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親友の好きな人(京楽 浮竹)

23.何がどこまで誰の策なのか

 「随分、藍染君を庇うのね」
 飲み会の帰り道、千草が浮竹に聞いた。
 今日も手は、繋がない。
「……イイヤツだろ。彼」
浮竹は千草を見ないで笑った。千草は横目で浮竹を見たが、すぐに目をそらした。
「……何で彼を推薦したの?」
「……どうしてそんな事………」
浮竹は、嘘が苦手だ。千草はすぐに感づいた。
「………私と彼が、くっつけばいいと思ってる……?」
「……………」
浮竹は答えない。千草は立ち止まり、浮竹を睨んだ。数歩先で浮竹は止まり、横目で千草を見た。
「……何で……?貴方、以前に、私が別に恋人を作って、て言ったら、あんなに怒ったじゃない……」
浮竹は黙り、目を伏せた。千草の言葉には怒りが籠もっていた。
「確かに私は…貴方を傷つけていると自覚してる……!!!でも、それは貴方が望んだ事よ!!!」
「………ああ、そうだな……」
 言い訳をしない代わりに、説明もしない浮竹を見て、千草は憤り、浮竹の頬に平手打ちをした。浮竹の髪が乱れる。
「………恋なんて……絶対に、しない!!あんな子ども何かに………」
「……なら、誰ならいい?……俺も、駄目なんだろ?」
自分の頬に手を当てながら、浮竹が呟いた。声には悲壮感が漂っていた。
「何がしたいの……」
「助けてくれ、千草……」
浮竹は千草の手首を掴み、千草の手を自分の胸に押し当てた。
「張り裂けそうなんだ……もう……胸が」
千草は浮竹の顔を凝視した。浮竹は泣きそうな顔をしている。
「好きなんだ。愛してる。今更他の女なんか愛せない………」
千草は浮竹の顔を見たまま、ポロポロと泣き出した。何の涙なのかは、分からない。浮竹は落ち込んだ顔で千草を見ていた。
 千草は俯いて、しばらく泣いていたが、歩き出した。浮竹は追いかけない。
 千草はそのまま浮竹を見る事無く、夜の闇に消えて行った。

 その数週間後、総務部は年度末作業で慌ただしくなっていた。
 次から次へと持ち込まれる各隊の書類をまとめていると、帰宅は連日で夜更けになった。
 その日は、藍染と千草が二人で残り、作業を進めていた。
 22時を過ぎて、二人はようやく部屋を後にした。
「悪いわね、こんな時間まで残して」
夜の道を歩きながら千草が藍染に言った。千草の息が白い霧になって、闇に消えた。藍染は笑っている。
「僕には、最後ですから。良い思い出です」
「そう……」
「あなたと、こうして二人きりでいられるのも…」
千草はハッとして藍染を見上げた。藍染は部下では無く、男の目になっていた。千草の顔が歪む。
「……最後まで、部下のままでいてほしいわ」
どうして男達は、揃いも揃って関係を壊すのが好きなのか………。
「……残酷な人だ」
藍染の静かな声に、千草の胸が痛んだ。昔、浮竹に言われた言葉が蘇る。
「僕の決心を、汲み取ってはいただけませんか」
「結果は変わらない」
「言わせてください」
千草は藍染から目をそらし、走りだそうとしたが、藍染に手首を掴まれた。
「好きです。あなたが…きっと初めから」
「離して。聞かなかった事にするから」
「聞いてください。覚えていてください。僕があなたを愛していた事を……」
千草は藍染の方を振り返らず、ただ藍染を拒絶した。藍染は引かず、千草の手首を掴む手に力を込めた。
「……見たでしょ。皆私を怖がっているわ……。私の様な女に労力を使わないで」
「……あなたのような方でも、自身を卑下なさるんですね…」
千草は答えず、黙っている。
「だから、浮竹隊長と結ばれないんですか?」
浮竹の名を聞いて、千草は思わず藍染を見た。
「…この3年間、僕はあなたの側にずっといた。気づかない訳がない。あなたは………」 
「やめて!!」
千草は怯えた目で藍染を見た。
「やめて、言わないで」
「……だからあなたは残酷なんです。僕に諦める道もくれないんですか……明白なのに……」
藍染は手を離して、悲しそうに千草を見つめた。その目が以前の浮竹と重なり、千草は顔を歪ませた。
 私にどうしろって言うのよ………。
「はいはいはーい。嫌がる事しないのー」
突然闇夜から、京楽が姿を表した。手にはどぶろくを持っている。
「京楽君……」
千草の目には涙が浮かんでいた。
 京楽は千草の肩を優しく抱き、眉を下げて藍染を見た。
「ごめんよ、惣右介君。出て来ないつもりだったんだけど、親友が困っているみたいだったから、つい、ね」
藍染は動揺している風だったが、諦めた様に踵を返した。
「……横入りは、尊敬できませんよ、京楽隊長」
背を向けたまま、藍染は言った。
「だからごめんってー」
藍染の雰囲気とは真逆の声色で、京楽は謝った。心が籠もっていない。
 藍染はそのまま歩き出した。
 二人からは、藍染の笑みは見えなかった。

 「……大変だったね、千草」
京楽は千草に向き直り、優しい顔で千草の頭をなでた。
「いつから聞いていたの?」
千草は心配そうに京楽を見上げた。
「悪いわね、から」
最初から聞いていたと分かり、千草の顔が青ざめた。
「そんな顔しないの。大丈夫だよ。何も変わらないよ。僕ら3人は」
京楽の笑顔は益々優しくなった。だが、千草は何か悟ったように、目を見開いた。
「京楽君………」
「大切にしてくれて、ありがとう、千草。嬉しかったよ、僕ともずっと一緒に居ようとしてくれて」
「京楽君…私……」
「好きだろ?浮竹の事。男として」
京楽の言葉に千草の涙が溢れた。京楽は千草を抱きしめ、千草は京楽の羽織を掴んで、しがみつく様に泣いた。
「何も不安に思う必要なんか無いんだ。僕はずっと分かってたけど、僕らは変わらなかったでしょ?ね?」
「……変わるわ。あなたは私を抱きしめなくなるし、私は…あなたを抱きしめられない。もっといろんな事が変わってしまう……」
京楽は優しく、千草の腰に腕を回した。
「…浮竹がそんな小さいこと気にするもんか。信じてよ、僕らの浮竹だ」
千草は京楽の顔を見上げ、京楽の頬に手を持っていった。
「優劣をつけたくない」
「優劣とかじゃ無いでしょ。千草、そろそろ僕の親友達を幸せにしてあげてよ。僕、待ちくたびれちゃった」
 千草は京楽の頬を包んだまま、大粒の涙を流した。
 顔を覆って泣く千草の手を引いて、京楽は歩き出した。
 向かっているのは、浮竹の家だった。
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