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臆病は大人(ローズ)

3

 蛇尾丸の攻撃を避けながら、陸は出口に続くハシゴを確認していた。
「おい、逃げんじゃねえ!!俺は、お前に一回も勝ってねえんだ!!勝負しろ!!!」
叫ぶ恋次を尻目に、陸は心底面倒臭そうだ。
「君は副隊長で、私は平隊士。十分でしょ。君の勝ちだよ」
陸は顎を上げて、刃を避けた。
「勝ち逃げじゃねえか!!!」
「学生の時の成績なんて、なんの基準にもならないよ」
次はジャンプをした。
「だったら!!!俺と戦え!!!証明しろ!!」
「理由が無いよ」
「俺にはある!!!俺は、朽木隊長を超える!!お前に勝たなきゃ、朽木隊長には届かねえ!!!」
「君の人生に巻き込まないで」
恋次が一度蛇尾丸を引いたのを見て、陸は指をあげた。
「縛道の三十 嘴突三閃」
恋次は岩に張り付けになり、恨めしげに陸を睨んだ。
「詠唱破棄かよチクショウ!!!何で平隊士なんだよ!!!刀抜けよ!!!腰抜け!!!!」
喚く恋次をそのままにして、陸ははしごに手をかけた。
「降りてこい!!オイ!!!」
「やだね」
はしごをある程度登った所で、陸は振り向いて恋次を見た。
「私の人生に、土足で踏み込まないで」
その顔には、明らかな怒りが含まれていた。

 恋次を放置して、陸は浦原と電気屋に行き、どこでも映画が見えるタブレット式の機械を選んで貰った。
 浦原商店で契約をしてもらい、ソウルソサエティでもWi-Fiが使える機械も売ってもらって、月々の引き落とし契約をしてから、陸は意気揚々と帰って行った。
 陸が帰ったとウルルから聞いた恋次は、苛立って岩を割った。
「何故そう腹を立てる」
茶渡が嗜めるように恋次に聞いた。
「……分からねえけど。死神になる為に学校行って、特進クラスの一番になっておきながら、力を出し惜しみしてるアイツを見てると、無性に腹が立つ……」
苛つく恋次を見て、茶渡は何かを考えていた。
「…お前とは、ゴールが違うんだろう」
「……チッ」
恋次は地面を蹴った。


 それ以後の陸は、夢想癖にさらに拍車がかかった。意識を飛ばせば、直ぐに音楽や映像を頭の中で再生できた。
 隊長達が藍染と戦っている時でさえ、隠れて映画を見ていた。
 それに気付いた上官が陸を引っ張り出し、皆の前で叱責したが、陸は反省するどころか、反論した。
「隊長達が勝つなら私達不必要ですし、隊長達が負けるなら、どうせ私達死ぬんだし、好きな事して死にたいです」
呆気に取られている上官を無視して、陸はさっさと逃げていった。
 映画以外、何もかもがどうでも良かった。
 死神でいるのも、仕事をするのも、映画を見て、本を読んで、僅かばかりの食べ物を買うため。
 友情もお洒落も、恋も、映画で見ていればそれで満足だった。

 藍染との決戦が終わって、雛森が回復すると、同級生の副隊長3人を労おう、と同窓会が開かれた。
 恋次が到着すると、既に殆どの旧友が集まっていた。だが、そこには、あの目立つみつ編みに眼鏡の女はいなかった。
「ソラは居ねえの?」
席に着きながら隣の女に聞いたら、その女も周りの旧友達も苦笑いした。
「声はかけてあるんだけどね」
「来ないと思うよ」
すると、同じ六番隊の男が話に入って来た。
「アイツ、最近ますますヤバいよ。映像が流れる板をずっと持ち歩いててさ、仕事はやるんだけど、それ以外は完全にシャットアウト。飯食ってるかも怪しい」
男の話に周りはドン引きで、ひえー、とか行っていたが、恋次だけは苛ついていた。
 そんな奴が、俺より強かったと言う事実を残しているのが腹立たしかった。
 一方陸は、同窓会に行くつもりではいたが、ある映画を見たせいで、部屋から出られなくなっていた。陸はまた映画を再生して、二度目の鑑賞に入った。
 それは同性愛がテーマの映画だったが、女装や性転換の人物は出てこず、男性が男性のまま男性と恋愛をしていた。
 陸を惹きつけたのは、作中の恋愛模様では無く、一人の俳優だった。
 その男は、骨ばった骨格に、すらりと高い背が特徴的だった。男性的な体つきと顔をしているのに、彼はフリルの着いた女物のシャツを着ていた。それが異様なまでに似合い、かつ艶やかだった。
 その登場人物に、陸は夢中になった。
 生まれて初めて男性に興味を持った。

 男性に興味を持ったからと言って、陸が容姿に気を使うようになる事は無かった。相手は画面から出て来る事も、陸に話しかけることも無いのだ。
 陸は何度もその映画を見直して、フリルのシャツの彼を眺めているだけで満足だった。


 更に時間は過ぎていき、空白だった隊長の座に、新しい人材が就いたと、御艇はその話でもちきりになった。
 だが、そんな話は陸の耳には届いていなかった。興味が無いのだ。
 その日も陸はサッサと仕事を片付けて、タブレットを持って居酒屋に向かった。
 今日は料理が出てくる映画なのだ。
「映画と同じシチュエーションで見れるなんて、最高だね。働いたあとのご褒美だ」
一人でそんな事を呟きながらイヤホンを耳につけ、陸は一人でビールを煽った。
 映画の中盤に差し掛かった時、誰かが陸の肩を叩いた。
 ふとそちらを見ると、旧友の吉良イヅルがいた。何か話しかけて来たが、イヤホンをしているせいで聞き取れなかった。
 だが話を聞く以前に、陸の目は、吉良に向いていなかった。
 その後ろにいる男。ウェーブがかかった金髪に、骨ばった骨格、高い身長、色白の肌に、どこか憂いを帯びた目……そして、フリルのついたシャツを死覇装の中に着た男……
 鳳橋楼十郎から、目が離せなくなっていた。
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