親友の好きな人(京楽 浮竹)
57.不謹慎ながら申しあげます
元柳斎は千草の頭に右手を乗せた。
「いつまでここにおるつもりじゃ、千草。行くべき所があるじゃろう」
千草は驚いたように、元柳斎の足元を見た。
「……元柳斎様。私は、総務官として………」
「ここのお主は、もう役目を果たしたじゃろう」
千草は一度目を瞑り、唇を噛んだ。元柳斎は千草の頭から手をどかし、顎で位置を示した。
「ホレ。行かぬか」
「元柳斎様………」
千草は元柳斎に抱きつき、肩に顔を埋めた。元柳斎は別段驚く事は無く、右手を千草の背中に回した。
「叱ってやれ」
「はい」
千草はもう一度元柳斎を強く抱きしめ、体を離すと、背を向けて駆けていった。
私情を挟んではいけないと思っていたのと、見るのが怖かった。
浮竹が生きているか、死んでいるか、気になっていたが、知りたくなかった。
だが、元柳斎の一言で、希望が持てた。
浮竹は生きている。
千草は早る気持ちを抑えて、浮竹を探した。
向こう側に京楽がいるのを見つけて、千草はそちらに走った。
京楽は体に包帯を巻いた状態で、胡座をかいて座っていた。その後ろに、浮竹は横になっていた。
京楽は目で、側においで、と合図をして、場所を譲った。
「浮竹……君………」
浮竹も、胸部にキツく包帯を巻かれていた。汗をかき、苦しそうに息をして、卯ノ花に治療されていた。
千草は浮竹の頭の横に膝をつき、浮竹の顔を覗き込んだ。
「浮竹君」
もう一度名前を呼ぶと、浮竹がうっすらと目を開けた。
卯ノ花は治療を続けながら、千草を見て頷いた。生きていますよ、なのか、もっと呼びなさい、なのか分からなかったが、千草は顔を更に近づけた。
「浮竹君。聞こえる?」
少し間をおいて、浮竹がゆっくり手をあげた。千草はその手をとって、自分の頬にあてた。
「分かる……?終わったわよ。帰れるのよ」
浮竹は千草の感触を確かめるように、ゆっくり親指を動かし、千草の頬を撫でた。千草も、浮竹の手の甲を親指で撫でた。
「………生きててよかった………もう、駄目かと………」
千草はまた、泣き出した。渦中は感情を殺していたせいか、緊張の糸が切れた反動でボロボロ泣いた。
「………ごめん…………」
消えそうな声で浮竹が呟いた。だが、先より確実に回復している様子だった。
浮竹は指で、何回でも千草の涙を拭った。
「……泣くな。大丈夫だから………」
少しずつ回復してきたのか、浮竹が少しずつ小さな声で喋りだした。だが、千草の涙は止まらなかった。
周りは浮竹の様子を見たそうだったが、近寄れない雰囲気に、遠目で見ることしかできなかった。
「…………今まで、総務は戦わなくていいよなって思ってた時期があったんだけどよ」
ヤブから棒に檜佐木が話だし、射場と一角がそっちを見た。
「戦った方が楽だわ」
「ったりめーだ」
一角が檜佐木から目をはずし、千草の背中を見た。
「周りが全員死んでからしか戦えねえなんて、辛えだけでなんも楽しくねえよ」
千草が泣き止んだ頃に、浮竹が体を起こせるまで回復した。
浮竹は申し訳なさそうに千草を見ながら、一回口を開けたが、また閉じて、涙を拭う千草の手を取った。その手をじっと見つめてから、浮竹は千草の目を見据えた。千草も自然と目が合った。
「結婚しよう」
傷ついた体で、しかしハッキリと浮竹は言った。卯ノ花や京楽だけでなく、周りにいた一角や檜佐木や狛村や射場まで聞こえた。千草は固まっていたし、周りも同じように、時間が止まったかのように固まっていた。全員が聞き間違えかと思った。
こんな時に何を言っているんだ。
「こんな時に、と思うかもしれないが」
かもしれないじゃない、思っているんだよ。
「死にかけて、初めて、千草に何も残せずに死にたくないと思ったんだ。お前だけを愛してた証拠を残したい。結婚してくれ」
恥ずかしげもなく愛の言葉を発する浮竹に、本人より周りがむず痒くなった。千草といえば、放心状態で浮竹を見ていた。
全員が千草の返事を待っていた。
「…………駄目か?」
不安げに浮竹が千草の顔を覗き込むと、千草は急に真顔になった。
「本人に言って」
あ。と浮竹が言うか言わないかの間に千草が消えた。いきなり千草が消えたものだから、周りは唖然としていた。
空を掴む手を見つめながら浮竹がため息をつくと、京楽が背中に手を置いてきた。
「いい返事が貰えそうじゃない」
浮竹は苦笑いで返した。
よいしょ、と京楽は浮竹の横に腰をおろし、まだ空を掴んでいる浮竹の手を見た。
「……変わらないでいてくれるかい?」
浮竹はハッとして京楽を見た。
「僕は、君達の仲に入っていってもいいだろうか」
「何を言ってる」
「3人でいたいんだ」
「当たり前だ」
京楽は寂しそうに笑い、うつむいた。
「良かったよ。君が、決断できて」
言葉とは裏腹に、寂しそうな京楽を見て、浮竹は何と声をかけていいか分からなかった。
二人はただ並んで、崩れた街を眺めていた。
一方で、総務にいた千草は顔を覆って俯いていた。
「総務官?」
七緒が心配そうに千草を見たが、千草は答えずに、ただ俯くだけだった。
耳も、首も、真っ赤になっていた。
元柳斎は千草の頭に右手を乗せた。
「いつまでここにおるつもりじゃ、千草。行くべき所があるじゃろう」
千草は驚いたように、元柳斎の足元を見た。
「……元柳斎様。私は、総務官として………」
「ここのお主は、もう役目を果たしたじゃろう」
千草は一度目を瞑り、唇を噛んだ。元柳斎は千草の頭から手をどかし、顎で位置を示した。
「ホレ。行かぬか」
「元柳斎様………」
千草は元柳斎に抱きつき、肩に顔を埋めた。元柳斎は別段驚く事は無く、右手を千草の背中に回した。
「叱ってやれ」
「はい」
千草はもう一度元柳斎を強く抱きしめ、体を離すと、背を向けて駆けていった。
私情を挟んではいけないと思っていたのと、見るのが怖かった。
浮竹が生きているか、死んでいるか、気になっていたが、知りたくなかった。
だが、元柳斎の一言で、希望が持てた。
浮竹は生きている。
千草は早る気持ちを抑えて、浮竹を探した。
向こう側に京楽がいるのを見つけて、千草はそちらに走った。
京楽は体に包帯を巻いた状態で、胡座をかいて座っていた。その後ろに、浮竹は横になっていた。
京楽は目で、側においで、と合図をして、場所を譲った。
「浮竹……君………」
浮竹も、胸部にキツく包帯を巻かれていた。汗をかき、苦しそうに息をして、卯ノ花に治療されていた。
千草は浮竹の頭の横に膝をつき、浮竹の顔を覗き込んだ。
「浮竹君」
もう一度名前を呼ぶと、浮竹がうっすらと目を開けた。
卯ノ花は治療を続けながら、千草を見て頷いた。生きていますよ、なのか、もっと呼びなさい、なのか分からなかったが、千草は顔を更に近づけた。
「浮竹君。聞こえる?」
少し間をおいて、浮竹がゆっくり手をあげた。千草はその手をとって、自分の頬にあてた。
「分かる……?終わったわよ。帰れるのよ」
浮竹は千草の感触を確かめるように、ゆっくり親指を動かし、千草の頬を撫でた。千草も、浮竹の手の甲を親指で撫でた。
「………生きててよかった………もう、駄目かと………」
千草はまた、泣き出した。渦中は感情を殺していたせいか、緊張の糸が切れた反動でボロボロ泣いた。
「………ごめん…………」
消えそうな声で浮竹が呟いた。だが、先より確実に回復している様子だった。
浮竹は指で、何回でも千草の涙を拭った。
「……泣くな。大丈夫だから………」
少しずつ回復してきたのか、浮竹が少しずつ小さな声で喋りだした。だが、千草の涙は止まらなかった。
周りは浮竹の様子を見たそうだったが、近寄れない雰囲気に、遠目で見ることしかできなかった。
「…………今まで、総務は戦わなくていいよなって思ってた時期があったんだけどよ」
ヤブから棒に檜佐木が話だし、射場と一角がそっちを見た。
「戦った方が楽だわ」
「ったりめーだ」
一角が檜佐木から目をはずし、千草の背中を見た。
「周りが全員死んでからしか戦えねえなんて、辛えだけでなんも楽しくねえよ」
千草が泣き止んだ頃に、浮竹が体を起こせるまで回復した。
浮竹は申し訳なさそうに千草を見ながら、一回口を開けたが、また閉じて、涙を拭う千草の手を取った。その手をじっと見つめてから、浮竹は千草の目を見据えた。千草も自然と目が合った。
「結婚しよう」
傷ついた体で、しかしハッキリと浮竹は言った。卯ノ花や京楽だけでなく、周りにいた一角や檜佐木や狛村や射場まで聞こえた。千草は固まっていたし、周りも同じように、時間が止まったかのように固まっていた。全員が聞き間違えかと思った。
こんな時に何を言っているんだ。
「こんな時に、と思うかもしれないが」
かもしれないじゃない、思っているんだよ。
「死にかけて、初めて、千草に何も残せずに死にたくないと思ったんだ。お前だけを愛してた証拠を残したい。結婚してくれ」
恥ずかしげもなく愛の言葉を発する浮竹に、本人より周りがむず痒くなった。千草といえば、放心状態で浮竹を見ていた。
全員が千草の返事を待っていた。
「…………駄目か?」
不安げに浮竹が千草の顔を覗き込むと、千草は急に真顔になった。
「本人に言って」
あ。と浮竹が言うか言わないかの間に千草が消えた。いきなり千草が消えたものだから、周りは唖然としていた。
空を掴む手を見つめながら浮竹がため息をつくと、京楽が背中に手を置いてきた。
「いい返事が貰えそうじゃない」
浮竹は苦笑いで返した。
よいしょ、と京楽は浮竹の横に腰をおろし、まだ空を掴んでいる浮竹の手を見た。
「……変わらないでいてくれるかい?」
浮竹はハッとして京楽を見た。
「僕は、君達の仲に入っていってもいいだろうか」
「何を言ってる」
「3人でいたいんだ」
「当たり前だ」
京楽は寂しそうに笑い、うつむいた。
「良かったよ。君が、決断できて」
言葉とは裏腹に、寂しそうな京楽を見て、浮竹は何と声をかけていいか分からなかった。
二人はただ並んで、崩れた街を眺めていた。
一方で、総務にいた千草は顔を覆って俯いていた。
「総務官?」
七緒が心配そうに千草を見たが、千草は答えずに、ただ俯くだけだった。
耳も、首も、真っ赤になっていた。