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親友の好きな人(京楽 浮竹)

21.意識の有無

 藍染惣右介は、噂以上の優良物件だった。
 仕事姿勢は真面目で、覚えは良く、誰とでも打ち解けた。総務部の雰囲気は一気に良くなった。
 死神の内部事情を良く分かっている藍染は、すぐに千草の右腕になった。他の総務部の人員達も、それを願っていたし、納得していた。

 藍染が総務部に来た最初の年度末会議に、千草は藍染を連れて行った。
 もちろん、出席者の目は一斉に藍染に向いたが、千草の手前ゴチャゴチャ言う者は居なかった。だが、平子真子だけはずっとこちら側を見ていたようだった。

 「どうよ、藍染君は」
 会議後の居酒屋で、京楽が酒を注ぎながら千草に聞いた。
「話以上だわ。あっという間に仕事覚えてしまうし、周りとも上手くやってるみたいだし。口添えしてくれた浮竹君に感謝しなくちゃ」
今度は千草が浮竹に酒を注いだ。
「役に立てたようで良かったよ」
浮竹は酒を飲みながら笑った。千草の顔は見れなかった。
 その日の帰り道、浮竹は千草の手を握らなかった。千草からは、何も言われなかった。

 ある日の夕方、千草と藍染で書類の整理をしていた。千草が脚立に登り、藍染が指定されたファイルを渡した。
「これは何のファイルですか?」
千草にファイルを渡しながら藍染が聞いた。
「全ての隊士の出勤名簿よ」
千草は無表情で答えた。
 初めの頃は、藍染も千草の無表情に緊張しているようだったが、これは拒絶の無表情では無いと分かると、リラックスして千草と接するようになってきた。
 性格上、簡単に笑えない千草には、藍染の理解はありがたかった。とは言っても、総務部のメンバーは皆、千草の性格を理解していたし、慕っていた。千草は、身内には優しいタイプなのだ。
「全て管理しているんですね」
「そうね。何かあった時の証拠になるから」
「下手な事できませんね」
「貴方の記録も全てあるわよ。霊術院の成績から、年収、倒した虚の数まで」
「それは恐ろしい」
千草が脚立から降りていくと、藍染は千草の腰を支えて、最後は手を取った。やり方がいやらしくなく、スマートだ。だが、千草はこういうのは苦手だった。
「……気を使って貰って悪いけど、そういうのは結構よ。これからはしないで」
千草が冷たく言い放つと、藍染は焦って手を離した。
「すみません。良かれと思って……」
藍染は申し訳なさそうに目を伏せた。
「……あんまり女性にそう言う事をすると、勘違いされるわよ」
忠告のつもりで千草は言ったが、何故か藍染は目を輝かせて顔をあげた。千草には、理解できない顔だ。千草は顔をしかめて、藍染を見た。
「どうしたの?」
千草は腕を組み、眉を潜めた。そのリアクションに、藍染の目の輝きは消えた。
「あ、いえ。何でもありません。以後気をつけます」
千草は踵を返して、藍染に背を向けた。
「そうね、そうして。じゃあ、帰りましょう。遅くまで残ってくれてありがとう」
千草が出ていくと、藍染もついてきた。
 二人は隊舎から出ると、別々の道に帰って行った。

 千草が一人で歩いていると、後ろから誰かが走ってきた。
「総務官!」
振り返ると、さっき別れたはずの藍染だった。
「なに?」
千草は別段驚きもせず、走ってくる藍染を迎えた。藍染は言いにくそうに頭に手をやり、目を泳がせた。
「……一緒に食事でも、と思いまして……」
何故、先程自分の好意を無下にした相手と食事をしたがるのか、千草には全く理解ができなかった。
「……なん……」 
藍染に聞きかけた所で、千草の声がかき消された。
 艇内に緊急警報が鳴り響いたのだ。
「緊急警報!緊急警報!これは訓練では無い!艇内に巨大虚の霊子あり、場所は……」
千草と藍染のいる場所が、大音量で伝えられた。
「巨大虚が……?」
千草が呟いた瞬間、隣の壁の向こうから虚の叫び声が聞こえた。
 二人は屋根に飛び移り、辺りを見回すと、すぐ近くに2体の巨大虚を発見した。
 千草が斬魄刀に手をかけた瞬間、藍染の手がそれを止めた。
「僕が」
虚勢でも慢心でもない目と声で、藍染は千草に伝えた。千草は藍染をじっと見ると、手をおろした。
「…分かった。見てるわ」
「ありがとうございます」
藍染は微笑み、巨大虚に向き直ると、斬魄刀を抜いた。
「砕けろ、鏡花水月」
すぐに辺りは霧に包まれ、藍染のヒト振りで虚達は同士討ちを始めた。やがて双方が弱った所で、藍染が止めを刺した。
 刀を鞘に収めながら戻ってくる藍染を、千草は敬意を込めた目で見た。
「見事」
「お褒めに預かり光栄です」
藍染は柔らかい笑顔で、嬉しそうに笑った。
「疲れている所悪いけど、隊舎に戻りましょう。報告書を作って。私は総隊長の所へ行くわ」
「はい」
二人はもと来た道を戻り、隊舎に帰って行った。

 千草は調査専門部隊と元柳斎と共に、巨大虚が何故艇内に出現したのか調査にあたったが、結局真相は不明で、無駄に書類作成業務が増えただけだった。
 千草が現場から戻り、調査報告書を作ろうと扉を開けると、藍染がまだいた。時間は23時を過ぎている。
「何をしていたの?報告書はもう作ったんでしょう?」
自分の机に座りながら千草が聞くと、藍染は立ち上がり近寄ってきた。
「横山総務官が、まだいらっしゃると思いまして……。調査は、どうでしたか?」
「不明のままだわ。でも、調査の報告書を作らないとだから、貴方はもう帰っていいわよ。ありがとう」
「僕も残りますよ。何か食べるもの、調達してきますね」
藍染はそう言って部屋から出て行った。
 千草は孤独を苦痛に思うタイプでは無い。なのに、藍染は一人にしまいとしてくる。必要無いのに…。
 千草が報告書を書いていると、藍染がおにぎりを持ってきた。千草はそれを片手でつまみながら、仕事をした。
 深夜0時を過ぎた頃、ようやく報告書が仕上がった。
「おにぎりありがとう。助かったわ」
「お役に立てて良かったです」
二人は話しながら帰路についていた。
「私も貴方も、明日の午前は休みにしといたから。ゆっくり休んで」
そう言って、千草は小さく欠伸をした。
「すみません、僕まで。勝手に居ただけなのに」
「そうね。おにぎりが無かったら、休ませなかったわ」
 藍染は苦笑いをして、千草にお辞儀をすると、自分の部屋に帰って行った。


 次の日、千草も藍染も午前に休んだ事で、総務部に噂がたった。
 二人は、お泊りをしているんじゃないか、と。
 艇内にいた虚の処理をしていた、と後から説明されても、そこに二人で居合わせた事が、更に疑惑を固めてしまった。
 その噂は、藍染を意識している女の口から、ジワジワと広まっていった。
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