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親友の好きな人(京楽 浮竹)

6.神社

 甘い物を食べながら雑談をしたら、千草の表情も大分明るくなった。
 日が傾き初めた頃に、3人は神社に赴いた。
 境内に出店が並び、太鼓の音が響いており、子ども達が楽しそうに走っていた。
 出店を眺めていると、沢山の視線がこちらに向いている事に京楽が気づいた。
 千草だ。
 先のゴタゴタで言うタイミングが無かったが、絞りの浴衣を着ている千草は、目を見張る美しさだった。いつもの制服とは違い、新鮮だ。あの浮竹でも多少緊張しているのが分かる。
 祭りに来ている男達は、いつ千草に話しかけようか、こちらの動向を伺っているようだった。
 浮竹がチラリと京楽を見て、後ろの男達を見た。京楽は小さく頷き、顎で合図した。
「菱田さん、ほら、あっちで巫女さんが踊ってるよ」
京楽が千草の肩を抱き、先の舞台を指差した。
「見に行こう」
浮竹が千草の手を取り、引っ張った。千草は二人の行動に少し驚いたようだったが、何も言わず、ついてきた。後ろの男達は、諦めたのか去っていった。
 提灯の下の椅子に座ると、京楽と浮竹は手を離した。
「すまん、菱田。嫌だっただろ」
「ごめんね。勝手に触っちゃって」
千草の両脇の二人が口々に千草に謝罪し、千草は困惑しているようだった。
「また、君に絡んで来そうな男がいたからさあ、諦めてもらおうと、ね」
苦笑いをする京楽を見て、千草は恥ずかしそうに俯き、自分の手を握りしめた。
「ああ、ごめん、嫌だったよねえ」
千草は首を振った。
「ううん……驚いた、だけ………」
千草は胸の前で手を握った。俯くと、長いまつ毛がより強調された。頬を赤らめる千草の向こうで、浮竹が千草を凝視していた。多分、無意識に。
 京楽は、フッと笑い、椅子から立ち上がった。
「何か食べる物、調達してくるよ」
「あ、俺いこうか?」
浮竹が立ち上がろうとしたが、京楽は浮竹の額を突いて椅子に戻した。
「君は姫の守護でもしてろ」
京楽は二人に笑いかけると、のんびりとした足取りで歩いて行った。
 残された二人は、しばらく京楽の後ろ姿を見ていたが、ハッとして目を合わせた。
 改めて近くで見た千草は、恥ずかしさで目が潤み、頬が高潮していて、浮竹の心臓を跳ね上げさせた。
「あ、えと、ごめん」
浮竹は狼狽えて、何故か謝ってしまった。千草も、恥ずかしそうに目をそらした。
「……気を使わせてばかりね……」
正面の舞台で踊る巫女を見ながら、千草が呟いた。雅楽の音が、神社に響く。
「そんな事……君は綺麗だから……」
ハッとして、浮竹は自分の口を押さえた。自分で言っておいて、何を言っているか分からなくなった。
「いや、違う。じゃない、違く無い、あ、いや、綺麗だけど、変な目で見てる訳じゃ……なくて……」
浮竹は項垂れて頭を抱えた。顔をしかめて、自分の発言に後悔しているみたいだった。千草は、そんな浮竹を横目で見て、微笑んだ。
「私、自分の見た目が嫌いだったけど………」
浮竹は頭を抱えたまま、千草を見上げた。
「あなたが、そんな風に言ってくれるなら、案外悪くないかもね………」
薄暗がりの中、提灯の明かりに照らされた千草の笑みが、浮き上がって見えた。浮竹は目が離せなくなった。
 綺麗だ。とても。
 その言葉は、どんな意味を含む?
 浮竹は体を起こして、巫女の舞を見た。
「俺を、信用してくれてる?」
「あなたの事は、隣の席になった時から信用してるわ」
浮竹は思わず口を押さえた。
「それは嬉しいな……」
「……私もよ………」
千草の言葉の真意は、浮竹には分からなかった。
 だが、二人を包む空気が、何か変化しているのは分かった。二人は目を合わせず、雅楽の音に聞き入った。
 千草が動く気配がして横目で見ると、千草自身の手を握っていた。
 浮竹が握った方だった。
「……前に、浮竹君が京楽君と話せば優しさに気づくって言ったの、覚えてる?」
千草は手を離して、椅子に手をついた。浮竹は千草の手を目で追った。
「ああ、その後、京楽が教室で女の子をたらし込んでた」
浮竹がハハッと笑うと、千草もフフッと笑った。
「ホント、あなたの言う通りイイヤツだったわ。女癖悪いけど」
「人を見る目あるからな、俺は」
「あなたが言うと冗談にならないわね」
「本気さ」
「……出会わせてくれて、ありがとう」
「京楽に?」
「二人に」
「そっか…」
「うん」
また二人は黙って、舞を見つめた。頭は関係のない事を考えていた。
「…私ね」
話し出したのは、また千草だった。浮竹は相槌をうった。
「結婚なんて、したくないの。ずっとこうしていたいなって、思ったの。今、思った……3人で、3人が、友達で居られたら、幸せだと、思うの」
虚ろな千草の目は、婿をとる運命を見ているのか、3人が友達で居続ける未来を思い描いているのかは分からなかった。
 浮竹は、千草の横顔を見つめた。
「………うん。そうだな……俺も、そう思うよ」
浮竹がそういうと、千草は浮竹を見て目を細めて微笑んだ。息を飲む、笑み。
 「おーい、鯖寿司買ったよー」
両手に皿を持ちながら、京楽がやってきた。
 二人は立ち上がって、京楽を迎えた。

 もしここが神社でなければ、千草の願いは叶わずに済んだのかもしれない。
 
 きっと神は、千草に恋をした。
 千草の願いを聞き入れた。
 千草の心が変わらない魔法を、千草にかけた。
 浮竹にも、京楽にも、それは呪いとなって振りかかった。
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