親友の好きな人(京楽 浮竹)
33.妹
小さな黒髪の少女は、彼に似た堅い言葉遣いで、彼女に似た顔で、何も知らずに旅立って行った。
手続きをして、送り出したのは、私だ。
千草は一度だけ、朽木白哉の妻、緋真を見た事がある。
梅が有名な公園を、白夜と二人で歩いていた。こちらはいつもの3人で、梅を見ながら酒を飲んでいた。
普段の白哉なら、挨拶だけしてさっさと通り過ぎただろうが、その時は珍しく3人に妻を紹介した。まるで、自分の全てを妻に知って貰おうとしているかの様に、丁寧に3人を妻に説明していた。
とても印象的な出来事で、千草の目には幸せそうな緋真の顔が輝いて見えた。ずっとその顔が頭から離れなかった。
だが3年後に、彼女は帰らぬ人となった。
白哉の忌引を承認し、連絡を回したのは千草だ。御艇の代表として葬儀にも出た。
葬儀の前に、千草は白哉の所へ挨拶に行った。いつも冷静な白哉も、この時ばかりは憔悴して見えた。あの日の二人の顔が頭に浮かんだ。
千草が口を開く前に、白哉が話し出した。
「緋真には妹がいました」
絞り出す様な声だった。
「名を、ルキアと言います。緋真は生き別れた妹を、探していました。私ごとで申し訳ありませぬが、総務官殿……もしも、霊術院や流魂街でその名を見つけられたら………知らせてはいただけないでしょうか………」
「………個人の情報は流せないわ」
「……………」
白哉は黙って目を閉じた。
「ただ、『友達』にうっかり、話してしまう事はあるかもね………」
千草は囁くように言うと、立ち上がった。
白哉は一度目を開けて千草を見上げてから、床に手をついて頭を下げた。
全死神と霊術院の情報を持っている総務官にしか頼めない事だったのは、よく分かった。
しばらくして千草は、霊術院の在校生の名簿にその名を見つけた。
千草は昼に六番隊を訪れると、隊首室にいる白哉に声をかけた。
「『友達』の朽木君、お昼ご飯を食べに行きましょうか」
千草の呼びかけに、白哉の眉が動いた。
白哉は立ち上がり、千草に近寄った。
「人目の無い所へ……」
「それなら申し訳ないけど、浮竹君を呼ぶわ」
「何故浮竹が?」
「あの人、割とすぐヤキモチ焼くから」
「………好きになされよ」
しばらくして、浮竹が到着し、3人で朽木家御用達の料亭に行った。
店ごと貸し切りにして、人目を避けた。
「霊術院の5回生よ。会いに行くなら、学長に口添えするわ」
「お力添え感謝する。総務官殿……」
白哉は深く頭を下げた。
「……こういうのは、初めてじゃ無いから」
伊勢七緒を見つけ出し、京楽を学長に会わせたのも千草だ。権力の乱用だと言われれば、言い訳できない。
「それで、妹君を見つけ出してどうするんだ白哉」
料理に手をつけながら浮竹が聞いた。
「養子に迎え、朽木を名乗らせる。妹として」
白哉は目を伏せて、浮竹の質問に答えた。
「学校にはそのまま通わせるのか?」
「……緋真とは、妹を守ると約束をした。死神にはさせぬ」
「オイオイ、彼女にも意思があるんだ。囲い込むのと守るのとは意味が違うだろ」
浮竹が白哉をたしなめると、白哉が浮竹を睨み、口出しされた不満をあらわにした。
「……私も、浮竹君が正しいと思うわ。緋真様はそれを喜ぶかしら」
「ならばどうしろと………」
白哉は明らかに不機嫌だった。短気で融通が効かないのは昔のまま変わらない。
浮竹は自分の胸をドンっと叩いた。
「うちの隊に入れよう!俺はなかなか面倒見れないが、海燕は面倒見がいいし、皆仲がいいし」
「それならば、前線に出ない総務か、目の届く我が隊が望ましいが…」
「総務はある程度実績が無いと入れないわよ。それに、あなたは囲い込みそうだから、少し離れなさい」
千草が言い放つと、白哉は黙ってしばらく考えたのち、浮竹の方を向いた。
「……浮竹、よろしく頼む」
「おう!任せろ!」
それから直ぐに白哉がルキアを養子に迎え、十三番隊に入隊したと、千草は浮竹から聞いた。
「どう?ルキアさんは」
ある日、寝込んでいる浮竹の元に千草が見舞いに来た時に、ルキアの事を聞いた。
「うーん、なかなか心を開かないな」
浮竹は横になったまま千草を見た。
「周りも四大貴族だからって緊張してるし……海燕と都と千太郎と清音くらいだな、まともに話せるの……ゴホッゴホッ!まあ、朽木は心開かないけど、ゴホッゴホッゴホッ!!!」
浮竹が咳き込み、千草は浮竹を横に向かせて背中をさすった。
「……ルキアさんから、心を開けるといいわね。せっかく優しい子達がいるのに…」
浮竹は起き上がり、口元を押さえながら、千草を見て微笑んだ。
「昔の千草みたいだな」
「……うん。そうね。だからなのか、やけに気になるわ」
千草は浮竹の背中をさすった。
「今度会ってやってくれよ」
「怖がられるから、やめておくわ」
「案外気が合うかも」
「……だといいけど」
翌日浮竹が出勤した為、千草は様子を見に雨乾堂に行った。
「浮竹君、大丈夫?」
千草が簾を捲ると、中に浮竹と海燕がいた。
「千草。来てくれたのか」
「千草さん、いらっしゃい。お茶いります?」
海燕が自分の家かの様に振る舞い、湯呑に手を伸ばした。
「お構いなく。浮竹君の様子を見に来ただけだから」
千草は海燕の隣に座りながら言った。海燕は浮竹を横目で見ながらニヤついた。
「じゃ、邪魔者は消えますね。千草さん、ごゆっくり」
「ありがとう」
海燕は千草に笑いかけて出て行った。
海燕が出ていくのを見届けると、千草は膝で立って、浮竹の額に自分の額をくっつけた。
「無理してない?」
「してないしてない。熱、無いだろ?」
「……無さそうね」
千草が額を離すと、浮竹が得意げに笑っていた。
「だろ?千草に怒られたくないからな」
千草も呆れたように笑うと、浮竹が千草の腕を掴んで引き寄せ、口付けをした。
「……うつらないからって……」
「もう一回だけ」
「仕事中よ」
だが浮竹は千草の静止を無視して、再び口をつけた。
顔を離した千草はため息をつき、手を胸の前にあげると、デコピンの構えをとった。
「わっ!!それは!!!すまん千草!!悪かった!!!」
浮竹が両腕で顔を庇ったが、千草が手を向けたのは後ろの簾だった。
千草が指を弾くと衝撃波が簾にぶつかり、それと同時に四人の叫び声があがった。
千草は立ち上がり、ツカツカと歩いていくと簾を持ち上げた。そこには先程出て行った海燕に、千太郎、清音に加えてルキアが体を押さえてうずくまっていた。
千草とルキアの初対面だった。
小さな黒髪の少女は、彼に似た堅い言葉遣いで、彼女に似た顔で、何も知らずに旅立って行った。
手続きをして、送り出したのは、私だ。
千草は一度だけ、朽木白哉の妻、緋真を見た事がある。
梅が有名な公園を、白夜と二人で歩いていた。こちらはいつもの3人で、梅を見ながら酒を飲んでいた。
普段の白哉なら、挨拶だけしてさっさと通り過ぎただろうが、その時は珍しく3人に妻を紹介した。まるで、自分の全てを妻に知って貰おうとしているかの様に、丁寧に3人を妻に説明していた。
とても印象的な出来事で、千草の目には幸せそうな緋真の顔が輝いて見えた。ずっとその顔が頭から離れなかった。
だが3年後に、彼女は帰らぬ人となった。
白哉の忌引を承認し、連絡を回したのは千草だ。御艇の代表として葬儀にも出た。
葬儀の前に、千草は白哉の所へ挨拶に行った。いつも冷静な白哉も、この時ばかりは憔悴して見えた。あの日の二人の顔が頭に浮かんだ。
千草が口を開く前に、白哉が話し出した。
「緋真には妹がいました」
絞り出す様な声だった。
「名を、ルキアと言います。緋真は生き別れた妹を、探していました。私ごとで申し訳ありませぬが、総務官殿……もしも、霊術院や流魂街でその名を見つけられたら………知らせてはいただけないでしょうか………」
「………個人の情報は流せないわ」
「……………」
白哉は黙って目を閉じた。
「ただ、『友達』にうっかり、話してしまう事はあるかもね………」
千草は囁くように言うと、立ち上がった。
白哉は一度目を開けて千草を見上げてから、床に手をついて頭を下げた。
全死神と霊術院の情報を持っている総務官にしか頼めない事だったのは、よく分かった。
しばらくして千草は、霊術院の在校生の名簿にその名を見つけた。
千草は昼に六番隊を訪れると、隊首室にいる白哉に声をかけた。
「『友達』の朽木君、お昼ご飯を食べに行きましょうか」
千草の呼びかけに、白哉の眉が動いた。
白哉は立ち上がり、千草に近寄った。
「人目の無い所へ……」
「それなら申し訳ないけど、浮竹君を呼ぶわ」
「何故浮竹が?」
「あの人、割とすぐヤキモチ焼くから」
「………好きになされよ」
しばらくして、浮竹が到着し、3人で朽木家御用達の料亭に行った。
店ごと貸し切りにして、人目を避けた。
「霊術院の5回生よ。会いに行くなら、学長に口添えするわ」
「お力添え感謝する。総務官殿……」
白哉は深く頭を下げた。
「……こういうのは、初めてじゃ無いから」
伊勢七緒を見つけ出し、京楽を学長に会わせたのも千草だ。権力の乱用だと言われれば、言い訳できない。
「それで、妹君を見つけ出してどうするんだ白哉」
料理に手をつけながら浮竹が聞いた。
「養子に迎え、朽木を名乗らせる。妹として」
白哉は目を伏せて、浮竹の質問に答えた。
「学校にはそのまま通わせるのか?」
「……緋真とは、妹を守ると約束をした。死神にはさせぬ」
「オイオイ、彼女にも意思があるんだ。囲い込むのと守るのとは意味が違うだろ」
浮竹が白哉をたしなめると、白哉が浮竹を睨み、口出しされた不満をあらわにした。
「……私も、浮竹君が正しいと思うわ。緋真様はそれを喜ぶかしら」
「ならばどうしろと………」
白哉は明らかに不機嫌だった。短気で融通が効かないのは昔のまま変わらない。
浮竹は自分の胸をドンっと叩いた。
「うちの隊に入れよう!俺はなかなか面倒見れないが、海燕は面倒見がいいし、皆仲がいいし」
「それならば、前線に出ない総務か、目の届く我が隊が望ましいが…」
「総務はある程度実績が無いと入れないわよ。それに、あなたは囲い込みそうだから、少し離れなさい」
千草が言い放つと、白哉は黙ってしばらく考えたのち、浮竹の方を向いた。
「……浮竹、よろしく頼む」
「おう!任せろ!」
それから直ぐに白哉がルキアを養子に迎え、十三番隊に入隊したと、千草は浮竹から聞いた。
「どう?ルキアさんは」
ある日、寝込んでいる浮竹の元に千草が見舞いに来た時に、ルキアの事を聞いた。
「うーん、なかなか心を開かないな」
浮竹は横になったまま千草を見た。
「周りも四大貴族だからって緊張してるし……海燕と都と千太郎と清音くらいだな、まともに話せるの……ゴホッゴホッ!まあ、朽木は心開かないけど、ゴホッゴホッゴホッ!!!」
浮竹が咳き込み、千草は浮竹を横に向かせて背中をさすった。
「……ルキアさんから、心を開けるといいわね。せっかく優しい子達がいるのに…」
浮竹は起き上がり、口元を押さえながら、千草を見て微笑んだ。
「昔の千草みたいだな」
「……うん。そうね。だからなのか、やけに気になるわ」
千草は浮竹の背中をさすった。
「今度会ってやってくれよ」
「怖がられるから、やめておくわ」
「案外気が合うかも」
「……だといいけど」
翌日浮竹が出勤した為、千草は様子を見に雨乾堂に行った。
「浮竹君、大丈夫?」
千草が簾を捲ると、中に浮竹と海燕がいた。
「千草。来てくれたのか」
「千草さん、いらっしゃい。お茶いります?」
海燕が自分の家かの様に振る舞い、湯呑に手を伸ばした。
「お構いなく。浮竹君の様子を見に来ただけだから」
千草は海燕の隣に座りながら言った。海燕は浮竹を横目で見ながらニヤついた。
「じゃ、邪魔者は消えますね。千草さん、ごゆっくり」
「ありがとう」
海燕は千草に笑いかけて出て行った。
海燕が出ていくのを見届けると、千草は膝で立って、浮竹の額に自分の額をくっつけた。
「無理してない?」
「してないしてない。熱、無いだろ?」
「……無さそうね」
千草が額を離すと、浮竹が得意げに笑っていた。
「だろ?千草に怒られたくないからな」
千草も呆れたように笑うと、浮竹が千草の腕を掴んで引き寄せ、口付けをした。
「……うつらないからって……」
「もう一回だけ」
「仕事中よ」
だが浮竹は千草の静止を無視して、再び口をつけた。
顔を離した千草はため息をつき、手を胸の前にあげると、デコピンの構えをとった。
「わっ!!それは!!!すまん千草!!悪かった!!!」
浮竹が両腕で顔を庇ったが、千草が手を向けたのは後ろの簾だった。
千草が指を弾くと衝撃波が簾にぶつかり、それと同時に四人の叫び声があがった。
千草は立ち上がり、ツカツカと歩いていくと簾を持ち上げた。そこには先程出て行った海燕に、千太郎、清音に加えてルキアが体を押さえてうずくまっていた。
千草とルキアの初対面だった。