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親友の好きな人(京楽 浮竹)

32.会いに行かない
 ※少し未来の話
  
 五番隊隊舎の隊首室前に雛森桃はいた。腕には、副官章をつけている。
 雛森は胸に手をあて、一呼吸おいてからドアをノックした。
「藍染隊長。雛森です」
「どうぞ」
男性らしい低音の優しい声がして、雛森は顔を緩ませて隊首室に入った。
「すまないね、仕事中に呼びつけて」
眼鏡をかけた優しい顔の藍染が、本棚の前に立っていた。
「いえ、ちょうど手が空いたところです」
藍染は机の上から一枚の紙を雛森に差し出した。雛森は藍染の側に行き、紙を受け取った。
「昨日の討伐の報告書………。藍染隊長が書いてくださったんですか?わたしが書くべきなのに……」
「ああ、手が空いていたからね。内容を確認してくれるかな」
雛森は、藍染が誤字脱字も乱文もしない事を、今までの経験で知っている。それでも、部下にチェックをお願いする藍染の謙虚な姿勢を雛森は尊敬していた。
「それで、確認が終わったら……」
「はい!総務に持っていきます!ちょうど私もシフト表を持って行く予定でした」
藍染が言い終わる前に、雛森はややくい気味に藍染が言わんとしている事を言った。だが直ぐに後悔して、顔を赤らめて報告書で顔を隠した。
 藍染はあたふたする雛森を見て優しく微笑むと、大きな手を雛森の頭に乗せた。
「ありがとう。助かるよ」
「は、はい!では、失礼します!」
雛森は深く頭を下げると、報告書を胸に抱いて隊首室から出て行った。

 少し歩いた所で雛森は立ち止まり、手すり越しに庭の桜を見た。
「……何でだろう……」
独り言を呟き、ため息をついた。
「どうしたんだよ雛森、悩み事か?」
「檜佐木先輩。どうしたんですか?五番隊に」
後ろを見ると、カメラを首からかけた九番隊副隊長の檜佐木修平がいた。
「ああ、精霊艇通信の桜特集で各隊回ってんだよ。お前は何してんだ?」
「今から総務に行くんです」
「何?!横山総務官の所か?そういや、一番隊の桜も写真に撮らないとなあ!俺も行くぜ」
いかにも白々しく理由を作り上げ、檜佐木が雛森に並んで歩き出した。
 雛森は報告書一枚を持って歩き出した。本当はシフトは昨日提出していた。
「さっきお前、何か一人で言ってなかったか?」
道中檜佐木が雛森に聞いた。雛森は浮かない顔をしている。
「……藍染隊長、総務部をなんとなく避けてる気がするんです。それって、横山総務官が原因なのかなあ、て………」
雛森の言葉に、檜佐木は昔に東仙から言われた言葉を思い出した。

 雛森が副隊長になる前。年度末の会議の後、何か用事があったのか、藍染が千草の所へ行った。
 檜佐木は何となく、藍染と千草の横顔を見ていた。
 千草はいつも通り淡々と話していたが、藍染の顔は何かがいつもと違った。
 話が終わり、藍染は千草から離れ、千草が浮竹に呼ばれてそちらに行くと、藍染が振り返って千草を見たのだ。その顔は、確かに憂いを帯びていた。
 帰り道で、檜佐木は思わず東仙に聞いてしまった。
「藍染隊長って、昔総務官と何かあったんですかね」
東仙は表情を変えず、ゆっくりとその疑問に答えた。
「我々男は、過去に愛した女性から離れられない生き物だよ………」
その返答で、檜佐木は藍染の失恋を知った。

 檜佐木がその出来事を雛森に話すと、雛森は妙に納得した顔をしていた。
「何となく、そうかな、とは思っていたんです」
「藍染隊長を振るなんて、あの人くらいだよな」
「そうですよね。あんなにも綺麗な人だから」
「綺麗だよな〜。めちゃくちゃ怖いけど」
雛森は苦笑いして、檜佐木の言葉を聞かなかった事にした。

 総務部に行くと、ちょうど千草一人で、雛森は千草に直接報告書を渡した。
「……この字、藍染君ね。部下を使わないで自分で持ってきなさいって言っといて」
 千草は報告書を見ながら、冷淡に言い放った。
 横山総務官は、藍染隊長を君付けで呼ぶんだ……。
「えと、藍染隊長は別の仕事で抜けれなくて…それに、本来私がやる仕事でして……」
雛森が苦し紛れの嘘で藍染を庇ったのに気づいたのか、千草の鋭い目が雛森を刺し、雛森の体が硬直した。怯える雛森を見て、千草は一度瞼を閉じた。
「……まあ、あなたがそれでいいならいいわ。所で雛森副隊長」
「は、はい!」
雛森の背筋が伸びる。
「五番隊の来月のシフト見たけど、あなたの休みが無さすぎるわ。これじゃ通せない」
千草は引き出しから書類を出すと、雛森に渡した。雛森は何か言いたげな顔をしているが、俯いてモジモジしていた。檜佐木は隣で心配そうに雛森を見ている。
「……部下を休ませる為?仕事を覚えるため?」
「りょ、両方です……」
千草はため息をついた。
「真面目は美徳だけど。貴方が力んだら部下が気を使うわ。あなたが敬愛する藍染君だって、そんな事しないでしょ」
雛森は顔をあげて千草を見た。だが、千草の冷たい目は変わらず、やっぱり怖かった。
「……もう一度、作り直します……」
「そうね。お願い。あと、檜佐木副隊長は何しに来たの?」
千草の目が檜佐木に向き、檜佐木はドキリとした。
「あ、はい、あの……一番隊隊舎の桜を取りたくて」
「そう………勝手に撮っていいわよ」
「はい…………」
 二人が千草に礼をして帰ろうとすると、千草が雛森を呼び止めた。
「雛森副隊長」
「え!は、はい!」
「私は生まれつきこういう顔で、こんな話し方だけど、怒っている訳でもあなたを怖がらせようとしている訳でも無いから。そんなに怯えなくて大丈夫よ」
千草の意外な弁解に、雛森は目を丸くし、焦って頭を下げた。
「すすす、すみません!!!私、とんだ失礼を!!!」
「……また来てね。次は藍染君も連れて来て。あの子、100年近くここに来てないから」
藍染をあの子呼ばわりした事で、千草が藍染には微塵も気持ちが無いのが、雛森にも檜佐木にも分かった。

 雛森は五番隊に戻ると、藍染に千草の話をした。
「総務官が、藍染隊長に会いたがっていました。交友があるんですね」
雛森はにこやかに話したが、藍染の目が一瞬曇ったのが見えた。まずい事を伝えてしまったと後悔した。
「昔、少しだけ総務で働いていた事があってね……横山総務官は昔の上司なんだ」
藍染が無理矢理笑っているのが雛森には分かった。
「あんな綺麗な方が上司だと、緊張してしまいますね」
「うん、そうだね」
藍染は雛森の頭に手をやり、雛森をねぎらうと仕事に戻って行った。

 藍染隊長は、まだ気持ちを引きずっているのかしら……。会いたくても、会いに行けないんだわ……。

 雛森が考えている事は、浮竹や京楽、卯ノ花も考えていた。
 藍染は千草に『近づいていない』と。
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