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親友の好きな人(京楽 浮竹)

61.新妻

 ある日、浮竹と千草が元柳斎に呼ばれた。なんでも、籍を入れただけでは心許ないから、新婚旅行にでも行けと、半ば強制的な雰囲気で言われた。
「俺は、今更旅行なんてと思うんだが。一緒に住んでるし…。千草はどう思う?」
「私も同じ気持ちよ。何より、対藍染用の仮空座町の解体工事等で今は抜けられません、元柳斎様」
二人が難色を示すと、元柳斎は目を見開き、二人を鋭い眼光で見つめてから、杖で床を叩いた。
「ワシの愛弟子が婚姻関係になったというのに、旅行にも行かせられないなど、この山本元柳斎重國一生の恥じゃ!!死んでも死にきれんわ!!」
喚く恩師を前に、ハッキリと断る事もできず、おいおい考えると曖昧な返事をして、二人は一番隊隊主室を後にした。
「そもそも旅行というのも殆どした事なかったな」
家への帰り道に、浮竹が昔を思い出しながら空を見上げて呟いた。
「そうね。浮竹君の体の事もあるし。隊長に総務官ともなれば、簡単には抜けれないわ」
すると、後ろからゆっくりとした足音が聞こえて来たかと思ったら、大きな手が二人を包み込んだ。
「やあ、お二人さん。山ジイは何の話だったんだい?」
「京楽」
浮竹と千草は嬉しそうに振り返り、今日の勤務をお互い労った。
「千草と俺で新婚旅行に行ってほしいそうだ」
歩きながら浮竹が説明をした。
「おやまあ。親心と言うべきか、お節介と言うべきか……」
「いっそ、京楽君も休みをもらって、3人で行きましょうよ」
千草が名案だとでも言うように、浮竹と京楽を見つめた。浮竹は、なるほどそれはいいな!と目を輝かせたが、反対に京楽は苦笑いをしていた。
「いやぁ……ぼかぁ遠慮しとくよ流石に」
「何でだ?3人で泊まりの旅行なんて始めてだろう。楽しそうじゃないか」
「浮竹。この旅行の意味分かってる?」
「いいじゃない、京楽君。細かい事は」
「細かい事かねえ…?」
天然なのか、なんなのか、遠慮の意味を解さない2人に辟易した京楽は、顔見知りの女性隊士を見つけてそちらにフラフラと逃げていった。

 2人が家に着くと、お手伝いさんが既に夕飯をこしらえていてくれた。浮竹と千草は部屋着になると、お手伝いさんに礼を述べて帰宅させ、二人で夕食を摂った。
「そういえばね、三番隊から婚姻承諾依頼があったの。流魂街の住人と籍をいれて、こちらで同居したいんだって」
「それはめでたいな。許可は降りるのか?」
「貴族じゃないから、簡単よ。明日承諾書を鳳橋君から渡してもらうわ」
「彼なら隊士も話しやすかっただろうなぁ」
「フフ、そうね」


 翌日、千草から結婚承諾書を受け取る為にローズとその部下が総務部を訪れた。
「おめでとう。お幸せにね」
千草が書類を渡すと、彼は寝不足のような青白い顔をしていたが、嬉しそうに微笑んで書類を受け取った。
「少し体調が優れないように見えるけど、大丈夫?」
千草が声をかけると、彼は照れたように笑った。
「はい…。彼女と一緒に住める夢をいつも見ていて、それであんまり熟睡できなくて」
「コラコラ。総務官の前でノロケ話はやめなよ」
ローズが窘めたが、口調からは優しさがにじみ出ており、千草も思わず微笑んだ。
「フフ。良いわね。引っ越しはいつ?」
「はい。明後日に」
「ちゃんと有給とってあるから、しっかり新居造りしてきなよ」
「ありがとうございます。鳳橋隊長」
和やかなやりとりの後、二人は千草に礼を述べて帰って行った。
 

 3日後の夜、ほろ酔い気分の京楽が浮竹と千草の住居を訪れた。
「ねえ千草、ちょっと前に三番隊の隊士が流魂街の女性と結婚したって言ってたじゃない?」
八番隊の部下たちと飲んでいたと言う京楽は、やや目がすわっていた。浮竹は慣れたように縁側の風通し良い場所に京楽を座らせ、千草は水を持ってきた。水を受け取りながら、京楽は千草に話しかけた。
「その子がさあ、いたんだよ、同じ居酒屋に。お祝いで。いやあ、あんなにも女性に目を奪われたの、久しぶりだなあ」
うっとりと夢見心地で話す京楽に、二人はやや呆れながらも、少しだけその美女というのに興味を持った。
「そんなに綺麗な子なの?」
「綺麗も綺麗。千草と並んでも遜色無いね」
「そんな女性いるものか?」
「浮竹ぇ、君みたいな男でも、見てみたら分かる」

 その新妻の噂は、驚くべき速さで御艇を回り、その夫も夫で気をよくしたのか、事ある毎に妻を連れてでかけているようだった。
 御艇内を少し歩くと、立ち話をしている男性隊士からあの新妻の話が聞こえるなんて事が頻繁にあった。
 ある夜、3人がいつもの居酒屋で飲んでいると、店の中がざわめき立った。なんだろう、と襖を開けると、どうやら例の夫婦が来店したようだった。
「おいおい。ただのイチ夫婦だろう。なんだこの騒ぎは」
浮竹は驚き、夫婦にというより、新妻に群がる男達を凝視した。
「あんまり騒いで新婚夫婦の邪魔をするのは可愛そうだわ、注意するべきかしら」
「どうだろう、その夫婦も注目されて嬉しそうだけどねえ」
京楽の言葉の意味をイマイチ理解しなかった千草が座敷から降り、群衆に向かっていくと、千草に気がついた三番隊の隊士が笑顔で会釈した。
「総務官!いらしてたんですか!あの、これが僕の妻になりました、撫子です」
彼は笑顔だが、以前会った時より一層顔色が悪くなっていた。だが、本人は気にしていないようで、自分の妻を嬉しそうに千草に紹介した。
「撫子、こちらの横山総務官が僕らの結婚を応援してくださったんだよ」
「はじめまして。落合撫子です」
女の千草からしても色気を含んだ声で挨拶をしたその女性は、確かに紛うこと無き絶世の美女だった。ツヤのある黒髪を背中までたらし、優しげなタレ目に、ぷっくりとして肉厚な唇、気品のある立ち振る舞いに思わず目を奪われた。だが、千草は何故か、彼女を好意的に受け止める事ができなかった。
 嫌だわ。私、こんな綺麗な女性を前にして嫉妬しているのかしら……。
 落合の妻撫子は、目の前で和やかに千草に対して感謝の意を述べているが、千草の耳には半分も届いておらず、早くこの場から、この女の前から居なくなりたいという想いが頭の中を渦巻いていた。
「……幸せそうで良かったわ。周りの人達、店にも迷惑だし、彼らは新婚なんだから、二人の時間を大切にさせてあげてね。それじゃ、私はこれで」
千草が彼らに背を向けると、群衆も少しずつ散らばり始めたが、その時小さく誰かが呟いた。
「若い女に嫉妬して出てきたんじゃねえの」
千草はその言葉に反応こそしなかったが、浮竹と京楽のいる座敷に戻ると、二人は千草の異変に気づいた。
「どうした千草」
千草は黙って席につき、自分の胸中を冷静に分析してみた。
「何かしら、この気持ち……。とても、綺麗で、気品のある女性だったわ。嫌な所なんて無かったの。なのに、私、浮竹君と京楽君には、あの女性に近寄ってほしくないの……。これが、嫉妬なのかしら………」
千草から思ってもみない言葉が飛び出し、浮竹と京楽は顔を見合わせて驚いた。
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