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羽化にはまだ早い(弓親)

10.意識改革

 夜、居酒屋門倉には、乱菊と真以外全員集まっていた。一護、織姫、茶度、意外にも石田もいた。とりあえず座敷に上がり、二人を待つことにした。
「何で幹事がいねーんだよ」
せっかく一護達も連れてきたのによ、と一角がボヤく。
「まあまあ。珍しく霧島ちゃんを連れてきてくれるんでしょ〜?ちょっとお預けされてる感じがいいじゃない。僕、彼女と飲むの初めてだから嬉しいな〜」
京楽隊長がへらへらなだめる。横で七緒が、セクハラは止めてくださいよ、と釘を刺した。
「死神って虚退治ばっかりしてると思ったけど、こんなしょっちゅう飲むのかよ?」
一護が一角に聞いた。
「まあな。娯楽なんて現世みたいにある訳じゃねーし、家庭を持ってる奴なんか一握りだしな」
「死神は結婚しないんですか?」
織姫が興味を持って聞いた。
「貴族はするけど、それ以外の死神は、いい人がいたらって感じだよ」
弓親が答える。死神の恋愛結婚事情に、織姫は興味深々だった。
「おっまたせ〜!!真連れて来たわよー!!」
乱菊が元気よく襖を開けて入ってきた。真の手首を掴んでいるらしく、襖の隅から手が見える。
「おせーよ、早く入れ」
一角が急かす。しかし、乱菊が真を引っ張っても、真は手首から先を中々見せない。外で踏ん張っているようだ。
「ちょっと〜、あんたが入らないと始まらないじゃない。早く入りなさいよ」
乱菊が文句を言うが、真は襖の向こうで、やっぱり帰ります、と焦っている。
「どうしたの?乱菊さん、真に何して…」
見かねた弓親が襖の向こう側を覗いた。
 そこには、いつもの引っ詰め髪ではなく、前髪を作り、後ろでふんわりと髪を結わえ、微かだが、化粧を施された真がいた。
「…………美しい…………」
弓親の口から思わず本音が出た。弓親は真から目を離す事なく、ジィっと見ている。真にとってはそれだけで、顔から火が出そうな程恥ずかしかった。
「でしょー!?めちゃくちゃ綺麗に出来てると思わない!?」
乱菊が喜んでキャーキャー言った。それを聞いて見たくなった数人が、乱菊と真のもとに来た。
「まことちゃん、かわいーよ!!」織姫
「わー。綺麗だねー。元がいいんだねー」京楽
「お前そういうのも出来んのか」一角
「うわっ、めちゃくちゃいいじゃねーか」檜佐木
七緒は何も言わないが、うんうんと頷く。
 真は乱菊に掴まれていない方の手で顔を隠すが、耳まで赤くなったのは隠しきれなかった。乱菊は、ほら行くわよ、と真の手を引いた。
「はいはーい。着席ー。皆さん集まってくれてありがとー。ここんとこ皆暗いから、パーッと飲むわよー!」
真への注目を無視して乱菊が仕切った。既に注文がされていたらしく、乱菊が一声かけると、たちまちに酒と料理が運ばれてきた。
 真は乱菊と弓親の間に座る事になった。この二人の間ならいいか、と運ばれてきた料理に手を出した。

 一護達は酒は飲まず、いろんな死神と話していた。皆一護にお礼を言った。京楽は茶度と話している。
「いやー、切っちゃってごめんねー茶度君。あの時はそうするしか無くてさー」
さあ、と酒を注ごうとしたのを七緒に止められる。
 一角と射場は飲み比べをしている。
 乱菊はいつも以上に騒いで、石田に酒を飲ませようと首根っこを掴んでおり、織姫が止めようと焦っていた。
 弓親は、ずっと真の隣にいてくれた。
「真は、やっぱりお酒飲まない?」
手酌で煽りながら弓親が聞いた。真は、飲めない代わりに、料理をひたすら食べており、口をモゴモゴさせながら頷いた。
「そんなに一杯頬張ったらハシタナイよ」
せっかく綺麗にしてるのに、とため息をついた。
「弓親さんは綺麗にしてた方がいいんですか?」
口の中の物を飲み込んでから、真は弓親に聞いた。なんて事はない、ふとした疑問だった。
「僕は…美しいものは好きだけど、独占したいモノは僕の前だけ美しくあればいいと思うな」
真の目を捕らえて、弓親が笑いもせず言った。またこの人は、返答しにくい事を言う…。真が返答を考えていると、弓親が膝の前に片手をつき、顔を近づけてきた。何だろうと思っていたら、空いてる手で、真の髪を留めている紐を静かに解いた。パサっと真の髪が落ち、肩に髪がかかる。その時の弓親の顔は得意げなような、切なげなような、よく分からない顔だった。
「あげてるのも良いけど、下ろしてるのもいいねえー」
「俺は下ろしてるとこから、結ぶ時のうなじが好きッスね!」
向かいで、酔っ払った京楽と檜佐木が、真の姿を見ながら自分の好みをあーだこーだ言っていた。
「酔っ払いはあっちに行ってください」
死んだ目をして、弓親がしっしっと追い払う。しかし、酔っ払った二人は弓親を無視して、真に近づいてきた。
「霧島が飲みに行った話って聞かねーけど、飲まねえの?」
檜佐木がお猪口を真に差し出した。真は勢いに負けて受け取ってしまった。
「ちょっと、やめてよ。真にムリヤリ飲ませないで」
「何だよ綾瀬川。お前もさっき飲むかどうか聞いてたじゃねーか」
二人が口論になる。二人を尻目に、京楽が真の隣に座り、ニコニコと真に笑いかけてきた。同じ隊長でも、更木と随分雰囲気が違うんだな、と思った。
「真ちゃんは、こーゆー飲み会初めて?」
「はい。会話が、あまり得意ではありませんので…」
「うんうん。得意不得意、あるよね〜」
京楽が手酌で注ごうとしたため、真が、私が、と徳利を受け取り、京楽のお猪口に酒をついだ。
「綺麗な子にお酌してもらえる何て、幸せだなー」
京楽は一口で飲み干すと、さっきと味が違うなあと顎を撫でた。
「真ちゃんには苦手分野だけどさ、飲み会って得るものがあると思わない?」
確かに、隊の垣根を超えて、いろんな人に出会える。真は京楽の笑顔に向かって、深く頷いた。京楽は笑顔で返す。
「皆が皆、お喋り上手じゃ無いからね、そういう人達はどうするかと言うと…」
京楽は、真が檜佐木から渡されたお猪口を引き寄せると、徳利から酒を注いだ。
「お酒の力を借りるんだよ。君みたいな真面目な子は、少し緩んでちょうどいい」
京楽は酒の入ったお猪口を真に渡し、自分のものにも酒をいれて、真の手の中のお猪口に軽くぶつけた。
「真ちゃんの初めての飲み会に乾杯」
そう言って、京楽はくっと一気にいった。真は少し躊躇したが、京楽の言葉を信じて飲み干した。
 弓親が、あっ、と言った声が聞こえたが、直後に体がカッと熱くなり、視界が揺れて真っ暗になった。
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