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親友の好きな人(京楽 浮竹)

62.嫌な女

 千草が三番隊に向かっていると、前に大きな人集りが見えた。男ばかりな所をみると、何となく想像がついた。
「あら、横山総務官。お久しぶりです」
男達の中心にいたのは、やはり落合撫子だった。男達が群がるのを嫌がりもせず、愛嬌たっぷりに対応していたが、千草が通れば礼儀正しく挨拶をする。それがまた、千草には不気味に見えた。しかし、そんな事を思ってしまう自分に嫌気が差し、千草は小さく深呼吸してから撫子に歩み寄った。
「こんにちは。今、あなたの旦那様の事で、三番隊に向かっていたの。ここしばらく体調をくずしているみたいだけど、大丈夫?」
撫子は憂いを帯びた笑みを浮かべ、こくりと頷いた。
「…はい。きっとすぐ良くなると信じています。夫は特に責任感の強い人ですから…今も、重要な書類を預かって、隊に渡してきたところで…」
「俺は、撫子さんを家までお送りするところで」
聞いてもないのに、一人の男が撫子を見つめながら発言すると、周りの男達が殺気立った。
「バカ野郎!!それは俺がやると言っただろうが!!」
「お前らいい加減仕事に戻れ!!お送りは俺がするんだ!!!」
心底呆れた千草は怒る気も失せ、撫子に挨拶だけしてその場を後にした。少し離れると、気が緩んだのか、ドッと疲れを感じた。
 三番隊舎は人もまばらで静かだった。隊主室のドアをノックすると、元気の無い返事が中から聞こえた。
 隊主室では、目の下にクマを作ったローズとイヅルが書類の山に埋もれていた。
「ああ、総務官…。お疲れ様です。ソファへどうぞ…」
生気のないイヅルが来客用の机の上を乱雑に片付け、千草を座らせた。千草はお茶を入れようとするイヅルを呼び止め、ローズとイヅルを自身の向かいに座らせた。
「人手不足の忙しい時にごめんなさいね。アンケートは集めてくれた?」
「はい。…見てもらえばご理解いただけると思いますが、ウチは過労で倒れてしまうような働き方はしていないんです。確かに三番隊から多くの欠勤者は出ていますが、働き方とは別の原因がある筈です」
イヅルから渡されたアンケートの束をパラパラとめくりながら、千草は卯ノ花との会話を思い出していた。
 最近、御艇では疲労による欠勤者が相次いでいた。中でも三番隊は人数が桁外れで、卯ノ花から三番隊の働き方を調査してほしいと相談があったのだ。そして、何故か患者は男性隊士ばかりである理由も聞けないか、と言われていた。
「………欠勤者は、男性隊士ばかりだけど。それについて心当たりはある?」
千草の質問に、ローズとイヅルは困ったように顔を見合わせた。
「確かに僕は女性には優しくしていますが、だからといって、男性達に辛く当たるような事はしていません。本当に心当たりが無いんです」
100年前のローズも知っているだけあって、千草はローズを疑う事はできず、彼の言い分が正しいと感じた。しかしそれだと、謎は深まるばかりだった。
「………男性隊士といえば、さっき落合撫子さんを家まで送るって、沢山の人が出払ってたみたいだけど?」
「ああ…あれですか……、あれには本当に手を焼いているんです…」
イヅルは頭を抱えて、大きなため息をついた。
「確かに落合の奥さんは綺麗な方です…。最初は僕も目を奪われました。でも、異常なまでに執着する男が出てきたというか……宗教じみてきたんです。落合の奥さんがくると、僕らの注意すら届かなくなるんです……ま、僕は威厳が無いからなんでしょうが……」
「それは………、鳳橋君、あなたの権限で出禁にしてもいいのよ」
「なるほど…そうした方がいいですね。解りました」
千草は最後に、二人の体調について言及した。
「人手が無いからと、コン詰めてない?クマが酷いわ」
「睡眠時間は確保しているんですが、寝た気がしないというか……」
ローズが恥ずかしそうに目の下に手をやった。
「僕もなんですよ。夢をみているような気がするんですが、起きたら忘れてて…でも、疲れているんです……」
「イヅルもかい?」
「……一回、十二番隊に行って検査してもらったら?」
「「イヤイヤイヤ、そこまででは」」
千草は業務内容についてはまた相談に乗ると言い残し、三番隊を後にした。
 三番隊で欠勤者が相次ぐことと、落合撫子への男達の異常なまでの執着は、何か関連があるのか。それとも、自分が落合撫子を気に入らないが為に、彼女を何か異様なものに仕立て上げようとしているのか、千草は困惑していた。
 考え事をしながら歩いていると、千草を呼ぶ声でハッと正気に戻った。
「横山総務かーん!!聞いてくださいよー!!!!!」
振り向くと、松本乱菊、伊勢七緒、雛森桃がプリプリしながら駆けてきていた。
「どうしたの?」
乱菊は半べそで千草の肩を掴み、ガクガクと揺さぶった。
「私悪くないんですよ!?注意しただけなんですよ!?だって私副隊長じゃないですか!?そしたらアイツら信じられない!!!本当に頭きちゃってぇ〜!!!!」
「要領を得ないわ。七緒さん、要約して」
乱菊は雛森によってはがされ、七緒が千草に事の顛末を説明した。
「実は先程、三番隊の男性隊士達が勤務時間中だというのに、ある女性に引っ付いて業務放棄していたので、松本さんが注意したところ、逆に罵声を浴びせてきたので」
「ホルスタインって言われたんですよ!!?」
「松本さんからの怒りの鉄拳をくらった、という訳です」
「アイツら反省するどころか、あのビッチ女上げて私を下げてきたんですよー!!!許せなーい!!!!」
「その女ってまさか」
「三番隊の落合の嫁ですよおー!!!!」

 翌日、落合撫子の出禁を知らせる前に、御艇内の男達は目を覚まさなくなった。
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