このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

親友の好きな人(京楽 浮竹)

57.不謹慎ながら申しあげます

 元柳斎は千草の頭に右手を乗せた。
「いつまでここにおるつもりじゃ、千草。行くべき所があるじゃろう」
千草は驚いたように、元柳斎の足元を見た。
「……元柳斎様。私は、総務官として………」
「ここのお主は、もう役目を果たしたじゃろう」
千草は一度目を瞑り、唇を噛んだ。元柳斎は千草の頭から手をどかし、顎で位置を示した。
「ホレ。行かぬか」
「元柳斎様………」
千草は元柳斎に抱きつき、肩に顔を埋めた。元柳斎は別段驚く事は無く、右手を千草の背中に回した。
「叱ってやれ」
「はい」
千草はもう一度元柳斎を強く抱きしめ、体を離すと、背を向けて駆けていった。

 私情を挟んではいけないと思っていたのと、見るのが怖かった。
 浮竹が生きているか、死んでいるか、気になっていたが、知りたくなかった。
 だが、元柳斎の一言で、希望が持てた。
 浮竹は生きている。
 千草は早る気持ちを抑えて、浮竹を探した。
 向こう側に京楽がいるのを見つけて、千草はそちらに走った。
 京楽は体に包帯を巻いた状態で、胡座をかいて座っていた。その後ろに、浮竹は横になっていた。
 京楽は目で、側においで、と合図をして、場所を譲った。
「浮竹……君………」
浮竹も、胸部にキツく包帯を巻かれていた。汗をかき、苦しそうに息をして、卯ノ花に治療されていた。
 千草は浮竹の頭の横に膝をつき、浮竹の顔を覗き込んだ。
「浮竹君」
もう一度名前を呼ぶと、浮竹がうっすらと目を開けた。
 卯ノ花は治療を続けながら、千草を見て頷いた。生きていますよ、なのか、もっと呼びなさい、なのか分からなかったが、千草は顔を更に近づけた。
「浮竹君。聞こえる?」
少し間をおいて、浮竹がゆっくり手をあげた。千草はその手をとって、自分の頬にあてた。
「分かる……?終わったわよ。帰れるのよ」
浮竹は千草の感触を確かめるように、ゆっくり親指を動かし、千草の頬を撫でた。千草も、浮竹の手の甲を親指で撫でた。
「………生きててよかった………もう、駄目かと………」
千草はまた、泣き出した。渦中は感情を殺していたせいか、緊張の糸が切れた反動でボロボロ泣いた。
「………ごめん…………」
消えそうな声で浮竹が呟いた。だが、先より確実に回復している様子だった。
 浮竹は指で、何回でも千草の涙を拭った。
「……泣くな。大丈夫だから………」
少しずつ回復してきたのか、浮竹が少しずつ小さな声で喋りだした。だが、千草の涙は止まらなかった。
 周りは浮竹の様子を見たそうだったが、近寄れない雰囲気に、遠目で見ることしかできなかった。
「…………今まで、総務は戦わなくていいよなって思ってた時期があったんだけどよ」
ヤブから棒に檜佐木が話だし、射場と一角がそっちを見た。
「戦った方が楽だわ」
「ったりめーだ」
一角が檜佐木から目をはずし、千草の背中を見た。
「周りが全員死んでからしか戦えねえなんて、辛えだけでなんも楽しくねえよ」

 千草が泣き止んだ頃に、浮竹が体を起こせるまで回復した。
 浮竹は申し訳なさそうに千草を見ながら、一回口を開けたが、また閉じて、涙を拭う千草の手を取った。その手をじっと見つめてから、浮竹は千草の目を見据えた。千草も自然と目が合った。
「結婚しよう」
傷ついた体で、しかしハッキリと浮竹は言った。卯ノ花や京楽だけでなく、周りにいた一角や檜佐木や狛村や射場まで聞こえた。千草は固まっていたし、周りも同じように、時間が止まったかのように固まっていた。全員が聞き間違えかと思った。
 こんな時に何を言っているんだ。
「こんな時に、と思うかもしれないが」
かもしれないじゃない、思っているんだよ。
「死にかけて、初めて、千草に何も残せずに死にたくないと思ったんだ。お前だけを愛してた証拠を残したい。結婚してくれ」
恥ずかしげもなく愛の言葉を発する浮竹に、本人より周りがむず痒くなった。千草といえば、放心状態で浮竹を見ていた。
 全員が千草の返事を待っていた。
「…………駄目か?」
不安げに浮竹が千草の顔を覗き込むと、千草は急に真顔になった。
「本人に言って」
あ。と浮竹が言うか言わないかの間に千草が消えた。いきなり千草が消えたものだから、周りは唖然としていた。
 空を掴む手を見つめながら浮竹がため息をつくと、京楽が背中に手を置いてきた。
「いい返事が貰えそうじゃない」
浮竹は苦笑いで返した。
 よいしょ、と京楽は浮竹の横に腰をおろし、まだ空を掴んでいる浮竹の手を見た。
「……変わらないでいてくれるかい?」
浮竹はハッとして京楽を見た。
「僕は、君達の仲に入っていってもいいだろうか」
「何を言ってる」
「3人でいたいんだ」
「当たり前だ」
京楽は寂しそうに笑い、うつむいた。
「良かったよ。君が、決断できて」
言葉とは裏腹に、寂しそうな京楽を見て、浮竹は何と声をかけていいか分からなかった。
 二人はただ並んで、崩れた街を眺めていた。

 一方で、総務にいた千草は顔を覆って俯いていた。
「総務官?」
七緒が心配そうに千草を見たが、千草は答えずに、ただ俯くだけだった。
 耳も、首も、真っ赤になっていた。
57/66ページ
スキ