臆病は大人(ローズ)
鳳橋楼十郎 1
私、荻野目陸は、地に足をつけて育って欲しいという願いを込められ、女なのに陸なんて名前をつけられた。
だが両親の願いも虚しく、学友達につけられたあだ名は「ソラ」。
「上の空」の「ソラ」だ。
元々物語を読むのが好きで、授業中だろうが演習中だろうが、物語の世界に飛んでいってしまって、よく先生に怒られた。
そんなだからクラスの中で筆記の成績は悪いけど、演習は肩の力が抜けるからか成績が良かった。
先生は私の背筋を伸ばしたいからか、私を六番隊に入れた。確かに朽木隊長はピシッとしているけど、私の上の空は直らなかった。
そして私は現世任務についた時、運命の出会いをした。
映画だ。
想像を具象化した映画に私は魅了され、司令が出ない間はずっと映画館にいた。霊体はお金がかからないのが最高だ。
現世任務が終わっても、暇さえあれば現世に行って映画館の地縛霊になっていた。
荻野目陸は、ボサボサの黒髪を太いみつ編みにし顔のサイズに合っていないデカイ眼鏡を鼻先に乗せた、何とも見つけやすい姿をしている。
話せば気さくで、人当たりが良いのだが、時間があれば本を読むか映画を見るかしかしない為、同窓会か新忘年会くらいしか飲みに出かけなかった。
ある日、新しく六番隊副隊長になった恋次が隊舎を歩いていると、前から特徴的なボサボサ髪に眼鏡の女が歩いてきた。同期の荻野目陸だ。
「おー、ソラ、お前そーいや六番隊だったな…」
恋次が手を上げて話しかけたが、陸は無視して恋次の横を通り過ぎた。恋次は慌てて陸の肩を掴み、陸を現実に引き戻した。
「オイ!!ソラ!!戻ってこい!!」
「……あ、阿散井君。何してんの?六番隊で」
院生時代から、陸が人の話を聞いていないのは当たり前だった為、恋次は無視された事を別段怒りもせず会話を続けた。
「いや…朝、紹介あっただろ。ここの副隊長になったんだよ」
「え、そうだっけ……」
「……お前変わんねえな。今何席だよ」
「無いよ」
同期がどんどん昇進していく中で、陸は何時まで経っても平隊士のままだった。だが焦る事も落ち込む事も無く、平隊士の悠々自適生活を謳歌していた。
「悔しくねえのか?俺らのクラス、もう殆ど席官入りしてるぜ?」
50年間、死に物狂いでやってきた恋次からしたら、陸の考えは怠惰か逃げに感じた。だが、陸は恋次の気持ちなど知る由もなく、緩い笑顔で首を傾げていた。
「席官になったら残業あるし、休日に緊急出動もあるじゃん」
恋次は頭を掻いて、呆れたように陸を見下ろした。
「お前の考えは分かんねーな」
「皆それぞれ自分のシナリオの中で生きてるんだよ。阿散井君は戦って戦って昇進するアクション映画、私は何でもない日常を送るドキュメント」
「意味分かんねえ」
「私の生活に踏み込まないでって事〜。これからも完全週休二日制でお願いしますね〜副隊長〜」
陸は緩く笑いながら恋次の横をすり抜けて行った。
恋次は陸の強さを知っている分、実力に見合わない立場を享受する陸に苛立った。
残術の組手で、陸は女だてらに一番だった。頭が真っ白で、諸動が予想出来ないのだ。力では恋次が勝っても、陸の刀は誰にも止められなかった。
それなのに、陸は未だに末席にもならず無名なのだ。
「訳わかんねえ……」
ボソリと呟いて、恋次は陸と反対側に歩いて行った。
それから月日が流れ、日番谷先遣隊が現世に身を潜めている時に、非番の陸が何時も通り現世に来た。
恋次が現世にいると聞いていた陸は、現世に来たついでに恋次に会っておこう、と電話をかけた。だが、恋次ではない男が電話に出た。
「もしもーし。すいませーん、阿散井さん今修行中でしてー、代わりにアタシが出ましたー」
電話の向こうで爆発音みいな音がしており、謎の男は声を張り上げた。陸は一瞬驚いたが、普通に男と話し出した。
「そうなんですかー、お疲れ様ですー。何か差し入れ入りますかー?」
「お気遣いありがとうございますー。ケーキがいいですー。生クリームのやつー」
「今気付いたんですけどー、私霊体なのでー、お金渡すんでー買ってもらえませんかー?そちらも霊体ですかー?」
「いいえー。義垓ですー。じゃあー地図送りますねー」
「はーい」
陸が電話を切ると、直ぐに地図が送られてきた。陸はその地図を頼りに、恋次が修行している場所に向かった。
着いた先は駄菓子屋だった。『浦原商店』という看板が屋根の上に掛っていた。
どっかで聞いた名前だな、と思いながら店に入ると、店番は誰も居なかった。
「すみませーん。先程電話した者ですけどー」
陸が声をかけると、座敷の畳が開き、少年と少女が出てきた。
「ケーキ!!」
少年は陸の顔を見るなり、そう叫んで飛び出した。だが、先程電話に出た男の声では無かった。
「阿散井君いる?」
陸が聞くと、少年は怪訝な顔をしたが、少女が畳を手で押さえて下を指差した。
少女に促されるまま、下を見ると、岩がゴロゴロしている空間で、恋次が人間と戦っていた。あれが修行なのだろう。
陸は下には降りず、旧友をひと目見れただけで満足して、少女の手にお金を握らせた。ちゃんとした現世のお金だ。
「じゃあ私は行きます。阿散井君によろしくお伝えください」
陸は深く頭を下げると、出口に向かった。
「え!?オイオイ、声かけていかねーのかよ?」
ジンタが驚いて帰り際の陸に声をかけたが、陸は不思議そうに、はあ、と言っただけで、ジンタの質問を理解していない風だった。
陸はもう一度お辞儀をして、浦原商店を後にした。向かった先はもちろん映画館だ。
恋次と茶渡の休憩中に、ウルルが死神が訪ねて来たことを恋次に伝えた。
「髪がボサボサで、みつ編みで、眼鏡の人でした……お金くれたので、ケーキ買ってきました。食べますか?」
名乗らなかったらしいが、その特徴だけで恋次は陸が来たと理解した。
「ただ貰うだけでは申し訳ありませんな。夕飯でも食べて行けばいいものを…」
鉄斎が申し訳無さそうに言うと、浦原がバサッと扇子を開いた。
「じゃあ、阿散井さん、そのお友達を連れてきてください。まだ現世にいるでしょうし」
「はあ?!何で俺が!?」
「うるせえ!居候!!」
ジンタに蹴られて、恋次は無理矢理陸を探しに出された。
私、荻野目陸は、地に足をつけて育って欲しいという願いを込められ、女なのに陸なんて名前をつけられた。
だが両親の願いも虚しく、学友達につけられたあだ名は「ソラ」。
「上の空」の「ソラ」だ。
元々物語を読むのが好きで、授業中だろうが演習中だろうが、物語の世界に飛んでいってしまって、よく先生に怒られた。
そんなだからクラスの中で筆記の成績は悪いけど、演習は肩の力が抜けるからか成績が良かった。
先生は私の背筋を伸ばしたいからか、私を六番隊に入れた。確かに朽木隊長はピシッとしているけど、私の上の空は直らなかった。
そして私は現世任務についた時、運命の出会いをした。
映画だ。
想像を具象化した映画に私は魅了され、司令が出ない間はずっと映画館にいた。霊体はお金がかからないのが最高だ。
現世任務が終わっても、暇さえあれば現世に行って映画館の地縛霊になっていた。
荻野目陸は、ボサボサの黒髪を太いみつ編みにし顔のサイズに合っていないデカイ眼鏡を鼻先に乗せた、何とも見つけやすい姿をしている。
話せば気さくで、人当たりが良いのだが、時間があれば本を読むか映画を見るかしかしない為、同窓会か新忘年会くらいしか飲みに出かけなかった。
ある日、新しく六番隊副隊長になった恋次が隊舎を歩いていると、前から特徴的なボサボサ髪に眼鏡の女が歩いてきた。同期の荻野目陸だ。
「おー、ソラ、お前そーいや六番隊だったな…」
恋次が手を上げて話しかけたが、陸は無視して恋次の横を通り過ぎた。恋次は慌てて陸の肩を掴み、陸を現実に引き戻した。
「オイ!!ソラ!!戻ってこい!!」
「……あ、阿散井君。何してんの?六番隊で」
院生時代から、陸が人の話を聞いていないのは当たり前だった為、恋次は無視された事を別段怒りもせず会話を続けた。
「いや…朝、紹介あっただろ。ここの副隊長になったんだよ」
「え、そうだっけ……」
「……お前変わんねえな。今何席だよ」
「無いよ」
同期がどんどん昇進していく中で、陸は何時まで経っても平隊士のままだった。だが焦る事も落ち込む事も無く、平隊士の悠々自適生活を謳歌していた。
「悔しくねえのか?俺らのクラス、もう殆ど席官入りしてるぜ?」
50年間、死に物狂いでやってきた恋次からしたら、陸の考えは怠惰か逃げに感じた。だが、陸は恋次の気持ちなど知る由もなく、緩い笑顔で首を傾げていた。
「席官になったら残業あるし、休日に緊急出動もあるじゃん」
恋次は頭を掻いて、呆れたように陸を見下ろした。
「お前の考えは分かんねーな」
「皆それぞれ自分のシナリオの中で生きてるんだよ。阿散井君は戦って戦って昇進するアクション映画、私は何でもない日常を送るドキュメント」
「意味分かんねえ」
「私の生活に踏み込まないでって事〜。これからも完全週休二日制でお願いしますね〜副隊長〜」
陸は緩く笑いながら恋次の横をすり抜けて行った。
恋次は陸の強さを知っている分、実力に見合わない立場を享受する陸に苛立った。
残術の組手で、陸は女だてらに一番だった。頭が真っ白で、諸動が予想出来ないのだ。力では恋次が勝っても、陸の刀は誰にも止められなかった。
それなのに、陸は未だに末席にもならず無名なのだ。
「訳わかんねえ……」
ボソリと呟いて、恋次は陸と反対側に歩いて行った。
それから月日が流れ、日番谷先遣隊が現世に身を潜めている時に、非番の陸が何時も通り現世に来た。
恋次が現世にいると聞いていた陸は、現世に来たついでに恋次に会っておこう、と電話をかけた。だが、恋次ではない男が電話に出た。
「もしもーし。すいませーん、阿散井さん今修行中でしてー、代わりにアタシが出ましたー」
電話の向こうで爆発音みいな音がしており、謎の男は声を張り上げた。陸は一瞬驚いたが、普通に男と話し出した。
「そうなんですかー、お疲れ様ですー。何か差し入れ入りますかー?」
「お気遣いありがとうございますー。ケーキがいいですー。生クリームのやつー」
「今気付いたんですけどー、私霊体なのでー、お金渡すんでー買ってもらえませんかー?そちらも霊体ですかー?」
「いいえー。義垓ですー。じゃあー地図送りますねー」
「はーい」
陸が電話を切ると、直ぐに地図が送られてきた。陸はその地図を頼りに、恋次が修行している場所に向かった。
着いた先は駄菓子屋だった。『浦原商店』という看板が屋根の上に掛っていた。
どっかで聞いた名前だな、と思いながら店に入ると、店番は誰も居なかった。
「すみませーん。先程電話した者ですけどー」
陸が声をかけると、座敷の畳が開き、少年と少女が出てきた。
「ケーキ!!」
少年は陸の顔を見るなり、そう叫んで飛び出した。だが、先程電話に出た男の声では無かった。
「阿散井君いる?」
陸が聞くと、少年は怪訝な顔をしたが、少女が畳を手で押さえて下を指差した。
少女に促されるまま、下を見ると、岩がゴロゴロしている空間で、恋次が人間と戦っていた。あれが修行なのだろう。
陸は下には降りず、旧友をひと目見れただけで満足して、少女の手にお金を握らせた。ちゃんとした現世のお金だ。
「じゃあ私は行きます。阿散井君によろしくお伝えください」
陸は深く頭を下げると、出口に向かった。
「え!?オイオイ、声かけていかねーのかよ?」
ジンタが驚いて帰り際の陸に声をかけたが、陸は不思議そうに、はあ、と言っただけで、ジンタの質問を理解していない風だった。
陸はもう一度お辞儀をして、浦原商店を後にした。向かった先はもちろん映画館だ。
恋次と茶渡の休憩中に、ウルルが死神が訪ねて来たことを恋次に伝えた。
「髪がボサボサで、みつ編みで、眼鏡の人でした……お金くれたので、ケーキ買ってきました。食べますか?」
名乗らなかったらしいが、その特徴だけで恋次は陸が来たと理解した。
「ただ貰うだけでは申し訳ありませんな。夕飯でも食べて行けばいいものを…」
鉄斎が申し訳無さそうに言うと、浦原がバサッと扇子を開いた。
「じゃあ、阿散井さん、そのお友達を連れてきてください。まだ現世にいるでしょうし」
「はあ?!何で俺が!?」
「うるせえ!居候!!」
ジンタに蹴られて、恋次は無理矢理陸を探しに出された。
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