親友の好きな人(京楽 浮竹)
48.市丸ギンの大切な子
通常業務に加えて、精霊艇修繕に旅禍組の世話など、千草のやる事は山のようにあった。
五番隊は隊長格2名が不在になり、本来なら千草が五番隊隊長業務を振り分けて回さないといけないが、日番谷が全て受け持ってくれ、かなり助かった。
何かお礼でもしようかと茶菓子を買い、十番隊に持って行くと、日番谷は不在で、松本乱菊だけが机に向かっていた。
「あれ?総務官。どうしました?」
あの飲み会の日から、乱菊はかなりラフに千草に接してくれるようになった。
千草は前まで、乱菊を軽薄な女だと思っていたが、他人に気を使わせない彼女の人柄に、敬意を抱くようになった。
「五番隊の業務を引き取って貰ったから、少しばかりお礼がしたくて」
千草はそう言って、茶菓子を差し出した。それを見た途端、乱菊の目が輝き、筆を放り出した。
「やったあ!お茶にしよ!休憩休憩!総務官もどうですか?」
自分が渡した菓子を隊長より先に食べていいのか、と少し思ったが、楽しげな乱菊の顔を見ていたら、もうしばらくここに留まりたくなり、千草は乱菊の誘いを受けた。
「……じゃあ一杯だけ、いただくわ」
「そうこなくっちゃ」
乱菊にお茶を入れてもらい、二人はソファに向かい合って座った。
「私、総務官に嫌われてると思ってました」
唐突に乱菊が言い放ち、千草は目を見開いた。
「というか、女が嫌いだと思ってました」
ああ、そうか……。と千草は納得し、自分を落ち着かせる為にお茶を一口飲んだ。
「そうね……半分正解。女も嫌いだったけど、男も嫌いだったわ」
言葉の内容の割に千草は落ち着いており、それは千草の中で完璧に過去になっているのだと、乱菊は感じた。
「苦労されたんですね」
乱菊の言葉に、千草は再び目を見開いた。
女からそんな事を言ってもらったのは、初めてだった。
「……傲慢だと思われるかも知れないけど……分かってくれるのね。嬉しいわ。あなたも、そうなの?」
「ゴチャゴチャ言われた事はありますけど、そんな奴の為に悲しんだり、交友関係狭めたりするの嫌じゃないっすか」
乱菊はニカッと笑い、拳を握ってみせた。千草は感心して、乱菊を見つめた。
彼女が学友だったら、どれだけ良かっただろう……。
「………あなたの友達は、幸せね」
乱菊を褒めるつもりで言ったのに、何故か乱菊は悲しげな顔をした。千草は何か失言をしたのか、と心配になった。
「ごめんなさい。何か気に触ったかしら……」
「え?あ、いや。私、変な顔してました?」
乱菊は慌てて愛想笑いをして、ごまかそうとしたが、無理をしているのがありありとわかった。
「……友達と、何かあった?」
千草の質問は図星だったらしく、乱菊の口元は笑ったまま、目は憂いを帯びて机をじっと見た。
「………総務官……」
「うん」
「ギンは……市丸隊長は………極刑になりますか?」
その時、千草は自分の記憶の糸をたぐり、乱菊と市丸の関係を思い出した。
そうだ。この二人は同期だったわ。名簿に載っている流魂街の出身地区も一緒だった。隊長と副隊長で同じ地区出身だったから、印象に残っていた。深く聞くのは、野暮かしら。
「……彼が、何をしてきたのか、これから何をするかによるわ」
慰めを言うだけ残酷かと思い、千草は曖昧に答えた。乱菊はまた口元だけで笑って、目を伏せた。
「そうですよね。すみません。変な事聞いて」
「友達の事だもの。気になるのは当然よ」
千草は乱菊を見ずに言って、またお茶を飲んだ。
「彼が心配?」
乱菊は眉間にシワを寄せて、目を泳がせた。
「心…配、というより、何でだろう、って……。昔から、何考えてるか分からなくて、でも誰かの下に就くような奴じゃ無いと思っていたから」
千草は湯呑を机において、ソファにもたれた。
「…まあ、皆思ってる事は一緒よね。引っ捉えて、ぶん殴って、吐かせるしかないわ」
千草の強気な言葉に、乱菊は驚いたように目を丸くし、そうしてまた笑顔が戻ってきた。
「……そうですね。一発殴ってやりましょう」
「頑張りましょうか。お互いに」
「はい」
千草は立ち上がり、乱菊にお茶のお礼を言うと、十番隊から出て行った。
総務への帰り道、千草は100年前の市丸とのやり取りを思い出していた。
ほんの子どもだった市丸が五番隊に入隊し、千草は市丸の事を少なからず気にしていた。
ある日、仕事をサボって一番隊隊舎まで逃げてきた市丸を千草が保護し、迎えがくるまでの間、総務に連れてきてお茶と菓子を与えた事があった。
嬉しそうに菓子を食べる市丸を見ながら、千草は市丸に友達はできたか聞いた。
「そんなんいらん」
菓子を頬張りながら、市丸はさも当然と言う口調で言った。
「……平気な性格なのね」
「ちゃうよ。寂しんぼや、僕は。やけど、一人大事な子ォがおればええ」
市丸の口調からして、家族では無い事が分かったが、ちょうど平子が迎えに来て、それ以上は聞けなかった。それが誰だったのかは、未だに分からない。
「…さ、千草!」
考え事をしていた為、呼ばれていた事に気づかなかった千草は、ハッとして顔を上げた。目の前には、浮竹が立っていた。
「何か考え事か?だいぶ呼んだけど、聞こえて無かったみたいだな」
「…ごめんなさい。何だった?」
「うん…あのな……」
浮竹は言いにくそうに、顔をしかめた。
「代行証を、一護君に渡そうと思うんだが……」
通常業務に加えて、精霊艇修繕に旅禍組の世話など、千草のやる事は山のようにあった。
五番隊は隊長格2名が不在になり、本来なら千草が五番隊隊長業務を振り分けて回さないといけないが、日番谷が全て受け持ってくれ、かなり助かった。
何かお礼でもしようかと茶菓子を買い、十番隊に持って行くと、日番谷は不在で、松本乱菊だけが机に向かっていた。
「あれ?総務官。どうしました?」
あの飲み会の日から、乱菊はかなりラフに千草に接してくれるようになった。
千草は前まで、乱菊を軽薄な女だと思っていたが、他人に気を使わせない彼女の人柄に、敬意を抱くようになった。
「五番隊の業務を引き取って貰ったから、少しばかりお礼がしたくて」
千草はそう言って、茶菓子を差し出した。それを見た途端、乱菊の目が輝き、筆を放り出した。
「やったあ!お茶にしよ!休憩休憩!総務官もどうですか?」
自分が渡した菓子を隊長より先に食べていいのか、と少し思ったが、楽しげな乱菊の顔を見ていたら、もうしばらくここに留まりたくなり、千草は乱菊の誘いを受けた。
「……じゃあ一杯だけ、いただくわ」
「そうこなくっちゃ」
乱菊にお茶を入れてもらい、二人はソファに向かい合って座った。
「私、総務官に嫌われてると思ってました」
唐突に乱菊が言い放ち、千草は目を見開いた。
「というか、女が嫌いだと思ってました」
ああ、そうか……。と千草は納得し、自分を落ち着かせる為にお茶を一口飲んだ。
「そうね……半分正解。女も嫌いだったけど、男も嫌いだったわ」
言葉の内容の割に千草は落ち着いており、それは千草の中で完璧に過去になっているのだと、乱菊は感じた。
「苦労されたんですね」
乱菊の言葉に、千草は再び目を見開いた。
女からそんな事を言ってもらったのは、初めてだった。
「……傲慢だと思われるかも知れないけど……分かってくれるのね。嬉しいわ。あなたも、そうなの?」
「ゴチャゴチャ言われた事はありますけど、そんな奴の為に悲しんだり、交友関係狭めたりするの嫌じゃないっすか」
乱菊はニカッと笑い、拳を握ってみせた。千草は感心して、乱菊を見つめた。
彼女が学友だったら、どれだけ良かっただろう……。
「………あなたの友達は、幸せね」
乱菊を褒めるつもりで言ったのに、何故か乱菊は悲しげな顔をした。千草は何か失言をしたのか、と心配になった。
「ごめんなさい。何か気に触ったかしら……」
「え?あ、いや。私、変な顔してました?」
乱菊は慌てて愛想笑いをして、ごまかそうとしたが、無理をしているのがありありとわかった。
「……友達と、何かあった?」
千草の質問は図星だったらしく、乱菊の口元は笑ったまま、目は憂いを帯びて机をじっと見た。
「………総務官……」
「うん」
「ギンは……市丸隊長は………極刑になりますか?」
その時、千草は自分の記憶の糸をたぐり、乱菊と市丸の関係を思い出した。
そうだ。この二人は同期だったわ。名簿に載っている流魂街の出身地区も一緒だった。隊長と副隊長で同じ地区出身だったから、印象に残っていた。深く聞くのは、野暮かしら。
「……彼が、何をしてきたのか、これから何をするかによるわ」
慰めを言うだけ残酷かと思い、千草は曖昧に答えた。乱菊はまた口元だけで笑って、目を伏せた。
「そうですよね。すみません。変な事聞いて」
「友達の事だもの。気になるのは当然よ」
千草は乱菊を見ずに言って、またお茶を飲んだ。
「彼が心配?」
乱菊は眉間にシワを寄せて、目を泳がせた。
「心…配、というより、何でだろう、って……。昔から、何考えてるか分からなくて、でも誰かの下に就くような奴じゃ無いと思っていたから」
千草は湯呑を机において、ソファにもたれた。
「…まあ、皆思ってる事は一緒よね。引っ捉えて、ぶん殴って、吐かせるしかないわ」
千草の強気な言葉に、乱菊は驚いたように目を丸くし、そうしてまた笑顔が戻ってきた。
「……そうですね。一発殴ってやりましょう」
「頑張りましょうか。お互いに」
「はい」
千草は立ち上がり、乱菊にお茶のお礼を言うと、十番隊から出て行った。
総務への帰り道、千草は100年前の市丸とのやり取りを思い出していた。
ほんの子どもだった市丸が五番隊に入隊し、千草は市丸の事を少なからず気にしていた。
ある日、仕事をサボって一番隊隊舎まで逃げてきた市丸を千草が保護し、迎えがくるまでの間、総務に連れてきてお茶と菓子を与えた事があった。
嬉しそうに菓子を食べる市丸を見ながら、千草は市丸に友達はできたか聞いた。
「そんなんいらん」
菓子を頬張りながら、市丸はさも当然と言う口調で言った。
「……平気な性格なのね」
「ちゃうよ。寂しんぼや、僕は。やけど、一人大事な子ォがおればええ」
市丸の口調からして、家族では無い事が分かったが、ちょうど平子が迎えに来て、それ以上は聞けなかった。それが誰だったのかは、未だに分からない。
「…さ、千草!」
考え事をしていた為、呼ばれていた事に気づかなかった千草は、ハッとして顔を上げた。目の前には、浮竹が立っていた。
「何か考え事か?だいぶ呼んだけど、聞こえて無かったみたいだな」
「…ごめんなさい。何だった?」
「うん…あのな……」
浮竹は言いにくそうに、顔をしかめた。
「代行証を、一護君に渡そうと思うんだが……」