臆病は大人(ローズ)
4.
その人は、陸が憧れた架空の男よりも、更に艶やかだった。
「久しぶりだね。この前の同窓会どうしたの?何か用事があった?」
吉良は旧友との再会を懐かしむように、屈託なく話しかけて来たが、陸はそれどころじゃ無かった。
生まれて初めて、自分の容姿が美しくない事を恥じていた。
相変わらず反応の無い陸を見て、吉良は苦笑いをし、後ろにいる金髪の男に話を振った。
「鳳橋隊長、この子僕の同級生でして、荻野目陸さんです」
吉良に話を振られた男は、陸にニコリと笑いかけ、スマートに手を差し出した。
「はじめまして。三番隊新隊長の鳳橋楼十郎です。よろしくね」
差し出された手は、肌と同じように白く、男性らしい骨ばった手だが、指は長く、しなやかだった。
陸はその手を見たまま固まっていたかと思ったら、突然タブレットを抱えて立ち上がり、ダッシュで会計を終えて店から出て行った。
その後ろ姿を、吉良とローズはポカンとして見ていた。
「何か……男慣れしてない、って感じでしたね」
陸の視界に入っていなかった片倉が、蔑むような目で陸が出て行った扉を見ながら吉良に言った。吉良は困惑したように、片手を後頭部に当てた。
「いや…そういうタイプじゃ無いんだけどな…」
吉良の知っている陸は、いつもボンヤリしているが、男女分け隔てなく同じような態度で接するのが常だった。隊長だからと言って、恐縮するような質ではない。
「…僕……何かしちゃったかなあ…?」
手を差し出した瞬間に逃げられたローズは、肩を落として悲しそうに吉良に尋ねた。
「あの子は不思議な子なので、気になさらないでください、隊長」
吉良はローズを慰め、五里や戸隠らと共に予約席に移動した。
「さっきの人、吉良副隊長の同級生という事は、特進クラスだったんですか?」
席に着きながら、戸隠が興味深げに吉良に聞いた。
「ああ、そうだよ。残術の成績はトップだったんだけど、変わり者でね、席次試験を一回も受けずに未だに平隊士なんだ」
吉良の説明に、周りが感嘆の声を漏らした。
「天才肌…って奴なのかもね」
ローズが笑いながら言った。
「そうかも知れません」
吉良も笑い、陸の話はそれで終わった。
部屋に戻った陸は、玄関で頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
「………か…っこ、よかった………」
一目惚れだった。
あの髪も、あの肌も、あの目も、あの指も、そしてあの服装も、全てが格好よく、美しく感じた。
映画から飛び出して来たような、現実離れした容姿は、陸の心のど真ん中を突いた。
なのに自分と来たら、髪はボサボサで、眼鏡で……あの人は、私を見てどう思っただろうか。
ダサい女、一人で酒を飲むような寂しい女とでも思われただろうか……。
陸は立ち上がると、髪を解き、眼鏡を外し、シャワーに向かった。
変わろう。
湯を浴びながら、陸は決心した。
プラダを着た悪魔の主人公みたいに、綺麗になって、あの人とちゃんと話せるようになろう。
翌日、陸は眼鏡をコンタクトに変え、髪を切りに行った。
恋次が今年度の席次試験受験者名簿を見ていると、陸の名前を見つけた。
あんなにも昇進を嫌がっていたアイツが、何をどう心変わりしたのだろう、と不思議に思い、思わず陸を探しに出た。
陸が武道場にいると聞き、恋次がそこに行くと、一人の女が木刀を振っていた。
見慣れない女だった。
ウェーブがかかった黒髪を背中までたらし、大きな瞳はややタレ目気味で、下まつげが長かった。綺麗と言うより、カワイイ顔つきだった。
よくよく観察すると、見たことがあるような気がしてきた。
「………ソラ……?」
その呼び名で、女は動きを止めて恋次を見た。
間違いない。荻野目陸だ。
「阿散井君……。どうしたの?」
恋次は陸の余りの変わりように、言葉を失い、陸を指差して、口をパクパクした。
「何?何か用だった?」
「おま………、え?何だよ、その格好……眼鏡は……」
「ああ、やめた。コンタクトにしたの」
陸はしれっと答えた。だが、恋次はまだ納得がいっていない様子だった。
「見た目変わるし、席次試験受けるし……何があったんだよ?」
「……恋をした」
「へ?」
まて、コイツ何て言った?恋?あのソラが?万年上の空で、他人に何か興味の無かった、見た目なんか一切気にしなかった、デカ眼鏡だった、コイツが?恋?????
困惑する恋次を見て、陸は困った様に頭を掻いた。
「……変だった?」
「……いや、変、では、ない。…けども、お前でも他人に興味持つんだなーと………」
そして容姿を気にするとは………。
「うん……初めてなんだ、こんな気持ち……。あの人に少しでも近づきたくて、だから、色々頑張ってみようと…」
陸は頬を赤らめて、照れながら恋次に心中を語った。その顔は如何にも乙女で、昔の朴念仁とはかけ離れていた。
誰かに近づきたくて努力をするのは、恋次にはよく分かった。貴族になってしまったルキアに近づくため、必死に力をつけて副隊長になったのは、他でもなく自分だ。
「そ……か、頑張れよ。応援するぜ」
恋次が手を差し出すと、陸は嬉しそうにその手を握った。
今まで陸に抱いていた腹立たしさは、もう無かった。
その人は、陸が憧れた架空の男よりも、更に艶やかだった。
「久しぶりだね。この前の同窓会どうしたの?何か用事があった?」
吉良は旧友との再会を懐かしむように、屈託なく話しかけて来たが、陸はそれどころじゃ無かった。
生まれて初めて、自分の容姿が美しくない事を恥じていた。
相変わらず反応の無い陸を見て、吉良は苦笑いをし、後ろにいる金髪の男に話を振った。
「鳳橋隊長、この子僕の同級生でして、荻野目陸さんです」
吉良に話を振られた男は、陸にニコリと笑いかけ、スマートに手を差し出した。
「はじめまして。三番隊新隊長の鳳橋楼十郎です。よろしくね」
差し出された手は、肌と同じように白く、男性らしい骨ばった手だが、指は長く、しなやかだった。
陸はその手を見たまま固まっていたかと思ったら、突然タブレットを抱えて立ち上がり、ダッシュで会計を終えて店から出て行った。
その後ろ姿を、吉良とローズはポカンとして見ていた。
「何か……男慣れしてない、って感じでしたね」
陸の視界に入っていなかった片倉が、蔑むような目で陸が出て行った扉を見ながら吉良に言った。吉良は困惑したように、片手を後頭部に当てた。
「いや…そういうタイプじゃ無いんだけどな…」
吉良の知っている陸は、いつもボンヤリしているが、男女分け隔てなく同じような態度で接するのが常だった。隊長だからと言って、恐縮するような質ではない。
「…僕……何かしちゃったかなあ…?」
手を差し出した瞬間に逃げられたローズは、肩を落として悲しそうに吉良に尋ねた。
「あの子は不思議な子なので、気になさらないでください、隊長」
吉良はローズを慰め、五里や戸隠らと共に予約席に移動した。
「さっきの人、吉良副隊長の同級生という事は、特進クラスだったんですか?」
席に着きながら、戸隠が興味深げに吉良に聞いた。
「ああ、そうだよ。残術の成績はトップだったんだけど、変わり者でね、席次試験を一回も受けずに未だに平隊士なんだ」
吉良の説明に、周りが感嘆の声を漏らした。
「天才肌…って奴なのかもね」
ローズが笑いながら言った。
「そうかも知れません」
吉良も笑い、陸の話はそれで終わった。
部屋に戻った陸は、玄関で頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
「………か…っこ、よかった………」
一目惚れだった。
あの髪も、あの肌も、あの目も、あの指も、そしてあの服装も、全てが格好よく、美しく感じた。
映画から飛び出して来たような、現実離れした容姿は、陸の心のど真ん中を突いた。
なのに自分と来たら、髪はボサボサで、眼鏡で……あの人は、私を見てどう思っただろうか。
ダサい女、一人で酒を飲むような寂しい女とでも思われただろうか……。
陸は立ち上がると、髪を解き、眼鏡を外し、シャワーに向かった。
変わろう。
湯を浴びながら、陸は決心した。
プラダを着た悪魔の主人公みたいに、綺麗になって、あの人とちゃんと話せるようになろう。
翌日、陸は眼鏡をコンタクトに変え、髪を切りに行った。
恋次が今年度の席次試験受験者名簿を見ていると、陸の名前を見つけた。
あんなにも昇進を嫌がっていたアイツが、何をどう心変わりしたのだろう、と不思議に思い、思わず陸を探しに出た。
陸が武道場にいると聞き、恋次がそこに行くと、一人の女が木刀を振っていた。
見慣れない女だった。
ウェーブがかかった黒髪を背中までたらし、大きな瞳はややタレ目気味で、下まつげが長かった。綺麗と言うより、カワイイ顔つきだった。
よくよく観察すると、見たことがあるような気がしてきた。
「………ソラ……?」
その呼び名で、女は動きを止めて恋次を見た。
間違いない。荻野目陸だ。
「阿散井君……。どうしたの?」
恋次は陸の余りの変わりように、言葉を失い、陸を指差して、口をパクパクした。
「何?何か用だった?」
「おま………、え?何だよ、その格好……眼鏡は……」
「ああ、やめた。コンタクトにしたの」
陸はしれっと答えた。だが、恋次はまだ納得がいっていない様子だった。
「見た目変わるし、席次試験受けるし……何があったんだよ?」
「……恋をした」
「へ?」
まて、コイツ何て言った?恋?あのソラが?万年上の空で、他人に何か興味の無かった、見た目なんか一切気にしなかった、デカ眼鏡だった、コイツが?恋?????
困惑する恋次を見て、陸は困った様に頭を掻いた。
「……変だった?」
「……いや、変、では、ない。…けども、お前でも他人に興味持つんだなーと………」
そして容姿を気にするとは………。
「うん……初めてなんだ、こんな気持ち……。あの人に少しでも近づきたくて、だから、色々頑張ってみようと…」
陸は頬を赤らめて、照れながら恋次に心中を語った。その顔は如何にも乙女で、昔の朴念仁とはかけ離れていた。
誰かに近づきたくて努力をするのは、恋次にはよく分かった。貴族になってしまったルキアに近づくため、必死に力をつけて副隊長になったのは、他でもなく自分だ。
「そ……か、頑張れよ。応援するぜ」
恋次が手を差し出すと、陸は嬉しそうにその手を握った。
今まで陸に抱いていた腹立たしさは、もう無かった。