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親友の好きな人(京楽 浮竹)

63.深層心理の向こう側

 京楽は道を歩いていた。
 はて、どこに向かっていただろうか、と足を止めると、見慣れた道である事に気がついた。
 そうだ、僕は、千草に会いに行こうと歩いていたんだ。
 そう思ってまた歩き出し、千草の家の玄関の前に来た。家の中から物音はせず、ひっそりとしている。それでも京楽は、千草は中にいると確信があり、玄関を開けた。
「入るよ」
返事は無かったが、京楽は草履を脱いで家に上がり、千草の姿を探した。
 長い廊下を歩き、奥の部屋に入ると、仏壇の前に千草がいた。項垂れて、畳をぼんやり見ていた。
「千草」
名前を呼ぶと、ボンヤリとした千草がゆっくり顔を上げた。
「どなた?」
千草の反応に、京楽は体を硬直させた。ふと、記憶が蘇る。
 ああ、そうだ、大きな戦争が、あったんだ。
 沢山の死神が死んだ。
 千草も戦わなければいけないほどで。
 それで、浮竹は……。
「千草、君……卍解を………浮竹を、覚えているかい?」
「………浮竹……?」
千草の言葉を聞いた瞬間、京楽は体の力が抜け、なだれ込むように千草に縋った。
「あれ程………あれ程卍解は使うなと……!!千草………!!!どうして使った………!!!!」
怯えたように、困惑している千草を見て、京楽は言いようの無い感情にどうしようも無くなり、力の限り千草を抱きしめた。
「………懐かしい匂い」
耳元で千草がポツリと呟き、京楽の肩に顔を埋めた。
「私、あなたを知っているわ」
千草の細い腕が、京楽の背中に回った。
「凄く、大切な人だった。そうよね」
「……ああ、そうだよ」
「そう……やっぱり、そうなのね」
千草は一度京楽から顔を離すと、両手で京楽の頬を包み、優しい笑みをたたえたまま、京楽の唇に自分の唇を重ねた。
 一瞬何が起こったのか分からず、京楽は目を見開いて千草を見つめた。千草は笑顔のままだ。
「私、あなたを守りたかったんだわ。何を忘れても」
その後、千草はもう一度京楽を抱きしめた。
「生きていてくれてありがとう」
京楽は知らず識らずのうちに、ポトリと涙を流していた。
 悲しいのに、嬉しかった。それでも、心が壊れそうに辛かった。
 言葉にならず黙っていると、千草は細い指で京楽の涙を拭い、もう一度京楽に口づけをした。今度はすぐには離れず、千草は首を傾けて、より深くキスをした。
「私から離れないで」
千草はキスをしながら、京楽の首筋に手を回し、するすると素肌をなぞった。京楽も千草の頭に手をやり、やさしく畳に横たわらせた。千草の唇から離れ、首筋に顔を埋めると、一回大きく深呼吸をした。
「………ありがとう」
そう言うやいなや、京楽の大きな手は千草の首を締め上げた。
「実にいい夢だったよ。だけど、これ以上は駄目だ」
「かっ……!」
苦しみ悶ながら、千草は京楽を見上げた。その目には明らかな憎しみが宿っていたが、京楽は首を締める力を緩めない。
「君は夢魔かな?まさか、伝説の妖怪がお出ましになるとは思わなかったよ。驚きだ。僕の深層心理をみたのかい。可哀想に、欲望しか見る事のできない化け物なんだねえ」
京楽の口調は優しいが、首の骨が今にも砕けそうなほど手には力を込めていた。千草に化けたそれは血を吐き、目は宙を見ていた。
「絶対に許さないよ。千草を侮辱したんだ。彼女がこんなバカバカしい事をするわけ無いだろう」
最後に、鈍くボキリと音がして、千草に化けたそれは動かなくなった。
 その瞬間、京楽はハッと目が覚め、天井を見つめながら、固く握られた自分の手をゆっくりと解いた。
「……嫌な感触だよ…………まったく………」
心を落ち着かせる暇もなく、京楽は急いで死白装に着替えると、自宅を飛び出し、千草と浮竹の住居に向かった。
 角を曲がろうとした時、誰かが急に飛び出してきて、京楽は慌てて足を止めた。
「京楽君!」
「千草!」
千草は慌てたように京楽の腕を掴んできた。
「京楽君、浮竹君が起きないの。何度も起こしてるのに。熱も無いの。ただ寝てるだけ。目を覚まさないの」
「落ち着いて、千草。大丈夫だ。いや、大丈夫じゃないけど、浮竹はまだ死なない。兎に角、無事な隊長格を集めよう」
「どういう事?」
「走りながら話そう」
京楽は夢魔の事と、おそらく落合撫子が元凶である事を話し、男性の隊士は隊長だろうと今は戦闘不能であることを伝えた。
「京楽君は、どうして無事なの?」
「いやあ、僕の夢見る酒池肉林は夢魔でも叶えられなかったみたいでねえ」
「流石ね」
「それって褒めてる?」
京楽は笑いながら、袖の中でこっそりと拳に力を込めた。

 千草が地獄蝶を飛ばして集まった隊長は、元柳斎と卯ノ花と涅、そして京楽の4人だけで、副隊長はやちる以外の女性副隊長6人が集まった。
 元柳斎は部屋をズイッと見回すと、舌打ちをして杖で床を突いた。
「情けない!!隊長ともあろうモノが妖怪ごときに遅れをとるなど!!」
「あれ?砕蜂ちゃんは?来てないの?」
元柳斎を無視して京楽はキョロキョロと見渡し、砕蜂を探した。
「彼女なら自宅で眠っている事を確認したわ」
伝令神機を耳につけながら千草が報告すると、殆ど全員から、ああ…と漏れた。
 すると突然扉が開き、機嫌の悪そうな更木剣八がいつも通りやちるを肩に乗せて現れた。
「……なんだ。こんだけしかいねえのか」
更木はのそのそと自分の位置に収まり、卯ノ花をチラリと見てから小さく舌打ちをした。
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