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親友の好きな人(京楽 浮竹)

8.女子

 教室中の目が千草に集中した。
 千草は冷静な目で教室を見回し、浮竹、京楽、女、そして床に散らばっている花と、花瓶の残骸を見た。
 千草は教室に入ると、京楽の足元にしゃがみ、花を集めた。
「……花に同情するわ。こんなくだらない事に使われて」
千草はポツリと呟くと、花を持って教室から出ようとした。京楽も浮竹も後を追おうとした。
「待ちなさいよ!!!」
背後から女が叫んだ。3人は振り向いて、女を見た。
「何よそれ!!!何なのよ……!!!」
女は苦々しく千草を睨みつけたが、千草は恐がりも、焦りもしなかった。
「……何が?」
千草の冷めた反応に、女の頭に血が登ったのか、机を押しのけて千草に近づいて来た。
「チヤホヤされて、いい気になって……!!!!」
京楽が女を止めようとしたが、上げた手に花を押し付けられた。千草はチラリと京楽と浮竹を見ると、二人の前に出て、女に対峙した。
 教室中が彼女達の動向を見守った。
「何がそんなに気に入らないの?」
女を前にして、千草は冷静に尋ねた。女は千草を睨みつけた。
「あんたのその態度よ!!偉そうに!!!」
「子どもの癇癪ね。どっちが好きなの?京楽君?浮竹君?」
おそらく図星だったのだろう。女はカッとなって、手を振り上げた。
「千草!」
浮竹が足を踏み出した瞬間、女は宙を舞っていた。
 教室の時間が止まったかの様に、皆が空中にいる女を見上げていた。
「キャァ!!!!」
ドスン!という鈍い音と同時に、女の悲鳴が聞こえた。
 皆が息生唾を飲み込んで、千草を見つめた。
「……気は、済んだ?ごめんなさいね。黙ってやられる程、弱くないの、私」
床でうめき声をあげる女を見下ろしながら、千草が言い放った。女はうつ伏せになって、顔だけ上げて千草を見上げた。顔には恐怖が浮かび上がっていた。
 千草は女の顔の前にしゃがんで、膝を抱えて、女の顔を覗き込んだ。
「……花瓶の破片、片付けておいて?」
反応をしない女を見て、千草は頭を傾けた。
「返事は?」
「………は、はい……」
返事を聞くと千草は立ち上がって、クルリと背を向け、京楽と浮竹の元に戻った。
「…花、ありがとう」
千草は京楽から花を受け取ると、教室から出て行った。
 千草がいなくなったのを確認すると、床に倒れている女の元に仲間たちが駆け寄った。それを尻目に、浮竹と京楽が千草を追いかけようとすると、後ろから呼ばれた。
「…京楽君………」
京楽は声の主を見もしないで、浮竹と出て行った。
 千草は、外にある井戸の桶に花を入れていた。
「千草」
浮竹が声をかけると、千草が笑顔で振り向いた。
「こうすればいいんだわ」
予想外の言葉に、二人は度肝を抜かれた。千草はスッキリした顔をしている。
「私、何かされたり、言われたりするのが怖くて、何もしなかったけど、もうやめる。堂々としてる。菱田家の女だもの……」
「お父上も、安心してると思うよ」
教室での鋭い雰囲気は消えて、柔らかい口調で京楽が言った。
「ありがとう。……廊下で、少し聞いていたの。京楽君でも、女の子にあんな態度とるのね。巻き込んで、ごめんね」
京楽はゆっくり首を振ると、首の後ろを触りながら、斜め上を見上げた。
「僕は…兄貴を亡くしてる」
千草がハッとして目を見張った。京楽は首から手を離し、優しい目つきで千草を見た。
「だから…許せなかったんだ。どうしても……」
「……そう。ありがとう………」
「うん」
二人にしか分からない感情で、京楽と千草は繋がっていた。それは、千草にも京楽にもいい事だと浮竹は思った。だが、それと同時に、孤独感も感じた。
 浮竹は、黙って二人を見るしかできなかった。

 その辺りから、浮竹は京楽と千草の関係が気になり始めた。
 京楽は、千草をどの程度好きなのだろう……。他の女子と同じように、口先だけでくどく程度なのか、本気なのか……。
 千草は、京楽をどう思っているのだろう…。
 俺と同等なのか、特別なのか……。
 知りようの無い疑問が、次々と頭に浮かんだ。
 親友に聞けばいいのに、何故かしなかった。

 そして3人は、いつしか6年生になっていた。
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