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親友の好きな人(京楽 浮竹)

22.氷の女と手紙

 藍染が総務部に来て3年目に、休隊していた補佐官が来年戻ってくる事が決まった。総務部の中は一大事だった。
 皆が藍染が居なくなる事を悲しみ、続投を願った。
「仕方ないわ。最初から、穴埋めのつもりだったし。彼は隊長になっていく人材よ」
千草が自分の机から、藍染の周りに群がる部下達を諭すと、一人の女が納得していない顔で千草を見てきた。千草が嫌悪する、女の嫉妬の目だ。
 千草はため息をつき、額に手を当てた。
「総務官は、いつでも藍染さんに会えるから……」
悲劇のヒロインにでもなった様に、彼女は声を震わせた。周りは彼女の言葉に固まり、失言しないかとハラハラと見守った。藍染は首をかしげている。
「………何が言いたいか分からないわ。ハッキリ言って」
千草の冷たい刺さる声に、部下たちは身を震わせた。部屋の空気が一気に凍りつく。千草の圧に、女は首を締められているかの様に息を止めた。
「そ、総務官、は……」
声を絞り出す様に、彼女は喋りだした。
「藍染さんの、恋人…なんでしょ?」
耐えきれなくなったのか、彼女はポロポロと泣き出した。が、涙に同情する様な千草では無い。
「はあ?」
眉間にシワを寄せ、刺すような目の、全ての猜疑心を打ち砕く、絶対零度の声だった。
 泣いている女だけで無く、周りにいた部下達の数人が無意識に泣き出した。そうで無い者も、顔を真っ青にして立ち尽くした。
「……愚かね」
凍りついた空気の中で、千草の声が響いた。
 千草は立ち上がり、ゆっくりと女に近づいて行った。女は段々と呼吸が荒くなり、耐えられずに床に膝をついた。千草は床に這いつくばる女の手前で止まると、しゃがんで女をじっと見た。
「…その噂は、誰に話したの?誰かから、聞いたの?」
無表情で問いただす千草を前にして、女はとうとう過呼吸のようになった。
「ヒッ…ヒッ…ヒッ…ヒッ………」
千草が怖すぎて、誰も助け舟を出せずにいると、男の手が、女を隠すように差し出された。藍染だ。
「横山総務官、僕と彼女で、噂を耳にした人達を廻って取り消して来ます。なので……」
千草はしゃがんだまま藍染を見上げ、藍染は気圧されず、じっと千草を見つめた。
「いいわ……その子、仕事にならないし、連れて行って」
千草は立ち上がり、自分の席に戻って行った。
 それを見た部下達は、ソロソロと仕事に戻っていき、藍染は倒れている女を抱き起こして、部屋から出て行った。
 しばらくして、藍染がその女を振ったという話が、千草の耳に入った。千草からしたら、どうでもいい話だった。

 

 千草が藍染の噂を忘れた頃、頭に包帯を巻いた五番隊隊長が、突然千草にある手紙を持ってきた。
 彼は、それから数カ月後に亡くなった。殉職だった。
 

 心の傷が癒えないうちに、平子真子に隊首試験の打診が出された。
 それを伝えるのは、千草の仕事だった。
 平子真子がいると言われた執務室のドアをノックすると、中から元気のない返事が聞こえた。
 千草がドアを開けると、ソファで項垂れている平子がいた。目の前の机には、隊長羽織が置かれている。
「……貴方に、隊首試験を受けさせるよう、通達が来たわ」
ドアを背にして千草が平子に伝えたが、平子は千草を見もしなかった。
「……何で俺なんすか……隊長の器とちゃうし……」
消え入りそうな声で、平子はポツリと呟いた。千草は表情を変えずに、平子の横顔を見つめた。
「前隊長、五十嵐太郎左衛門の遺言よ」
その言葉に、平子は初めて千草を見た。困惑している顔だった。
「遺言、て、なんなんすか……あのジジイが、そないな事、言うわけ無いやないですか……」
「手元に無いけど、手紙があるわ。見たい?」
平子は立ち上がり、机にあった隊長羽織を、壁にかけた。それを見た千草がドアを開けると、ゆっくりとついて来た。
 道中、千草が平子に説明した。
「数カ月前に、五十嵐隊長が頭に傷を負ったでしょ」
「ああ、ありましたね。そないな事…」
二人は並んで歩きながら話した。
「彼は、自分の力の衰えを感じて、遺書を書いたの。それを自分で私の所に持って来たわ」
「あんのジジイ。死ぬ思うから死ぬんじゃ……ボケェ」
平子は小さく毒づいた。
 総務室の千草の引き出しに、折りたたまれた手紙が入っていた。
「…元柳斎様も、目を通されて、貴方を推薦したわ」
千草はその手紙を平子に渡しながら、そう言った。
 平子は受け取りはしたが、開かず、じっと手紙を持っていた。
「……ここで読まんと、あかんですか?」
「後で返してくれるなら、持って行っていいわよ」
「スンマセ」
平子は小さくお辞儀をして、総務室から出て行った。千草は扉が閉まるまで、平子の背中を見ていた。

 平子は自室で、その手紙を読んだ。

 その夜、千草は平子の事を京楽と浮竹に話した。
「彼があんなにも五十嵐前隊長を慕っていたなんて、知らなかったわ」
遠い目をしながら、千草は語った。
「五十嵐隊長は、随分平子君を買っていたからな」
浮竹が言った。
「あんなにも労力を削って叱っていたのは、期待の裏返しだからねえ」
京楽は目を伏せて笑った。
「二人から見て、平子君はどうなの?隊長向き?」
「彼は副隊長だったからな、あまり詳しくは知らないから、なんとも……」
「そうだねえ……ま、底が知れないよね、彼。時々、鋭い目で人を見てるし」
「誰を?」
「藍染君……とか」
含みのある声で、京楽は呟いた。目は、じっと千草を見ている。
「千草の側にいるのが、気に入らないんじゃないか?」
冗談っぽく、浮竹が笑いながら言った。
「藍染君なんて、否の打ち所が無いから、なあ、千草?」
「……ええ…そうね」
やたら藍染を庇う浮竹に、千草は初めて不信感を抱いた。
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