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親友の好きな人(京楽 浮竹)

18.隊長と総務官

 浮竹と京楽がそれぞれ十三番隊と八番隊の副隊長になると、千草は総務補佐官になった。
 副隊長になると、年度末に隊長と共に決算報告会議と予算編成会議に出席しなければならない。取り仕切りは総務だ。
 総務は、一年間各隊から集めた討伐報告書、会計報告書等をまとめて、会議に出す資料を作成する。全ての情報が入る為、一人分でも辞書程の分厚さになる。
 そして一番の鬼門は予算編成会議だ。どの隊も予算が欲しい為、会議は常に紛糾する。その為、帯刀は禁止され、出席者は鬼道も使えないように殺気石の腕輪をつけられる。
 それでも、暴力で意見を通そうとする者は少なからずいた。
 そんな時、総務官はいつも千草に任せた。力では隊長格に劣る千草でも、攻撃を『流す』のは上手かった。素手と素手の戦いで、千草は負けなかった。相手はたとえ隊長でも、大抵ぶん投げられた。
 千草はもともと流しが上手かったが、総務官の指導で更に腕を上げた。
 総務官は穏やかな老人だった。先が短いのを悟ってか、千草に目をかけ、総務官としての能力を育てていた。千草も、総務官を実の父のように慕った。
 『意見は聞いても、流されるな、顔色を伺うな。何が御艇の為か考えろ』千草は常に、そう教えられていた。


 浮竹と京楽が隊長になって数年後、前総務官が引退し、千草が総務官になった。
 腕には、3本線が入った長方形の腕章をつけた。『御艇の柱と根』を表した腕章だった。
 常に冷静で、相手の感情を配慮しない千草は、相変わらず『氷の淑女』と呼ばれたが、何年経っても容姿が変わらない為『氷の魔女』と呼び名が変化していった。

 年度末の会議が終わると、居酒屋に集まるのが3人の常だった。
「今年もおつかれー」
3人は杯を掲げてお互いを労った。
「今年は千草の『ぶん投げ』が見れなかったなー」
残念そうな京楽の向かいで、千草が苦笑いした。
「良い事じゃない。それに、新人の副隊長がいたし、印象を悪くしなくて良かったわ」
「いやー、あの会議の千草しか知らないとなると……」
「仕方ないさ、総務官はそういう立場だ」
京楽の横で、浮竹が千草のフォローをした。
 浮竹はいつだって千草の味方だ。だが、付き合ってはいない。
「……二人が知っていてくれたら、それでいいわ」
千草は目を伏せて微笑み、酒を飲んだ。
 3人は楽しく酒を飲むと、居酒屋を出た。京楽はいつも通り、今の女の所へ向かった。千草と浮竹は、この時だけ二人きりになる。
 夜道を歩きながら、二人は言葉を交わす。
「…もう一軒、行かないか?」
浮竹が千草を誘うが、千草は表情を動かさない。
「行かないわ」
「まだ飲めるだろ?」
そうだけど…と千草は言葉を濁した。
 浮竹は千草を諦めていない。正当に、千草にアプローチをし続けている。最近では、千草が折れる事が多くなってきた。今回も、もうひと押しだ。
「何も期待しないよ。だけど、まだ居たいんだ、千草と」
「だって………」
「なっ、行こう」
浮竹が手を取ると、千草は俯くだけで拒絶はしなかった。
 浮竹は千草の手を引いて、別の居酒屋に向かった。道中指を絡ませてみたが、千草は嫌がらなかった。
 俺を傷つけない為なのか、本当に嫌では無いのか……。
 浮竹は色々考えたが、二人の関係は確実に進展しつつある為、焦らない事に決めた。
 居酒屋の手前で手を離すと、千草は恥ずかしそうに、浮竹に握られていた手を握りしめた。それを見た浮竹は嬉しそうに笑った。
 
 「……私なんかの何がいいの?」
手にお猪口を持って、千草がまっすぐ浮竹を見ながら聞いた。初めての質問に動揺した浮竹は、少し酒をこぼした。
「ととっ!どうしたんだ、急に」
浮竹は、手拭きで机を拭きながら聞いた。千草は困った顔をしている。
「だって……貴方みたいな素敵な男性が、こんなワガママで自分本位な女…」
「おいおい、俺の親友であり惚れた女をそんな風に言うなよ」
「……複雑だわ」
千草は額に手を当てた。浮竹は至極真面目な顔をしている。
「千草はワガママなんかじゃ無い、いつも俺たちの事考えてくれているし、何より、俺の親友を大切にしてくれてる」
千草がハッとして浮竹を見た。
「千草が大切にしたいモノは、俺にも大切なモノだ。俺も、3人の関係を壊したくはない」
浮竹を見ていた千草の顔が、くしゃ、と歪んだ。
「……なら、何で諦めてくれないの?」
「千草が好きだからだ」
「答えになっていないわ」
「忘れようにも忘れられないんだ。好きだから、心から」
浮竹の真っ直ぐな気持ちが、千草の心を締め付けた。
「…応えられない」
「……いいんだ。こうして、一緒にいられるなら」
 気まずい空気を壊すように、浮竹が千草に酒を注いだ。
 
 帰り道、浮竹が隣の千草の手を握ると、やはり拒絶はされなかった。少し考えてから指を絡ませても、千草は受け入れた。
 これで他の男に取られたら、立ち直れないな、なんて事を浮竹は考えていた。
「……じゃあ、私こっちだから」
千草がするりと手を解き、浮竹をチラリと見てから背中を向けた。黙って見送れない浮竹は、思わず口を開いた。
「…俺の事、真剣に考えてくれて、ありがとな」
千草は立ち止まりはしたが、浮竹を見なかった。
「……何をして真剣というか分からないけど……貴方から離れられない私は…ズルいわ」
「……好きだ、千草」
「あなたもズルいわ」
そう言って千草は去って行った。

 二人の関係は、平行線のままだった。
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