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親友の好きな人(京楽 浮竹)

7.断絶

 年度末の試験前に、千草が学校を休んだ。
 体調不良だろうかと二人で話していると、浮竹が先生に呼ばれた。

 職員室に赴くと、担任は浮かない顔をしていた。
「菱田の父上が亡くなられた」
担任は直球にそう言った。浮竹は言葉が出なかった。
「私も葬儀に行くんだが、学級代表でお前も参列してほしい。今日は公欠にするから」
「……分かりました」
担任は廊下まで浮竹を見送ると、浮竹の肩に手を置いた。
「くれぐれも、周りには、お前からは言うなよ。言うのは菱田の役割だ。…まあ、貴族の繋がりで広まるとは思うが」
「……はい……」
浮竹は担任をチラリと見ると、教室に戻っていった。珍しく頭が空っぽになった。

 「何の話だった〜?」
教室に戻ると、真ん中の方で女の子と話していた京楽が浮竹に聞いてきた。
「うん。ちょっと、な」
浮竹の顔を見て、京楽が何かを悟ったのが分かった。相変わらず、話の早い奴で助かった。
 浮竹は鞄を掴むと、教室から出て行った。教室内が俄にざわついた。
「帰るのかい?なら僕もサボろ〜」
京楽は、スキップをするように浮竹を追った。教室に戻る気は毛頭無かった。
 校門を出た辺りで、京楽は浮竹に追いついた。
 浮竹は京楽を見もしないし、帰れとも言わず歩き続けた。寮に戻るわけでは無さそうだ。
「……菱田の、お父上が亡くなられたそうだ」
「……そう……」
京楽は、なんとく感づいていたような口ぶりだ。
「葬儀、行くんだろ?僕も行くよ」
「…助かる。一人だと、何て声かけていいか……」
 二人は別れて、実家で喪服に着替えると、再度合流して千草の家に向かった。

 千草の家は始めて訪れたが、喪服を着た人を追えば直ぐに分かった。
 千草の家は、多くの参列者で溢れていた。死白装を着た死神がよく目についた。死神の家系だと、千草が言っていたのを思い出した。
「菱田の家も終わりか…」
「優秀な血だったのに」
「女しか残らなかったからな」
「せめて男子なら……」
親類縁者だと思われる人々の話声が、二人の耳に届いた。家を守るために霊術院に入った千草が、今どんな気持ちか考えると、二人の胸が傷んだ。
 仏壇のある部屋の奥に、千草は居た。
 棺の周りには沢山の花が並べられており、ちょうどそれが千草の背景のようになっていた。千草は気丈に、参列者の挨拶に応えていた。決して落ち込む様子は見せず、むしろ涙を流す人に慰めの言葉を口にしていた。
「……菱田」
少し離れた所から浮竹が声をかけると、千草がハッとして顔をあげた。気が緩んだのか、目がじんわりと潤んだ。
「…ありがとう、来てくれたのね」
浮竹と京楽は焼香をして手を合わせると、千草に向き直った。
「大変だったね」
京楽が話かける。千草は苦笑いをして答えた。寝ていないのか、目の下にクマがあった。
「何か、俺達にできる事はあるか?」
浮竹が床に手をついて、身を乗り出して聞いた。
「……また、学校に行くから、今まで通り…お願い。……それと、私の事は、名前で呼んで」
「名前で?」
浮竹が聞き返した。京楽も横で首をかしげた。
 すると、初老の女性が千草に近寄り、千草の肩に触れた。
「ご友人?ここはいいから、別室で話して来なさいな」
「おば様……すみません」
千草は女性に頭を下げると、二人を誘って、その場を離れた。
 「今のは…?」
 先を歩く千草の背中に向かって、浮竹が尋ねた。
 千草は襖を開けると、二人を中に入れた。
「父の友人の奥様……私の、養母になる人よ」
黙る二人を尻目に、千草は説明を続けた。
「……父は病に侵されて御艇を除隊したの。それと同時に、私を霊術院に……。その間、父の友人の横山夫妻が父の介護をしてくれた…。いい人達よ。うちのお金を一切使わず、父を看ていてくれたんだから………」
千草は自分の肩を抱いた。
「……あと一年だったのに………」
千草の頬に涙がつたった。自責の念にかられているのが分かった。
「…菱田の家系はこれで終わりよ……間に合わなかった………」
「自分を責めたらいけないよ」
京楽は優しい口調で千草の肩を抱き、慰めた。千草の涙が決壊し、ボロボロと泣き出した。
「……私、お父様が亡くなる前に、あなた達に会えてよかったわ……でないと、本当に…一人ぼっちだった…………」
「………菱田…………」
浮竹も千草の肩に手を置いて、元気づけようとしたが、何を言えばいいか分からなかった。

 次の日、浮竹と京楽は学校には行かず、千草の家に向かった。ちょうど出棺する時で、棺と一緒に千草が出てきた。
 千草はもう泣いてはおらず、まっすぐ前を向いて先頭を歩いていった。
 二人は火葬場に運ばれる棺桶を見届けてから、学校に向かった。
「……嫌なもんだよ。身内が焼かれるのなんてさ…」
道中、京楽がポツリと呟いた。

 千草の家の事は、たちまち学級に広まった。隅の方でヒソヒソと話されるのは、嫌な気分がした。
 年度末の試験が終わった頃に、千草がようやく学校に来る事になったと、担任が知らせた。
 翌日の朝、今まで通り3人で待ち合わせた。
「久しぶり、京楽君、浮竹君…」
千草は少し痩せたが、優しくし微笑んだ。京楽も浮竹も笑って千草を迎えた。
「おはよう、千草」
「おーす、千草」
千草の望み通り、二人は下の名前で千草を呼んだ。千草はそれを聞いて、嬉しそうに目を細めた。
 「私、職員室寄っていくわ。先に教室に行っていて」
千草がそう言って消えた為、京楽と浮竹は一緒に教室に向かった。
 ドアを開けると、騒がしかった教室が途端に静かになった。
 直ぐに理由が分かった。
 千草の机に、花を生けた花瓶が置いてあった。
 学友達は、二人のリアクションを待つように、二人を見つめて息を殺した。
 浮竹と京楽は、千草の机を見つめて、目を見開いた。
「誰ー?あんな事するの…悪趣味」
「しらなーい。意味わかってんのかな」
「誰か片付けなよ。疑われるのなんて御免よ」
ヒソヒソと話す女達の声が聞こえて、二人がそちらを見ると、女達はさっと目をそらした。
 突然、京楽が花瓶をはたき落とした。
 ガシャーン!!!!!!
 花瓶の割れる音が教室に響き渡り、周りで見ていた学友達が震え上がった。水が飛び散り、京楽の足元が濡れたが、京楽は微塵も気にせず、女達を睨んだ。浮竹は黙って京楽を見守った。
 普段の京楽なら、絶対に女を睨んだりしないが、今は雰囲気が違った。京楽の重く、冷たい眼差しに女達は怯えたように縮こまった。
「……君だよ」
京楽は、集まっていた女の一人を指さした。
 指をさされた女は肩をびくつかせて、焦ったように首を振った。
「何で!!?なんで私を疑うの??京楽君!!!あんなに仲良くしてたじゃない、私達!!!」
「霊圧だよ」
京楽は指を降ろし、まっすぐ女を見た。女の目が泳ぐ。
「直ぐにわかったよ」
京楽の声はいつもの優しさを失い、鋭く責めるような声だった。
「私じゃない!!」
「何でこんな事したの?」
「違う!私じゃない!!」
会話にならないやり取りをしている時、教室のドアが開いた。

「……千草……」
悲しそうな声を出したのは、京楽だった。
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