親友の好きな人(京楽 浮竹)
35.志波海燕
志波海燕の遺体は隊葬には出されず、親族の手で静かに葬られた。
死神は誰一人として出席が許されなかった。
千草は香典を送ったが、送り返された。
親族が憤るのも無理はない。
海燕は死神の手で殺されたのだ。
戦いの最中に血を吐いた浮竹は、それから一ヶ月床に伏した。病から立ち直る気力が、今の彼には無かったのだ。
千草も京楽も、時間が許す限り浮竹を見舞ったが、浮竹は、一人にしてほしい、としか言わなかった。
浮竹を見て千草が気落ちし、千草を見て京楽が悲しんだ。
「千草、僕らまで落ち込んだら、浮竹が戻って来れないよ」
浮竹の家からの帰り道、京楽が優しく千草を諭した。千草はぼんやりと道を見ている。
「……何て声をかけるべきか、分からないわ……」
空っぽの心から滑り出たような声が、京楽に届いた。
「………うん、そうだね」
京楽は笠をかぶり直し、横目で千草を見た。
ぼんやりとした目は、自身の無力さを嘆いているのがありありと分かった。
京楽は大きな手で千草の肩を掴むと、もう片方の手で千草の背中を包んで、抱き寄せた。
「そんな顔しなさんな。千草が悲しむと僕まで悲しくなっちゃう」
京楽は千草の頭に口をつけた。千草の腕は体の横にぶら下がったままで、京楽を抱き返さなかった。
「ねえ、昔僕が落ち込んでた時に、こうして抱きしめてくれたじゃない?お陰で僕、ちゃんと泣けたんだよ」
救われ、そして落とされた過去を、京楽は冷静な声で迎え入れた。千草の肩が動いたのが分かった。
「浮竹はきっと自分を責めてる。悲しむ事さえ、許せずにいるんじゃないかな。ちゃんと悲しませてあげてよ、千草。僕じゃ無理なんだ。僕は男なんか抱きしめたくない」
「…………京楽君…………」
京楽の胸に熱いものが垂れた。多分、千草の涙だ。
千草は京楽の背中に手を回し、しっかりと抱きしめた。友愛の、純粋な包容だった。京楽はちょっとだけ、自分を隠した。
「あなたは……凄いわ………」
「そんな事あ無いさ。僕より凄い奴なんかゴマンといる」
千草は京楽から顔を離し、涙を拭った。京楽の優しい顔を見て、千草の顔に自信が戻った。
「ありがとう、もう一度行ってくる」
「うん。気をつけて」
千草はもと来た道を引き返し、浮竹の家に走って行った。
京楽は千草の背中を見送ると、さっきまで千草を抱きしめていた自分の手を見つめて、笠をかぶり直した。
海燕は最期に、浮竹に感謝を述べた。
それで良かったと思う自分と、全て自分が悪いと言う罪悪感で心がぐちゃぐちゃだった。
浮竹は深い闇に迷い込み、どうしたら立ち直れるのか分からなくなっていた。
「浮竹君」
突然恋人の声がして、ハッとして目を開けると、浮竹の横で千草が心配そうに覗き込んでいた。
「千草……」
「ごめんね、勝手に入ったわ」
そう言って千草は、浮竹の布団に入ってきた。
「寝よ」
「千草…?」
「まずは寝るの。ほら」
千草は浮竹の頭を抱きかかえた。
抱きしめられた温かさで、何故か浮竹の涙腺が緩んだ。
思えば、寝込んでから、千草に抱きしめられるのは初だった。千草は声をかけなければと遠慮し、浮竹は人の温もりを求める自分を許せなかったのだ。お互いに一歩引いていた。
「………手を、離さないでくれ……今、まずいから」
「……うん」
浮竹は涙を千草の袖に染み込ませ、静かに涙を流した。そうしているうちに、知らないうちに眠っていた。久しぶりに、深く眠れた。
体が快方すると、浮竹は志波の家に向かった。
千草にも京楽にも言わずに、一人で来た。
閑散とした野原を歩いていると、一人の女が向こうからやってきた。
「……浮竹、十四郎だな………?」
男勝りな言葉遣いで女は浮竹の名を呼び、海燕似のタレ目で浮竹を睨みつけた。
「そうだ。海燕の妹か?」
「ああ、空鶴だ」
海燕から聞いていた妹の名前と一致し、浮竹はその場で膝をつき頭を下げた。
「すまなかった」
空鶴は、浮竹がする事を黙って見ていた。
「君の兄を一人で戦わせ死なせたのは、俺の責任だ」
「……兄貴は……それを、望んだのか?」
「……………一人で戦いたいと、申し出た」
「何故許した」
浮竹は一呼吸置いて、譲れない持論を口にした。
「誇りを…守らせるためだ」
空鶴はしばらく黙って浮竹を見据え、鼻から大きく息を吸い、フゥーと吐いた。
「兄貴がやりそうな事だ」
空鶴はしゃがんで、浮竹の顔を覗き込んだ。
「もういいから、腰あげろよ」
浮竹は静かに顔を上げ、空鶴の目を見た。そこに怒りは無かった。
「都さんを、兄貴は馬鹿みたいに愛してたんだ。だから、都さんの為に戦えたんなら、兄貴は幸せだったと思う………」
少しだけ、空鶴の声が震えた。
「ありがとな、兄貴を戦わせてくれて。家族として、感謝するよ」
「………ありがとう………」
浮竹と空鶴は互いに手をとり、しっかりと握りあった。それから互いに感謝し合い、その場を後にした。
どれだけ悲しくても時は流れ、食べねば生きられず、仕事をしなければ生活はできない。
浮竹もルキアも、海燕を慕った者全員が重い腰をあげ、日々を生きた。
そうしているうちに、現世の年号が平成に変わり、ルキアは現世任務に抜擢された。
志波海燕の遺体は隊葬には出されず、親族の手で静かに葬られた。
死神は誰一人として出席が許されなかった。
千草は香典を送ったが、送り返された。
親族が憤るのも無理はない。
海燕は死神の手で殺されたのだ。
戦いの最中に血を吐いた浮竹は、それから一ヶ月床に伏した。病から立ち直る気力が、今の彼には無かったのだ。
千草も京楽も、時間が許す限り浮竹を見舞ったが、浮竹は、一人にしてほしい、としか言わなかった。
浮竹を見て千草が気落ちし、千草を見て京楽が悲しんだ。
「千草、僕らまで落ち込んだら、浮竹が戻って来れないよ」
浮竹の家からの帰り道、京楽が優しく千草を諭した。千草はぼんやりと道を見ている。
「……何て声をかけるべきか、分からないわ……」
空っぽの心から滑り出たような声が、京楽に届いた。
「………うん、そうだね」
京楽は笠をかぶり直し、横目で千草を見た。
ぼんやりとした目は、自身の無力さを嘆いているのがありありと分かった。
京楽は大きな手で千草の肩を掴むと、もう片方の手で千草の背中を包んで、抱き寄せた。
「そんな顔しなさんな。千草が悲しむと僕まで悲しくなっちゃう」
京楽は千草の頭に口をつけた。千草の腕は体の横にぶら下がったままで、京楽を抱き返さなかった。
「ねえ、昔僕が落ち込んでた時に、こうして抱きしめてくれたじゃない?お陰で僕、ちゃんと泣けたんだよ」
救われ、そして落とされた過去を、京楽は冷静な声で迎え入れた。千草の肩が動いたのが分かった。
「浮竹はきっと自分を責めてる。悲しむ事さえ、許せずにいるんじゃないかな。ちゃんと悲しませてあげてよ、千草。僕じゃ無理なんだ。僕は男なんか抱きしめたくない」
「…………京楽君…………」
京楽の胸に熱いものが垂れた。多分、千草の涙だ。
千草は京楽の背中に手を回し、しっかりと抱きしめた。友愛の、純粋な包容だった。京楽はちょっとだけ、自分を隠した。
「あなたは……凄いわ………」
「そんな事あ無いさ。僕より凄い奴なんかゴマンといる」
千草は京楽から顔を離し、涙を拭った。京楽の優しい顔を見て、千草の顔に自信が戻った。
「ありがとう、もう一度行ってくる」
「うん。気をつけて」
千草はもと来た道を引き返し、浮竹の家に走って行った。
京楽は千草の背中を見送ると、さっきまで千草を抱きしめていた自分の手を見つめて、笠をかぶり直した。
海燕は最期に、浮竹に感謝を述べた。
それで良かったと思う自分と、全て自分が悪いと言う罪悪感で心がぐちゃぐちゃだった。
浮竹は深い闇に迷い込み、どうしたら立ち直れるのか分からなくなっていた。
「浮竹君」
突然恋人の声がして、ハッとして目を開けると、浮竹の横で千草が心配そうに覗き込んでいた。
「千草……」
「ごめんね、勝手に入ったわ」
そう言って千草は、浮竹の布団に入ってきた。
「寝よ」
「千草…?」
「まずは寝るの。ほら」
千草は浮竹の頭を抱きかかえた。
抱きしめられた温かさで、何故か浮竹の涙腺が緩んだ。
思えば、寝込んでから、千草に抱きしめられるのは初だった。千草は声をかけなければと遠慮し、浮竹は人の温もりを求める自分を許せなかったのだ。お互いに一歩引いていた。
「………手を、離さないでくれ……今、まずいから」
「……うん」
浮竹は涙を千草の袖に染み込ませ、静かに涙を流した。そうしているうちに、知らないうちに眠っていた。久しぶりに、深く眠れた。
体が快方すると、浮竹は志波の家に向かった。
千草にも京楽にも言わずに、一人で来た。
閑散とした野原を歩いていると、一人の女が向こうからやってきた。
「……浮竹、十四郎だな………?」
男勝りな言葉遣いで女は浮竹の名を呼び、海燕似のタレ目で浮竹を睨みつけた。
「そうだ。海燕の妹か?」
「ああ、空鶴だ」
海燕から聞いていた妹の名前と一致し、浮竹はその場で膝をつき頭を下げた。
「すまなかった」
空鶴は、浮竹がする事を黙って見ていた。
「君の兄を一人で戦わせ死なせたのは、俺の責任だ」
「……兄貴は……それを、望んだのか?」
「……………一人で戦いたいと、申し出た」
「何故許した」
浮竹は一呼吸置いて、譲れない持論を口にした。
「誇りを…守らせるためだ」
空鶴はしばらく黙って浮竹を見据え、鼻から大きく息を吸い、フゥーと吐いた。
「兄貴がやりそうな事だ」
空鶴はしゃがんで、浮竹の顔を覗き込んだ。
「もういいから、腰あげろよ」
浮竹は静かに顔を上げ、空鶴の目を見た。そこに怒りは無かった。
「都さんを、兄貴は馬鹿みたいに愛してたんだ。だから、都さんの為に戦えたんなら、兄貴は幸せだったと思う………」
少しだけ、空鶴の声が震えた。
「ありがとな、兄貴を戦わせてくれて。家族として、感謝するよ」
「………ありがとう………」
浮竹と空鶴は互いに手をとり、しっかりと握りあった。それから互いに感謝し合い、その場を後にした。
どれだけ悲しくても時は流れ、食べねば生きられず、仕事をしなければ生活はできない。
浮竹もルキアも、海燕を慕った者全員が重い腰をあげ、日々を生きた。
そうしているうちに、現世の年号が平成に変わり、ルキアは現世任務に抜擢された。