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親友の好きな人(京楽 浮竹)

19.噂のあの人

 「千草サーン!!」
 五番隊を訪れた千草を見つけて、飛んでくる男が一人いた。
「今日はどないされたんですか?俺案内しましょか?」
「結構よ」
大阪弁の男を、千草は冷たくあしらった。
 苦手なのだ。この男のグイグイ来る感じが。
「あなたはあなたのお仕事をして、平子副隊長」
「そんな他人行儀な呼び方やなくて、真子て呼んでください言うてるやないですか」
「真子ーーーっ!!!」
突然、野太い声が隊舎に響いた。
「げ!!隊長……!!!」
「お前またサボりやがってーー!!!どうすんだあの書類の山!!!!!」
「明日本気だしますーーー!!!!」
平子真子は千草に片手を上げると、疾風の如く走り去った。
「ちっ!逃げ足の速い奴め……やや!!総務官殿!!いかがなされました!?」
五番隊隊長は千草を見つけると、やや挙動不審になった。いかついこの男でも、千草よりずっと年下で、千草が怖いのだ。
「今年の備品購入の事でね」
「はっ!!ただ今隊首室にお招きいたします!!おい、誰か茶をお出ししろ!!」
「いらないわ」
「茶はいらんぞ!!!」
 今の隊長達は大体こんな感じで、隊士と距離が近い。
 昔はもっと殺伐としていたが、大分柔らかくなったと思う。平子真子の様に、隊長にラフに接する隊士が大分増えた。ちょうど浮竹や京楽が隊長に就任した辺りから、少しずつ変わってきたと思う。
 千草は二人を尊敬していたし、二人の様になりたくて頑張った。だが、どうしても持ち前の性格で、先のように怖がられる様になってしまった。
 千草は仕方なしと諦めて、外への用事はほぼ補佐官に任せるようになり、あまり外に出なくなった。千草の居場所は、一番隊舎の白い塔の中になった。
 千草が人前にでるのは、年度末に数人の隊長格の前だけになり、氷の魔女の異名は、白塔の魔女に変わった。

「いいんだけどね。私、人と関わるの苦手だし」
浮竹と京楽の向かいで、机に頬杖をつきながら千草が漏らした。
「言う割に、不満がありそうじゃない」
すっかりおじさんになった京楽が、千草に笑いかけた。千草はため息をつきながら手酌した。
「そうなの。噂が尾ひれ付いて広まるのだけは、いい気分がしないわ」
「噂?」
浮竹が聞く。
「そう。総務官は妖怪だとか、千年生きてるとか、男の生気を吸って生きてる、とか…」
千草は不服そうに、眉間にシワを寄せた。京楽は顔を引きつらせた。
「はは……それはそれは……」
京楽は知っている。千草は生粋の処女だ。そして、京楽の横で千草を慰めている親友、浮竹十四郎もおそらく、経験は無い。
 身を引いた京楽としては、早くくっついてほしいのだ。だが、この百年以上、二人は手をつなぐ以上の進展が無い。いじらしいにも程がある。
 京楽が、千草と浮竹の会話を上の空で聞いていると、名前を呼ばれた。
「誰か知らないか?京楽」
京楽がハッとして二人を見ると、浮竹が呆れたようにこちらを見ていた。
「あ、ごめん、聞いてなかった」
「あのね、今度うちの補佐官が出産になるから、戻ってくるまでの間の補充用員を探しているの」
「ああ、それで、誰かいないか、と。総務部で回せないの?」
千草は困ったように肩をすくめた。
「今は若い子ばかりで、人手が足りないの……できれば、御艇の仕事をよく知ってる死神がいいわ」
「俺は、三番隊五席の藍染君がいいんじゃないかと思うんだが、京楽どう思う?」
「ああ、彼ね……」
浮竹が推す死神の名を聞いて、京楽はあまりいい顔をしなかった。
「どんな子?」
「かなり優秀だよ、周りの評判もとてもいい」
浮竹は、随分良い評価を付けているようだ。だが、京楽は反対もしなければ、同意もしない。ただ、不信の目で浮竹を見ていた。
「京楽君は、どう思う?」
千草が京楽に尋ねた。京楽は顎をさすって、宙を見た。
「直接関わりがあるわけじゃ無いからねえ…周りの評判しか……。噂が独り歩きしてる感じも否めないし」
「そう。でも、良い評判があるなら、一度会ってみたいわ」
「なら、俺から口添えしとくよ」
「ありがと、浮竹君」
京楽は、やたら藍染を勧める浮竹の考えが分からなかった。

 「どういうつもりだい?」
 翌日、雨痃堂を訪れた京楽は浮竹を追求した。
 浮竹は京楽の目を見据えて、分かった癖にはぐらかした。
「何の事だ」
「何ではぐらかすのー。藍染君の事だよ」
「何か問題があるか?」
京楽はため息をつき、浮竹ににじりよると、肩を叩いた。
「イタ」
「……何で千草に男をあてがうような事をするんだ。しかも、可能性が高い男を」
浮竹は肩を押さえて、俯いて黙った。何も言わない浮竹に、京楽の苛立ちが募った。
「千草を諦められないからって、ワザワザそんな事するなよ」
珍しく京楽の声に力が籠もったが、浮竹は何も答えなかった。
 京楽は立ち上がり、簾をめくった。
「……後悔するのは、自分だよ」
「……お前は、諦められていいな」
京楽はやや乱暴に簾を戻して、帰って行った。
 残された浮竹は、顔をしかめて机を見つめていた。

 大股で八番隊に向かっていた京楽は、笠をかぶり直し、顔を隠した。
 酷い顔をしているだろうな…。
 僕の苦労も知らずに、勝手な事言ってくれるよ…まったく。
 藍染なんて、僕が知る限り、千草が心を開く可能性が一番高い男じゃないか……。
 僕は、君だから、身を引いたんだぞ、相棒。
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