羽化にはまだ早い(弓親)
11.嫉妬
酷い吐き気を覚えて、目を開けると、天井の明かりが目に刺さった。思わず目を細めると、4つのシルエットが自分を覗き込んでいることに気がついた。
「真ちゃんごめんねえ。飲まないだけで、こんなにも弱いと思わなくて…」
京楽が申し訳無さそうに手を合わせた。七緒が、何で一気に飲ませたんですか、と肩を叩いた。
「真、起きれる?」
乱菊が真の肩を支えて、起き上がる補助をしてくれたが、起き上がると吐き気が強くなった。
「………っ」
何か言ったら吐いてしまいそうで、口を手で覆った。頭がガンガンする。目眩も酷くて、目を開けていられなかった。それを見た弓親が、何も言わずに真を抱き上げて、人目など気にする様子も見せずに店の外に出ていった。
弓親は裏の排水口の所で真を座らせ、体を支えながら、背中を擦った。吐くことに不慣れな真は、吐こうと口を開けるが、何も出てこず、苦しんだ。弓親は、真の髪を後ろで結、髪が汚れないよう団子にすると、真の口に指をあてた。
「ごめんね。ちょっと苦しいよ」
弓親が指を真の口に突っ込み、喉を刺激した。息が出来なくて、涙が出たが、弓親が指を離すと同時に、胃の内容物が勢いよく飛び出した。少しだけ楽になったが、まだまだ気持ちが悪い。弓親は真の口に何度も指を入れて吐かせた。真は意識が朦朧としており、恥ずかしさを感じる余裕は無かった。
胃が空っぽになっても、まだ吐き気は続いた。弓親は水を飲ませては吐かせ、次第に真の口からは透明な水しか出て来なくなった。慣れない嘔吐を何度も繰り返した真は、弓親の腕にもたれてぐったりしていた。
「今日はもう、帰ろう」
弓親は真を背負うと、店に一旦戻り、自分と真の荷物を持った。真は自分の体を支える力も無い上、揺れが不快で弓親の背中にピッタリ張り付いていた。
「真、大丈夫?」
乱菊が弓親に近づいて、真を心配そうに覗き込んだ。真は返事をしたかったが、喋る気力は無かった。
「さっき全部吐かせたけど」
「真に、ムリヤリ連れてきてごめんって言っといて」
「乱菊さんが謝るなんて珍しいね」
「何よそれ。…まあいいわ。アンタ達の分は京楽隊長に払わせておくから、もう行きなさい」
乱菊が、軽く真の背中を擦って送り出した。その手がとても優しくて、気持ちよかった。
「明日、真が仕事行けなかったら、京楽隊長からうちの隊長に謝ってくれるよう言っといてくれない」
弓親が振り返り、乱菊に言った。乱菊は、分かった言っとく、と言って襖を閉めた。
弓親はなるべく真を揺らさないように、ゆっくり帰路についた
乱菊は、真が起きたら、自分が厠に連れて行くつもりでいた。多分他の皆も、女同士で介抱すると、思っていた。しかし、乱菊が動くより早く、弓親が真を連れて行ってしまった。それも、自分がして当たり前だと言わんばかりに。その姿に、乱菊だけでは無く、会場の全員が、弓親と真の特別な雰囲気を感じ取ってしまった。二人が出ていった後は、その話題に華が咲いた。
乱菊は会話に入らず、外に出た二人を追った。排水口前で座る二人を後ろから見ると、弓親の優しい所作や、声が、目に、耳に入ってきた。
真に特別な存在が出来るかも知れないと思うと、嫉妬とも寂しさとも言えない感情が、腹の中を渦巻いた。私はどっちに嫉妬しているの?私にはいない、優しく包み込んでくれる男がいる真に?私の親友を奪う弓親に?
乱菊は、そんな事を考える自分に嫌気がさし、回れ右をして、宴会場に戻った。皆の前では、自分の感情を殺して酒乱を装い、一角に絡み、七緒に絡み、酒を煽った。しかし、どれだけ飲んでも酔えなかった。
ギンさえいてくれたら、こんなに辛い思いしないのに…。
弓親は、ゆっくりゆっくり歩いていた。いつの間にか真は眠ったらしく、後ろから寝息が聞こえた。
「そーいや僕、真の部屋知らないんだけど…」
真に問いかけるが、もちろん返事は返って来ない。弓親は立ち止まり、どーしようか、と悩んだ。真の部下の子に預ける?部屋も連絡先も知らない…。
仕方なく弓親は、自分の部屋に連れて行く事にした。
部屋の明かりをつけず、真をベッドにおろす。振動が来ても、真は眠り続けた。月の明かりが窓から入り、二人を照らした。
弓親は湯呑に水を汲み、ベッドの下に置くと、真の肩を揺すった。
「起きて。水飲みなよ。明日苦しいよ」
真は眉間にシワをよせて、ぼんやり目を開けた。弓親は真の肩を抱いて起こすと、真に湯呑を渡した。真はボーっとして、湯呑を持ったまま何もしないので、弓親が湯呑を支えて飲ませた。湯呑が空っぽになった事を確認すると、湯呑を受け取り、また真を横にした。
さて、これからどうしようか、と弓親は思った。真をムリヤリものにはしない。どうしたら、真からの印象が良くなるか考えた。弓親は伝令神機を取り出し、電話をかけた。
「弓親さんと、真ちゃんは付き合ってるんですか?」
織姫がワクワクしながら、一角に詰め寄った。一角は先から同じような事を聞かれ続けて、疲弊している。
「だーから!俺は知らねえって!多分そういうじゃねえよ。弓親は霧島に甘えだけだ」
「弓親が真を好きなんじゃないのー?」
乱菊が酒を飲みながら言った。
「あいつはそういうの話さねえから、知らねえ」
「ま、男同士の友情ってそんなもんだよね。距離感というか」
京楽隊長も輪に加わった。
「そもそも、綾瀬川って女が好きなんだな。俺はてっきりあっちかと」
「何、修兵って弓親狙いなの?」
「な!?違いますよ乱菊さん!!!何でそーなるんですか!!!俺は女が好きです!!!」
「僕も女の子大好きだよ〜」
「京楽隊長と一緒にしないでください!俺は硬派なイメージで…」
「どこがだよ。ムッツリのくせに」
一角が檜佐木をいじると、周りも、あーやっぱりーと同調して檜佐木をいじる。皆でワイワイしていると、乱菊の伝令神機がなった。弓親の名前が出ている。乱菊は伝令神機を持って、外に出た。
「もしもし?」
「もしもし乱菊さん?僕〜」
「何よ。真を送って行ったんじゃないの?」
「それが、僕、真の部屋知らなくて」
「今どこなのよ」
「僕の部屋」
「はあ?」
「ねえ。やっぱりこれまずいよね?」
乱菊は弓親の考えが分からなかった。真が好きなら、今の状況が弓親に取っては好機なはずなのに、なぜ自分にこんな事を言うのだろう。
「乱菊さん、こっち来れない?飲み会が終わってからでいいからさ」
「…いいわよ」
じゃあ、待ってるねーと弓親は電話を切った。乱菊はしばらく、伝令神機を持ったまま動かなかった。何で安心しているのか、分からなかった。真が弓親のものにならなかったから?
乱菊は会場に戻ると、七緒に言った。
「弓親が真の部屋分からないらしいから、行ってくるわ」
真が弓親の部屋にいる事は、黙っていた。隣で聞いていた野次馬が、送り狼は無いらしいと、コソコソ話していたが、無視した。
「乱ちゃーん、二次会は来れるー?」
京楽がいってらっしゃい、と手を振りながら聞いた。
「場所決まったら、連絡してくださーい」
七緒に自分の分の代金を渡すと、乱菊は外に出て、暫く歩いてから、弓親の部屋へ走った。
酷い吐き気を覚えて、目を開けると、天井の明かりが目に刺さった。思わず目を細めると、4つのシルエットが自分を覗き込んでいることに気がついた。
「真ちゃんごめんねえ。飲まないだけで、こんなにも弱いと思わなくて…」
京楽が申し訳無さそうに手を合わせた。七緒が、何で一気に飲ませたんですか、と肩を叩いた。
「真、起きれる?」
乱菊が真の肩を支えて、起き上がる補助をしてくれたが、起き上がると吐き気が強くなった。
「………っ」
何か言ったら吐いてしまいそうで、口を手で覆った。頭がガンガンする。目眩も酷くて、目を開けていられなかった。それを見た弓親が、何も言わずに真を抱き上げて、人目など気にする様子も見せずに店の外に出ていった。
弓親は裏の排水口の所で真を座らせ、体を支えながら、背中を擦った。吐くことに不慣れな真は、吐こうと口を開けるが、何も出てこず、苦しんだ。弓親は、真の髪を後ろで結、髪が汚れないよう団子にすると、真の口に指をあてた。
「ごめんね。ちょっと苦しいよ」
弓親が指を真の口に突っ込み、喉を刺激した。息が出来なくて、涙が出たが、弓親が指を離すと同時に、胃の内容物が勢いよく飛び出した。少しだけ楽になったが、まだまだ気持ちが悪い。弓親は真の口に何度も指を入れて吐かせた。真は意識が朦朧としており、恥ずかしさを感じる余裕は無かった。
胃が空っぽになっても、まだ吐き気は続いた。弓親は水を飲ませては吐かせ、次第に真の口からは透明な水しか出て来なくなった。慣れない嘔吐を何度も繰り返した真は、弓親の腕にもたれてぐったりしていた。
「今日はもう、帰ろう」
弓親は真を背負うと、店に一旦戻り、自分と真の荷物を持った。真は自分の体を支える力も無い上、揺れが不快で弓親の背中にピッタリ張り付いていた。
「真、大丈夫?」
乱菊が弓親に近づいて、真を心配そうに覗き込んだ。真は返事をしたかったが、喋る気力は無かった。
「さっき全部吐かせたけど」
「真に、ムリヤリ連れてきてごめんって言っといて」
「乱菊さんが謝るなんて珍しいね」
「何よそれ。…まあいいわ。アンタ達の分は京楽隊長に払わせておくから、もう行きなさい」
乱菊が、軽く真の背中を擦って送り出した。その手がとても優しくて、気持ちよかった。
「明日、真が仕事行けなかったら、京楽隊長からうちの隊長に謝ってくれるよう言っといてくれない」
弓親が振り返り、乱菊に言った。乱菊は、分かった言っとく、と言って襖を閉めた。
弓親はなるべく真を揺らさないように、ゆっくり帰路についた
乱菊は、真が起きたら、自分が厠に連れて行くつもりでいた。多分他の皆も、女同士で介抱すると、思っていた。しかし、乱菊が動くより早く、弓親が真を連れて行ってしまった。それも、自分がして当たり前だと言わんばかりに。その姿に、乱菊だけでは無く、会場の全員が、弓親と真の特別な雰囲気を感じ取ってしまった。二人が出ていった後は、その話題に華が咲いた。
乱菊は会話に入らず、外に出た二人を追った。排水口前で座る二人を後ろから見ると、弓親の優しい所作や、声が、目に、耳に入ってきた。
真に特別な存在が出来るかも知れないと思うと、嫉妬とも寂しさとも言えない感情が、腹の中を渦巻いた。私はどっちに嫉妬しているの?私にはいない、優しく包み込んでくれる男がいる真に?私の親友を奪う弓親に?
乱菊は、そんな事を考える自分に嫌気がさし、回れ右をして、宴会場に戻った。皆の前では、自分の感情を殺して酒乱を装い、一角に絡み、七緒に絡み、酒を煽った。しかし、どれだけ飲んでも酔えなかった。
ギンさえいてくれたら、こんなに辛い思いしないのに…。
弓親は、ゆっくりゆっくり歩いていた。いつの間にか真は眠ったらしく、後ろから寝息が聞こえた。
「そーいや僕、真の部屋知らないんだけど…」
真に問いかけるが、もちろん返事は返って来ない。弓親は立ち止まり、どーしようか、と悩んだ。真の部下の子に預ける?部屋も連絡先も知らない…。
仕方なく弓親は、自分の部屋に連れて行く事にした。
部屋の明かりをつけず、真をベッドにおろす。振動が来ても、真は眠り続けた。月の明かりが窓から入り、二人を照らした。
弓親は湯呑に水を汲み、ベッドの下に置くと、真の肩を揺すった。
「起きて。水飲みなよ。明日苦しいよ」
真は眉間にシワをよせて、ぼんやり目を開けた。弓親は真の肩を抱いて起こすと、真に湯呑を渡した。真はボーっとして、湯呑を持ったまま何もしないので、弓親が湯呑を支えて飲ませた。湯呑が空っぽになった事を確認すると、湯呑を受け取り、また真を横にした。
さて、これからどうしようか、と弓親は思った。真をムリヤリものにはしない。どうしたら、真からの印象が良くなるか考えた。弓親は伝令神機を取り出し、電話をかけた。
「弓親さんと、真ちゃんは付き合ってるんですか?」
織姫がワクワクしながら、一角に詰め寄った。一角は先から同じような事を聞かれ続けて、疲弊している。
「だーから!俺は知らねえって!多分そういうじゃねえよ。弓親は霧島に甘えだけだ」
「弓親が真を好きなんじゃないのー?」
乱菊が酒を飲みながら言った。
「あいつはそういうの話さねえから、知らねえ」
「ま、男同士の友情ってそんなもんだよね。距離感というか」
京楽隊長も輪に加わった。
「そもそも、綾瀬川って女が好きなんだな。俺はてっきりあっちかと」
「何、修兵って弓親狙いなの?」
「な!?違いますよ乱菊さん!!!何でそーなるんですか!!!俺は女が好きです!!!」
「僕も女の子大好きだよ〜」
「京楽隊長と一緒にしないでください!俺は硬派なイメージで…」
「どこがだよ。ムッツリのくせに」
一角が檜佐木をいじると、周りも、あーやっぱりーと同調して檜佐木をいじる。皆でワイワイしていると、乱菊の伝令神機がなった。弓親の名前が出ている。乱菊は伝令神機を持って、外に出た。
「もしもし?」
「もしもし乱菊さん?僕〜」
「何よ。真を送って行ったんじゃないの?」
「それが、僕、真の部屋知らなくて」
「今どこなのよ」
「僕の部屋」
「はあ?」
「ねえ。やっぱりこれまずいよね?」
乱菊は弓親の考えが分からなかった。真が好きなら、今の状況が弓親に取っては好機なはずなのに、なぜ自分にこんな事を言うのだろう。
「乱菊さん、こっち来れない?飲み会が終わってからでいいからさ」
「…いいわよ」
じゃあ、待ってるねーと弓親は電話を切った。乱菊はしばらく、伝令神機を持ったまま動かなかった。何で安心しているのか、分からなかった。真が弓親のものにならなかったから?
乱菊は会場に戻ると、七緒に言った。
「弓親が真の部屋分からないらしいから、行ってくるわ」
真が弓親の部屋にいる事は、黙っていた。隣で聞いていた野次馬が、送り狼は無いらしいと、コソコソ話していたが、無視した。
「乱ちゃーん、二次会は来れるー?」
京楽がいってらっしゃい、と手を振りながら聞いた。
「場所決まったら、連絡してくださーい」
七緒に自分の分の代金を渡すと、乱菊は外に出て、暫く歩いてから、弓親の部屋へ走った。