親友の好きな人(京楽 浮竹)
9.頭が春
最終学年になった4月、浮竹は連日呼び出されていた。
女子生徒に。
最後の年に、いい思い出を残したいのか、後悔したくないのか、女子達はアグレッシブだった。
「…春だねえ……」
教室の窓際の席で、ほとんど葉になった桜の木を見ながら京楽が呟いた。その下では、浮竹が恋文を渡されていた。
「何で告白があると春なの?」
京楽の向かいで、同じように浮竹を見ながら千草が聞いた。
「そりゃあ、春になると頭が弱くなって、無理な事でも出来ると感じちゃうからさ」
「無理な事って?」
「浮竹の恋人になる事」
だって浮竹は……ね。
「京楽君は、恋人作らないの?」
「恋人は2人でも3人でも10人でもほしいよ。ただ、それを許してくれる女性がいないだけで」
京楽は肩をすくめて笑って見せた。向かいで千草が笑った。
「浮竹君より、京楽君の恋人になる方が難しいかもね」
「そうでもないさ」
「あ、見て、女の子泣いちゃった」
千草が窓から下を見下ろしながら言った。つられて京楽も見ると、女子生徒が恋文を握りしめながら膝から崩れ落ちる所だった。
浮竹は困ったように頭を掻いて、チラリと上を見上げると、窓からこちらを見下ろす京楽と千草と目が合った。
「何見てるんだ」
教室に戻ってきた浮竹が、顔をしかめながら京楽と千草に詰め寄った。
「偶然見えたのよ」
「そうそう。あんな所で始めるからさあ」
京楽と千草は目を合わせて、イタズラっぽく笑った。それを見た浮竹の心中は、穏やかでは無い。自分が離れた間に、京楽と千草はどんどん仲良くなっているような気がして、焦りと不安を覚えた。だが、女性からの呼び出しを無視できる程、浮竹は冷徹になれなかった。
「今ので何人目だったかしら?8人?」
「2回告白してる子がいるから7人だよ」
「もういいだろその話は」
浮竹は机にどかりと座って、机に突っ伏した。
珍しく不機嫌な浮竹を見て、京楽と千草はまた顔を見合わせた。
「ごめんね、浮竹君。からかい過ぎたわ」
千草が浮竹に近寄って、机のそばにしゃがんだ。浮竹が腕の隙間から横を見ると、机から千草の目から上だけが出ていた。
「僕らの浮竹が取られて、寂しかったんだよねー?」
京楽が上から千草を見下ろしながら笑った。二人で顔をかしげて、ねー?とやっているのが更に浮竹の胸を締め付けた。
眉間にシワを寄せる浮竹を見て、京楽は浮竹の嫉妬を感じ取った。
まったく、世話がやける奴だよ……。
「そんなに怒るなよ、浮竹。放課後、桜餅でも食べに行こう」
「食べ物で釣るなよ……」
「でも、食べたいでしょ?浮竹君」
首をかしげる千草を見て、浮竹は観念したようにため息をついた。
放課後、3人で甘味屋に行き、桜餅を頼んだ。
葉桜の下で並んで食べていると、京楽が立ち上がった。
「ちょっと、厠へ…」
そそくさと立ち去る京楽を見送ると、浮竹と千草は二人きりになった。
二人きりになるのは、久しぶりだった。
「……そう言えば、この前の進路調査、何て書いた?」
千草の方を見ないで、浮竹が聞いた。千草は桜餅を飲み込み、まっすぐ前を見た。
「……十一番隊以外……」
「本当にそう書いたのか?!凄いな千草!!」
浮竹は思わず千草を見た。千草も浮竹を見て、フッと笑った。
「冗談よ。本当は、総務部って書いたの」
浮竹は、進路学習で習った総務部について思い出した。
総務部は、一番隊に所属する戦闘以外の仕事を指揮する、御艇の裏方だ。
各隊ごとの管轄管理、予算配分、大書庫の管理、隊葬など、仕事は多岐に渡り、表に出てくる事はほとんど無い。
「何で、総務部に?」
千草は浮竹から視線を外し、また前を見た。浮竹は千草の横顔をじっと見た。
「ほら、私、こんな性格だから、他人と協力して戦うなんてできる気がしなくて……」
「そんな事は…」
「それに、私ね、本当に、浮竹君と京楽君が好きなの」
千草の言葉に、浮竹はドキリとした。
「好きすぎて、2人以外の人を受け入れられなくて………」
千草は困った様な顔で、浮竹を見た。
「変よね。恋をしてる訳じゃないのにね……でも、好きなのよ」
千草は髪を耳にかけた。とても綺麗な所作だと思った。
「だから、あなた達が隊長になった時に、私が総務官になれたら、あなた達を裏で支えれるんじゃないかって、思って………」
千草は、最後の言葉を飲み込むようにして言い、恥ずかしそうに、うつむいていた。
浮竹は、千草の夢よりも、京楽と自分への想いに差が無い事に安堵していた。
何故安堵するのか……。
自分は、好きなんだ、千草が。
男として、女の千草が。
「…おかしかった?」
浮竹の反応が無い事に心配をした千草が、浮竹の方を向いて、遠慮がちに尋ねた。ボンヤリしていた浮竹は、ハッとして慌てふためいた。
「いや!嬉しくて……ボーっとしてしまって……」
照れて頭を触る浮竹を見て、千草が微笑んだ。
「なら……良かった…」
「千草は凄いな、人の為に動けて」
「あなたと京楽君と、3人でいられる事ばかり考えてるのよ、私」
浮竹はその時、夏祭りの千草の言葉を思い出した。
千草は、3人がずっと友達でいられる事を望んでいるんだ……。誰か特定の男と結ばれるのは、望んでいない……。
それが、俺や京楽でも……多分……無理。
恋心に気づいても、浮竹は何もしないと決めた。この関係を、維持していこう、と。
たとえ春の陽気でも、浮竹の理性を壊す事は無理だった。
最終学年になった4月、浮竹は連日呼び出されていた。
女子生徒に。
最後の年に、いい思い出を残したいのか、後悔したくないのか、女子達はアグレッシブだった。
「…春だねえ……」
教室の窓際の席で、ほとんど葉になった桜の木を見ながら京楽が呟いた。その下では、浮竹が恋文を渡されていた。
「何で告白があると春なの?」
京楽の向かいで、同じように浮竹を見ながら千草が聞いた。
「そりゃあ、春になると頭が弱くなって、無理な事でも出来ると感じちゃうからさ」
「無理な事って?」
「浮竹の恋人になる事」
だって浮竹は……ね。
「京楽君は、恋人作らないの?」
「恋人は2人でも3人でも10人でもほしいよ。ただ、それを許してくれる女性がいないだけで」
京楽は肩をすくめて笑って見せた。向かいで千草が笑った。
「浮竹君より、京楽君の恋人になる方が難しいかもね」
「そうでもないさ」
「あ、見て、女の子泣いちゃった」
千草が窓から下を見下ろしながら言った。つられて京楽も見ると、女子生徒が恋文を握りしめながら膝から崩れ落ちる所だった。
浮竹は困ったように頭を掻いて、チラリと上を見上げると、窓からこちらを見下ろす京楽と千草と目が合った。
「何見てるんだ」
教室に戻ってきた浮竹が、顔をしかめながら京楽と千草に詰め寄った。
「偶然見えたのよ」
「そうそう。あんな所で始めるからさあ」
京楽と千草は目を合わせて、イタズラっぽく笑った。それを見た浮竹の心中は、穏やかでは無い。自分が離れた間に、京楽と千草はどんどん仲良くなっているような気がして、焦りと不安を覚えた。だが、女性からの呼び出しを無視できる程、浮竹は冷徹になれなかった。
「今ので何人目だったかしら?8人?」
「2回告白してる子がいるから7人だよ」
「もういいだろその話は」
浮竹は机にどかりと座って、机に突っ伏した。
珍しく不機嫌な浮竹を見て、京楽と千草はまた顔を見合わせた。
「ごめんね、浮竹君。からかい過ぎたわ」
千草が浮竹に近寄って、机のそばにしゃがんだ。浮竹が腕の隙間から横を見ると、机から千草の目から上だけが出ていた。
「僕らの浮竹が取られて、寂しかったんだよねー?」
京楽が上から千草を見下ろしながら笑った。二人で顔をかしげて、ねー?とやっているのが更に浮竹の胸を締め付けた。
眉間にシワを寄せる浮竹を見て、京楽は浮竹の嫉妬を感じ取った。
まったく、世話がやける奴だよ……。
「そんなに怒るなよ、浮竹。放課後、桜餅でも食べに行こう」
「食べ物で釣るなよ……」
「でも、食べたいでしょ?浮竹君」
首をかしげる千草を見て、浮竹は観念したようにため息をついた。
放課後、3人で甘味屋に行き、桜餅を頼んだ。
葉桜の下で並んで食べていると、京楽が立ち上がった。
「ちょっと、厠へ…」
そそくさと立ち去る京楽を見送ると、浮竹と千草は二人きりになった。
二人きりになるのは、久しぶりだった。
「……そう言えば、この前の進路調査、何て書いた?」
千草の方を見ないで、浮竹が聞いた。千草は桜餅を飲み込み、まっすぐ前を見た。
「……十一番隊以外……」
「本当にそう書いたのか?!凄いな千草!!」
浮竹は思わず千草を見た。千草も浮竹を見て、フッと笑った。
「冗談よ。本当は、総務部って書いたの」
浮竹は、進路学習で習った総務部について思い出した。
総務部は、一番隊に所属する戦闘以外の仕事を指揮する、御艇の裏方だ。
各隊ごとの管轄管理、予算配分、大書庫の管理、隊葬など、仕事は多岐に渡り、表に出てくる事はほとんど無い。
「何で、総務部に?」
千草は浮竹から視線を外し、また前を見た。浮竹は千草の横顔をじっと見た。
「ほら、私、こんな性格だから、他人と協力して戦うなんてできる気がしなくて……」
「そんな事は…」
「それに、私ね、本当に、浮竹君と京楽君が好きなの」
千草の言葉に、浮竹はドキリとした。
「好きすぎて、2人以外の人を受け入れられなくて………」
千草は困った様な顔で、浮竹を見た。
「変よね。恋をしてる訳じゃないのにね……でも、好きなのよ」
千草は髪を耳にかけた。とても綺麗な所作だと思った。
「だから、あなた達が隊長になった時に、私が総務官になれたら、あなた達を裏で支えれるんじゃないかって、思って………」
千草は、最後の言葉を飲み込むようにして言い、恥ずかしそうに、うつむいていた。
浮竹は、千草の夢よりも、京楽と自分への想いに差が無い事に安堵していた。
何故安堵するのか……。
自分は、好きなんだ、千草が。
男として、女の千草が。
「…おかしかった?」
浮竹の反応が無い事に心配をした千草が、浮竹の方を向いて、遠慮がちに尋ねた。ボンヤリしていた浮竹は、ハッとして慌てふためいた。
「いや!嬉しくて……ボーっとしてしまって……」
照れて頭を触る浮竹を見て、千草が微笑んだ。
「なら……良かった…」
「千草は凄いな、人の為に動けて」
「あなたと京楽君と、3人でいられる事ばかり考えてるのよ、私」
浮竹はその時、夏祭りの千草の言葉を思い出した。
千草は、3人がずっと友達でいられる事を望んでいるんだ……。誰か特定の男と結ばれるのは、望んでいない……。
それが、俺や京楽でも……多分……無理。
恋心に気づいても、浮竹は何もしないと決めた。この関係を、維持していこう、と。
たとえ春の陽気でも、浮竹の理性を壊す事は無理だった。