だよ」
「最初からそういいなさいよ」
弓親は乱菊の言葉の途中で奥に行き、着流しを2着持ってきた。
「悪いけど、着替えさせてあげて。死白装のままじゃ窮屈そうだし」
僕はシャワー行ってくる、と弓親は風呂場に消えた。
 シャワーの音がし始めた所で、乱菊は真の死白装の腰紐を解いた。上着を開くと、傷だらけの真の腕が露わになった。少年の様な、筋張った腕だ。乱菊はタートルネック、サラシ、と脱がせていった。
 髪を解いて、サラシを取った真は綺麗な女性だった。いつもの髪を引っ詰めた、無愛想な姿からは想像もつかない。真も女だから、いつかは好きな男が出来て、自分の元から離れていくのだろうか。真が弓親に取られたら…と思うと不安で胸がズキズキした。
 乱菊は、真を起こさないように、ゆっくり着替えさせて、最後に腰紐を結んで、布団をかけた。暫くして弓親がシャワーから戻ってきた。
「シャワー、使う?」
化粧落としもあるよ、と弓親が腰紐を結びながら言った。いつも目に着けている羽は取っていた。あれがないと、普通の男に見える。
「ありがと。もらうわ」
乱菊は着流しを持って、風呂場に行った。脱衣場には、乱菊用のタオルに、化粧水、乳液も用意してあった。
「女子か」

 乱菊がシャワーを浴びる音がする。真の死白装がぐちゃぐちゃに丸めて床に置かれていたので、弓親は拾ってたたみ直した。
 真は起きたら、どう思うだろう。醜態を見せたと、恥ずかしがるかな、僕を避けるかな。でも、真の性格なら、こっちから話しかければ、露骨に避けはしないだろうな。嫌がる事はしていないし。
 真の死白装を箪笥の上に置き、弓親はベッドに座った。月の明かりが真を照らして、寝顔が見える。美しい寝顔だ。いつも乱雑に結ばれている黒髪は、ちゃんととけばサラサラの絹のような髪だ。弓親は真の髪を一束手に取り、親指で感触を確かめるように撫でた。
「何で化粧しちゃったかな」
本当は、弓親が自分でやりたかった。もっと真との距離を縮めて、打ち解けた時に。そして、自分だけが、真の隠された美を享受するつもりだった。他の男には見せたく無かった。檜佐木や京楽みたいな、ミーハーには特に。
 だが、真が酔い潰れてくれたのは好都合だった。他の奴らに、弓親が真に特別な感情を持っている事を見せつける事ができたからだ。口で言うより影響は大きいはずだ。もうこれで、あの場にいた奴らが真に手を出すことは、ほぼ無い。
 シャワーの音が止んだ。弓親は真の髪から手を離して、立ち上がった。箪笥の引き出しから、爪研ぎを出して、ベッドを背もたれにして床に座り、爪の手入れを始めた。
 暫くして、乱菊が部屋に戻ってきた。爪の手入れをしている弓親を見て、女子か、と呟いた。
 乱菊はベッドの端に座り、髪の毛をタオルで抑えた。
「…あんたが真を連れて帰ったとき、正直真に何かするかと思ったわ」
「何それ。僕はケダモノじゃないよ」
弓親は爪を磨きながら笑った。乱菊はタオルを膝に置いて、弓親を見た。
「ねえ、弓親。あんた、真が好きなの?」
弓親の頭頂部を見つめながら、乱菊が聞いた。弓親は爪を磨く手を止めた。
 3秒の沈黙。
「好きだよ」
弓親は、乱菊からいろんな男に伝わればいい、と思った。
 乱菊の目が一瞬大きく開いたが、すぐに平静を保った。
「へえ。意外ね。あんたはもっと、可愛らしい、小動物みたいな女が好みだと思ったわ」
乱菊は軽く笑いながら言った。
「自分だけが知ってる美しさや涙って、そそられるだろ」
嫌に男らしい声で弓親が答える。弓親の言葉に乱菊の体が強張った。待って、今何て言った。涙?
「この子が、あんたの前で泣くの?」
乱菊の声が若干強くなったのを感じて、弓親が振り返って乱菊を見た。
 何でこの女…僕に攻撃的な目つきをしているんだ。
「何で?」
弓親が質問を質問で返す。乱菊はハッとして、弓親から視線をそらした。いっその事、真は私の親友だと言いたかったが、それを言うと、真は多分傷つくと思い、乱菊は下唇を噛んで本心を飲み込んだ。
「涙見せるとか、進展してるじゃない。ムカつくわね。私より先に彼氏ができるとか、許せないわー。」
苦し紛れに嘘をついた。弓親は騙されて、乱菊さんも頑張りなよ、とか言っているが、乱菊の耳には入っていなかった。
 ずっと、私だけが真の涙を知っている存在だと思っていた。真にとっても同じだと信じて疑わなかった。だから二人は特別な存在だった。真にとって、私は、もう特別な存在じゃないの?何でいきなり、こんな男に心を許すの?
 乱菊の頭の中で、真への思いが渦をまいた。だが、その醜い感情は人に見せる訳にはいかず、乱菊は心の奥にしまった。
「告白しないの?」
聞きたくないが、触れずにはいられず、乱菊は弓親に聞いた。
「…まだ、しない」
「はあ?何それ。」
「真は恋愛をする気が全く無いみたい…。仕事の事ばっかりなんだ」
真の気持ちは、弓親に行っていない事を感じ取り、乱菊は少しホッとした。そうだ、真は恋愛に興味ないし。
「望み無いんじゃない?」
からかっているようで、八つ当たりだ。そうなればいいと、本気で思った。
 
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