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親友の好きな人(京楽 浮竹)

60.幹事

 総務部の一室、机の上には3枚の隊長羽織が置かれていた。千草は穏やかな顔でその3枚を見つめていた。
 ドアをノックする音が聞こえて返事をすると、死覇装を着た平子、拳西、ローズが入ってきた。三者三様、自由に着こなしている。
「やっぱり、私にはそっちの方がしっくりくるわ」
「俺は落ち着かんわ」
「僕も」
平子もローズも苦笑いをしながら袴を構った。長い現世暮らしで、和服などもう何十年も着ていないのだろう。
「まさか、同じ人に2回も隊長羽織を渡す事になるとは思わなかったわ」
千草は微笑みながら三番隊長の羽織を手に取った。
「あの頃は、隊長の交代が相次いで大変だったけど、今回は一回で済むから、楽でいいわね」
フフフっと笑ってローズに羽織を渡すと、ローズも微笑みながら羽織を受け取った。
 現世に自分達を勧誘に来たときも思ったが、100年前から随分柔らかくなったと思う。この人がこんなふうに人に笑いかけるなんて、当時は思いもしなかった。
 平子は千草に羽織を着せて欲しいとせがんだが、それは冷たく拒否された。
 3人が羽織を着終えると、千草が扉を開けた。
「さあ、隊主会室に行きましょう」
「白は?」
「彼女なら一足先に九番隊に合流したわ。今後の彼女の処遇はあなた次第よ、六車隊長」
隊長、と呼ばれる事になんとも言えない懐かしさとむず痒さを感じ、拳西は首に手をやった。千草はそれにはふれずに歩き出し、3人共千草の後に続いた。

「新隊長3名、到着しました」
千草が扉に向かって声をかけると、元柳斎の返事が聞こえて、大きな扉が開かれた。
 全員の視線が一斉に千草を飛び越え、後ろに向かった。
 千草は視線を下げると、脇により、新隊長3名に道を譲った。
 元柳斎が名前を読み上げ、3人がそれぞれ返事をすると拍手が沸き起こった。
「お帰り」
「お帰りなさい」
3人を昔から知る京楽や、浮竹、卯ノ花が迎えの言葉を発すると、3人ともどこか居心地悪そうな顔をした。
「やっぱ落ち着かんわ…」
そう呟いたのは平子だった。

 任命式も終わり、それぞれの隊で顔見せを終わらせたと思われた時間帯、十番隊に千草がやってきた。
「あら、総務官。どうしました?日番谷隊長ですか?」
千草を迎え入れた乱菊が不思議そうに聞くと、千草はどことなく落ち着かない様子で髪を耳にかけた。
「………教えてほしいの、松本副隊長………」
「何をです?」
「……の」
「の?」
「飲み会………いえ、歓迎会の、開き方………を」
千草の申し出に、乱菊は思考が停止したように固まり、それに気がついた千草は恥ずかしそうに俯いた。
「ごめんなさい、おかしな事を聞いて………」
いたたまれなくなった千草が慌てて帰ろうとすると、乱菊が千草の手首をガシリと掴んだ。
 千草が振り向くより早く、乱菊の空いている腕が千草の首に巻き付き、体を密着させてきた。
「やりましょう総務官!新隊長達の歓迎会!!総務官が幹事で!!!」
乱菊の目は輝き、興奮が伝わるような息遣いの荒さだった。

 そこからの乱菊は早かった。各隊の副隊長達に連絡をとり、店を千草に選ばせ、二人で予約した店に行き、席次表を作った。乱菊の呼びかけに殆どのメンバーが出席すると返答し、準備が整った。
「まあ、ザッとこんなもんですよ!!」
居酒屋を隊長格で埋め尽くしてみせ、乱菊はドヤ顔で胸をたたいた。
 乾杯を待つ皆を見渡しながら、千草は感心したようにため息をついた。
「……凄いわ。松本副隊長。なんて仕事が早い」
「こういう仕事ならいつでも言ってください!!」
イタズラっぽく笑うと、乱菊は千草の後ろに廻り、千草の背中を両手で押した。
「さっ!幹事!乾杯の挨拶を!!」
千草は乱菊にされるがまま、上座に進み、緊張した面持ちで会場を見渡した。
「よっいいぞ!幹事!」
京楽がフザケて声をあげ、横の浮竹が笑った。それで幾分か緊張がほぐれ、千草はグラスを両手で持ち直した。
「……懐かしい仲間が戻ってくれた事を嬉しく思います。古参の私から見ても、信頼できる隊長達です。今後の益々の繁栄を期待して……乾杯」
千草の乾杯に続いて、会場から一斉に乾杯の声が上がった。千草は嬉しそうに頬を染め、脇にいる乱菊を見た。乱菊は嬉しそうに親指を立ててみせた。
 浮竹と京楽の元に行くと、二人ともニヤニヤした顔で千草を迎えた。
「……なあに?その顔」
訝しげに千草が尋ねると、京楽は千草をチラリと見てから、浮竹のお猪口に酒を注ぎ、ため息を漏らした。
「いやあ……なんか、感傷に浸っちゃうなぁ。『あの』千草が幹事だなんて」
浮竹も笑いながら京楽に注ぎ返して見せた。
「入学初日から全員を無視してた千草がなあ」
「僕は、近寄るなって言われた事あったなー」
「氷の淑女と呼ばれ」
「目つきだけで人を泣かし」
「鉄壁の守りで人を寄せ付けず」
「最終的には白塔の魔女とまで呼ばれた」
「「あの、千草がなー」」
二人とも感傷に浸ったふうを装い、肩を叩き合いながら泣くフリをしてみせた。千草は少しむくれた顔で京楽と浮竹の間に座り、グラスのビールを一気に飲み干した。
「歳をとるとね、角が取れるっていうでしょ」
千草は二人に向かって不敵に笑って見せ、側にあったビール瓶を掴んだ。
「じゃ、私、主賓に挨拶してくるわね」
積極的に関わりにいく千草を見て、浮竹も京楽も嬉しそうに目配せをして、二人で小さく乾杯をした。
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