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親友の好きな人(京楽 浮竹)

3.無自覚の罪

 無自覚とは罪だ。
 千草は寄ってくる男を尽く突っぱねる。一切期待を持たせない。それはとても高潔な行為だと京楽は思っていた。
 だが、親友の浮竹十四郎という男は残酷だ。脈なんか無い女にも優しくし、期待を持たせてしまうのだ。それがどんな結果を生むかも知らずに。
 

 始業式から10日後、大部屋で新入生歓迎会が行われた。浮竹と千草は進行役として、二人で隅の机についた。
 一通りのレクリエーションが済んで、歓談の時間になると、酒も入ってか、会場は話し声に埋もれた。
「ほとんどやって貰って、ごめんね」
千草が浮竹に茶を渡しながら言った。千草の意外な言葉に、浮竹はポカンとした。
「え、あ、いや、いいよ。菱田はこういうの、苦手じゃないのか?俺は気にならないから」
「…うん。苦手」
小さく頷く千草の仕草が可愛らしく、浮竹は少し動揺した。
「菱田は、飲食物や食器類全部手配してくれたし、お互い様だよ」
「……ありがと」
初めよりも、千草が心を開いていてくれているのが分かり、浮竹は微笑んだ。
「俺達は酒飲めないし、ここにいようか」
「行ってきなよ、京楽君の所」
浮竹が目で京楽を探すと、想像通り新入生の女子生徒に手当たり次第話しかけていた。
「あいつは楽しんでるし、ほっといていいよ」
「そう………」

 浮竹と千草が大衆から離れて、二人きりで話しているのを良く思っていない女達がいた。
 この機会に、浮竹と距離を縮めたいと思っていた女は少なくない。そして、行き場を無くした彼女達の鬱憤は、浮竹といる千草に向いた。京楽はそれに気づいていた。
 一つのグループに纏まってくれればいいものの、あちこちに点在しすぎて、京楽は手の打ちようが無かった。幸い、内輪で文句を言うくらいで済んでいたため、京楽は静観を決めた。
 だが、怖いもの知らずの新入生が、均衡を壊した。
「なあ、あの先輩めちゃくちゃキレイだよな」
「声かけに行こーぜ」
新入生の男二人が、千草と浮竹のいる机に寄って行った。
 男二人は千草の前に行き、名前を尋ねたが、千草は普段通り無視を決めた。代わりに、浮竹がフォローをした。
「ごめんな。コイツこういう場所が苦手で緊張してるんだ。今はほっといてあげてくれ」
「あれ?もしかしてお二人、付き合ってます?」
新入生の男の言葉に、女達の会話が途切れた。
 まずい。
 京楽は、浮竹と千草を見据え、いつでも手助けできるよう準備した。
「そんな訳ないだろう。な、菱田」
穏やかに対応する浮竹に反して、千草は新入生を睨んでいた。
「な、なんスカ。冗談ッスよ」
新入生の男は、まさか睨まれると思わなかったのか、狼狽えた。そこから、冷たい空気が会場に広がった。
「空気悪くしないでよ」
どこかの女が、ワザと聞こえる声で文句を言った。それが着火剤となり、千草への不平不満が会場内の女達に感染していった。
「ホント。自分は何しても許されるてでも思ってるんじゃないの?」
「我儘なのよ」
「男は自分の下僕だとでも思ってるんじゃない?」
同学年の女達が次々と千草を攻撃し始めた。新入生達はヒソヒソと話初め、男達は束になった女達を鎮める事はできずに、顔を見合わせていた。
「おい、何を言い出すんだ!」
その場で浮竹だけが千草を庇った。
 おいおいやめとけ色男。君が出たらややこしくなるぞ。
 「おうい、1年生の君ら!!そこを攻めても時間の無駄だぞ!!こっちおいで。美女なら山ほどいるよ」
京楽は近くの、千草を攻撃した女の肩を抱き、ウィンクをした。女はまんざらでも無さそうな顔で、京楽を見上げた。
「ほら、この子なんて口元のほくろが色っぽいだろ?あっちの子は優しいから、勉強教わるといい」
京楽が口々に女達を褒め始めると、会場の張り詰めた空気が和らいだ。
 京楽の周りに人が集まり始め、千草への注目が消えた。浮竹が一息ついて千草を見ると、血の気が引いて、小刻みに震えている千草がいた。額から汗がつたい、明らかに様子がおかしかった。
「ひし……」
浮竹が話しかけようとした途端、千草は立ち上がり、非常口から外に出て行った。
 浮竹が追おうと立ち上がった時、肩を掴まれた。
「京楽……」
「君は行かない方がいい。とりあえず女の子達の中に入って、機嫌でもとっとけ。僕が行くから」
「……悪い。任せた」
「こっちは頼むよ。色男」
京楽が非常口から出ていくと、浮竹は集団の和の中に入っていった。女達はここぞとばかりに浮竹の周りに集まってきた。

 人気の無い倉庫裏に千草はいた。
 過呼吸になり、苦しそうに胸を押さえていた。
「菱田さん」
千草を見つけた京楽は、千草を抱きかかえ、制服の袖で千草の口を覆った。千草は朦朧とする目で京楽を見上げた。苦しさで、涙が滲んでいた。
「びっくりしたね。ゆっくり息をして。吸うんじゃなくて、吐くんだ……そう。そう…。上手だね」
京楽の声に合わせて呼吸をしていくうちに、千草の呼吸は整っていった。
 呼吸は落ち着いても、手足が痙攣して千草は起き上がれなかった。
「菱田さん。保健室に連れて行きたいんだけど、抱きかかえても、いいかな?」
京楽が優しくし尋ねると、千草は小さく頷いた。
 
 京楽は保健室に千草を連れていき、一緒の時間を過ごした。
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