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親友の好きな人(京楽 浮竹)

2.部屋の中の孤島

 気がつくと、氷の淑女こと菱田千草が側に立っていた。
「菱田?どうした?」
浮竹は何も気にする風は無く千草に話しかけた。浮竹を追うように、京楽も千草に近づきアタックした。
「菱田さん今日も綺麗だね!何何?何の用?ご飯食べた?よかったらこの後一緒に……」
 千草は京楽を無視して、一枚の紙を浮竹に差し出した。京楽は膝から崩れ落ちた。
「新入生歓迎会の内容、一緒に考えろって」
千草の差し出した紙には、確かに新入生歓迎会と書いてある。浮竹は不思議そうに千草を見上げた。
「あ、ああ、分かった。でも、何で菱田と?」
「私、次席だから」
浮竹は立ち上がり、紙を握りしめながら千草をのぞき込んだ。
「ごめん!!ずっと同じクラスなのに、そんな事も忘れてて……!!」
浮竹は申し訳なさそうに頭を掻いた。だが千草は全く気にする様子は無かった。
「いいよ、別に。じゃあ、また放課後」
「おう。頑張ろうな」
浮竹が手を振る様子を見て、千草は浮竹をじっとみた。千草に真正面から見つめられて、流石の浮竹もドキリとした。
 千草は片手をあげて、京楽を指差した。千草に認識されて、京楽は嬉しそうに頬を染めた。
「この人、しつこいから、私に近寄らせないで」
千草は京楽を見ずに、浮竹に言い放つと、踵を返してスタスタと歩いて行った。
 流石の京楽もショックを受けたらしく、地面に倒れ込んだ。

 週に2回の選択科目に、新入生歓迎会の計画と、浮竹は千草と関わる時間が増えた。千草は相変わらずの態度だが、浮竹は穏やかな態度を崩さなかった。
 ある日の人体解剖学の時間、授業時間も残りわずかになった時、浮竹の隣の千草が船を漕いでいるのが分かった。さしずめ、野生の動物が目の前で寝始めたような、無防備な姿を見せる心の余裕が出来た証に見えた。浮竹は少し微笑んで、授業に集中した。千草が起きたら板書を見せるつもりで、丁寧に書き写した。
 だが、鐘が鳴っても千草は起きなかった。
 そして冒頭の話に戻る。

 次の日、浮竹は早めに学舎に行くと、昇降口で千草を待った。
 京楽を近づけさせるなと言われたのに、京楽と関わらせた負い目を感じていると共に、京楽への誤解を解きたかった。
 門の辺りに千草の姿を見つけると、浮竹は思わず駆け寄った。
「菱田!おはよう」
千草は返事はせず、チラリと浮竹を見ただけで、歩き続けた。浮竹は千草を追いながら、話し続けた。
「あと、昨日はごめん」
千草は反応しない。
「京楽を、近づけさせるなって言ってたのに…」
「どうして?」
下駄箱前でようやく千草が反応した。
「どうして、浮竹君が謝るの?」
千草は草履を脱ぎながら、浮竹に質問をした。浮竹も横で草履を脱いだ。
「えと、京楽は…親友だから……」
端切れの悪い答えだったからか、千草は浮竹を横目でチラリと見て、小さく、そう…、と呟いただけだった。
 千草は浮竹を置き去りにして、教室に向かったが、浮竹はついてきた。
「あんな奴だけどさ、根はイイヤツなんだよ。皆に優しいし…あ、しつこいのは優しいとは言えないけど、話せば分かると思う」
浮竹は千草の後ろで京楽のフォローをし続けた。だが、千草は浮竹を見もしない。
「今は軽い奴に思えるケド、好きになれば一途だよ」
千草が教室の扉を開けると、クラスの女子を追いかける京楽がいた。
「みよちゃーん!今度の休みデートしようよー!」
「京楽君、前はアキナちゃんと出掛けてたでしょ」
「そうだけど、今日のみよちゃんがあまりにも魅力的でさ」
「もう」
そんなやり取りを、恥ずかしげも無く繰り広げる京楽を、千草と浮竹は出入り口でジッと見ていた。
「一途は取り消してくれ」
浮竹は呆れて、頭を抱えたが、千草はさっさと席に向かった。
「……私には、関係ないから」
「菱田…」
千草は鞄を机に置いて、浮竹に背中を向けたまま話した。
「君にとってイイ奴なら、それでいいと思うよ」
浮竹は声をかけられずに、黙って千草の背中を見つめた。
 賑やかな教室の中で、千草の周りだけ、誰にも見えていないような感じがした。

 「どうして菱田は、周りから距離を取るんだろうか…」
昼休み、中庭で昼食を取っているときに、浮竹がふと呟いた。京楽は味噌汁を啜りながら、浮竹を見た。
「どうしたんだい?君も、彼女が気になっちゃった?」
「いや……寂しく、ないのかな、と思って」
お膳を見つめながら、浮竹は真剣な顔つきで語った。その向かいで、京楽は大人びた笑みを浮かべてお椀を置いた。
「一人でいる寂しさより、一人でいる安心、ってのもあるさ」
「そうだろうか…」
「彼女は女の子だ、男の僕らには分からない事が沢山あるだろうよ。美しすぎるってのは、時に自身を追い込むものさ」
含みのある京楽の言葉に、浮竹は何か感じたらしく、黙った。それを見た京楽は話題をそらし、何でもない会話を作った。

 千草は二人の会話を聞いていた。建物の影で。
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