このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

親友の好きな人(京楽 浮竹)

56.何を話そうか
 
 技術開発局に藍染だったものを届けた千草は、その足で現世にいる元柳斎のもとに向かった。

 レプリカの町の瓦礫の山の中に、隊長格達が集まって治療を受けていた。
 全体を見渡せる、一番高い瓦礫の上に元柳斎はいた。
「元柳斎様」
千草は駆け足で瓦礫を登った。
「千草」
元柳斎に名前を呼ばれ、千草は湧き上がる感情を押し殺す為に顔をしかめた。近くに行き、改めて左腕を無くした元柳斎を目の前にすると、言葉がでなかった。
「どうなった」
元柳斎は、怪我など無いかのように平然とした態度で千草に聞いた。千草は一度何かを飲み込み、声を振り絞った。
「……黒崎一護によって弱体化した藍染を、浦原喜助が封印しました。先程私が藍染を技術開発局に運んだ所です」
「そうか………儂らでは、どうしようも無かったという事じゃな………」
「意味はありました」
「慰めはよい」
元柳斎が千草を見ると、千草は無表情のまま、涙を流していた。
 先まで、普通に話していたというのに。

 本物の空座町にいる千草は、返事の無い市丸ギンに話しかけていた。
「この子なのね、市丸君。何もかもを騙したのは、この子を守るため?」
「……総、務官………?」
息も切れ切れな状態で、乱菊は朦朧としながら千草を見上げた。
 千草は乱菊の隣にしゃがみ、乱菊の頭を抱きしめた。
「百年前、彼に友達はいるのか聞いたの。そうしたら、要らないって言ったのよ。大切な子が一人いればいいって……」
千草の言葉を聞いて、乱菊はまた嗚咽をもらした。
「百年、機を、伺っていたのね……誰を、何を犠牲にしても………」
千草の頭の中には、百年前の小さな市丸がいた。
 無垢な笑顔でケラケラ笑い、子どもらしい笑顔で、行動で、甘えで、周りを巻き込んでいた市丸。あの頃から、この日を覚悟していたのか。あんな小さな体で、どれだけの苦悩を、悲しみを背負ってきたのだろうか。普通の少年として生きていく道もあったろうに、彼は、藍染を殺す為に、全てを捨てたのだ。信用も、友情も、安寧も求めずに。
 泣きじゃくる乱菊の頬に、温かいものがあたった。ぼやける目で見上げると、千草が泣いていた。放心した顔で、瞳から涙が流れ続けていた。

 総務にいる本体も泣いていた。
 千草の霊力を補給していた七緒は、目をつぶる千草のまつ毛の間から、涙が流れるのを見た。


 市丸の側で涙を流す千草達の元に四番隊が到着し、最初に市丸の様子を見た。だが、すぐに顔をしかめ、カバンから通信機を取り出した。
「元三番隊隊長、市丸ギン、死亡を確認しました」


 元柳斎の目の前の千草は、表情を変えず泣いていた。
「どうした」
元柳斎が訝しげに聞いたが、千草は宙を見るばかりで答えない。
「何があった。お主らしくも無い」
千草は人差し指で涙を拭い、元柳斎を見た。
「市丸ギンの死亡が確認されました。殉職です」
元柳斎だけでなく、少し離れた場所にいた吉良も、目を見開いて千草を見た。
 元柳斎の質問を待たず、千草は続けた。
「彼は、藍染を殺そうとして、反撃に合いました。ずっと、藍染を殺す機会を伺っていたようです。藍染だけでなく、我々をも騙して」
「………そうか。だが、何故泣く。市丸ギンに何か特別な情でもあったか」
「いえ、ありません」
千草はすぐさま反論した。
「ですが、私にとって、彼は小さな子どもでした。子どもが、殺しを目的に生きてきたのが、耐えられない程辛いのです」


 四番隊士は通信を終えると、担架を2つ呼んだ。
市丸が連れていかれると悟った乱菊は、市丸に覆いかぶさった。
「いや……!連れて行かないで!!ギン!!!ギン!!!一緒にいてよ!!!!」
乱菊の姿を見た四番隊士は驚き、うろたえた。
「松本副隊長……!!おどきください……」
四番隊士が乱菊の肩を掴んだが、乱菊に振払われた。
「何で一緒にいられないのよ!!!うああああああああああ!!!」
普段では絶対に見せないであろう半狂乱で、乱菊は市丸にすがり付き、叫喚した。
 どうしようか、と四番隊士がオロオロしていると、千草に肩を掴まれた。
「私が」
千草は泣き喚く乱菊の背中に、そっと手を置いた。
「……一緒に暮らした場所に、行く……?」
乱菊は市丸の服を掴んだまま、横目で千草を見て、歯を食いしばりながら頷いた。

 市丸と乱菊は別々の担架に乗せられたが、乱菊はずっと市丸の左手を握っていた。移動をしながら、乱菊は治療を受けた。
 動かない市丸に向かって、乱菊は泣きながら笑い、話しかけていた。
「ギン……ギン、帰ろ。……一緒に帰るよ……私達の、家に………」
千草は二人に並んで、一緒に歩いた。
「ギン…………長い散歩だったね……………」


 流魂街にある市丸と乱菊が暮らした家は、今では屋根が朽ち果て、柱が残るだけの廃屋だった。
 四番隊士に指示し、担架ごと廃屋の中に入れさせた。
 横になったままの乱菊に、千草は優しく声をかけた。
「一刻後に、迎えに来るわね」
乱菊は黙って微笑み、了承した。
 千草達は少し離れた場所で、時間を潰した。四番隊士達は、気まずそうにソワソワしていた。
「大丈夫よ。あなた達に責任は無いわ。全て私が指示した事だから」
「で、ですが………」
「総隊長には報告済みよ」


「勝手な事を………」
レプリカにいる千草は、元柳斎に叱られていた。千草は膝をついて、俯いていた。
「…申し訳ありません。今、流魂街に向かっています」
指示を変える気の無い千草に、元柳斎はため息を漏らした。
「お主の頑固には儂も打つ手が無いわい」
千草は黙って聞いていた。
「………今後の働き次第で、今回の独断は不問としよう」
元柳斎の目線の先には、ヴァイザードがいた。
56/66ページ
スキ