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親友の好きな人(京楽 浮竹)

50.現世の死神

 一護が現世に帰って来た翌日、千草は現世に向かった。

 子ども達が学校に行き、黒崎一心は仕事場に一人でいた。すると、病院の扉が開いた音がして、患者が来たかと、そちらに向かった。
 だが、患者はいなかった。
 そこにはかつての先輩、横山千草が、現世の服を着て立っていた。姿が、30年前と全く変わっておらず、直ぐに分かった。
「…横山、総務官……」
一心は御艇に何も告げずに姿をくらました。脱走と同じで、本来なら監理隊に捕らえられてもおかしくない状況だ。いつもはふざけている一心だが、この時ばかりはふざける余裕が無かった。
「俺を、捕まえに……?」
一心は千草を警戒して、足を引いた。千草の表情は変わらない。
「だったらどうする?」
試すような口調だ。
「申し訳ありませんが、俺には子ども達がいる。戦う事も、みすみす捕まる事も、できません」
千草はしばらくジッと一心を見て、両手を上げた。
「私と戦う気が無いならいいわ」
「……へ?」
一心は間の抜けた声を出した。
 千草は両手を下ろし、待合室のソファに座った。
「……あなたの息子さんと、そのお友達が精霊艇に侵入したから、家族や友人を調べさせてもらったの。そうしたら、一護君の父親、あなたの戸籍が全て偽装だったから、あなたをしばらく観察していたわ」
「……そう、ですか。気づきませんでしたよ、全然」
「全く霊力が無いの?」
「いえ、この義垓に入っている時だけですけど、出たらバレるんで」
「浦原君ね。大体は聞いたわ。奥さんを虚化から救ったって。それで御艇から足抜けして……監理隊に捕まっても文句言えないわよ」
「……俺は、どうなるんでしょうか」
「本来なら、連れ帰って処罰だけど、今は事情が事情でね。御艇は一人でも多くの戦力が欲しいの。元隊長となれば、尚更ね」
「……藍染と戦え、と?」
「…ええ」
一心はポケットに手を突っ込み、考える素振りを見せた。
「…嫌だと言ったら?」
「引っ捕らえて連れて行く」
一心はため息をつき、両手を上げた。
「……娘達を独り立ちさせるまでは、帰る気は無いんで」
「交渉成立ね」
千草は立ち上がり、カバンから司令書と代行証を出した。
「あなたの死神の力の行使を許可するわ。御艇に籍は無いけど、戻りたければいつでも」
「……うす。雑魚虚には手出さないでいいんスよね?」
「ええ。車谷君か、あなたの息子さんがやるでしょう。あなたは対藍染に向けて、体をほぐしておいて」
「へい。そういや、俺の後釜ってどうなったんスか?」
「日番谷冬獅郎君が隊長になったわ。松本さんは副隊長を続投中よ」
「乱菊はまだ副隊長かよ!!アイツやる気ねえなぁ!!!」
「………二人とも、随分傷心していたそうよ」
笑う一心に向かって千草は冷たく言い放ち、一心の笑いが止んだ。
「人を助ける為、とは聞こえの良い美談だけど、あなたが自分に酔ってる裏で、大勢が傷つき、苦労したのを忘れないで」
「酔ってなんか」
「子どもを作ったのが、証拠よ。自分が罪人だったと考えなかった訳では無いでしょ」
千草は必要以上にイライラしている様に見えた。その理由は、一心には分からなかった。
「すいません、何か…。確かに俺はアホだったと思いますが、息子や娘には関係無い話なんで、黙っといてもらえませんかね……」
一心が謝ると、千草は自分を抑えるように深呼吸をして、また冷静な目で一心を見た。
「……義垓から抜けたいなら、代行証を使って。何か用事があれば、浦原君に伝えてね……」
一心を見ずに伝えると、千草はカバンを持ち直して、扉に向かった。
 一心は司令書と代行証を手に持って振ったが、千草は一心を横目で見るだけで、手を振り返すこともなく、黒崎医院から出て行った。

 義垓を返す為に浦原商店に向かっている途中で、千草は大きくため息をついた。
「……八つ当たりにも程があるわ……」
貴族の立場も、隊長の立場も全てを捨てて、好きな人と結ばれ、家族を作った一心が、千草は心底羨ましく、妬ましかった。
 以前に納得はしたが、千草は未だに子どもを作る事を夢見てしまう事がある。無理だと分かっていても……。せめて籍を入れて、愛し合った証拠を残したい……。そう願ってしまうのだ。
 だが、子どもが作れなくて悲しみ、責任を感じるのは、千草では無く、浮竹だ。そう思うと、切り出せなかった。


 「勧誘、うまく行きましたぁ?」
 商店に戻ると、浦原が相変わらずの間の抜けた声で聞いてきた。
「ええ……乗り気では無かったけどね。彼、もう完璧人間だわ。家族の事しか考えてない」
義垓を脱ぎながら、千草は愚痴とも取れる報告をした。浦原は扇子で口元を隠し、千草から目をそらした。
「……まあ、一心さんは、アタシらと違って、復讐の為に現世にいるんじゃありませんからねぇ…」
千草は浦原を見つめ、小さく、そうね、と呟いた。
「……それにしても、あなた義垓に生殖能力も付けれるのね」
「おや。そちらの会話もイケる口ですか。どうです、浮竹隊長との現世デート用義垓作りましょうか?」
浦原はフザケて言ったつもりだったが、千草は真剣な顔つきだった。
「良い値で買うわ」
「……即決ですか。漢らしい………」
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