親友の好きな人(京楽 浮竹)
17.距離感
浮竹は死神になってからも、度々床に臥せった。周りは承知の上だし、浮竹の人柄から、それをとやかく言う者はいなかった。
だが、浮竹は周りに迷惑をかけないように、と無理をする事があった。
そして今回も無理をして、結局部屋に担ぎ込まれた。
「仕事はいいから、寝とけよ」
上官はそう言って、浮竹の部屋から出ていった。
今回は熱も出ているようだ。
ボンヤリとする頭で浮竹は考えていた。
肺が苦しい、寒気がする……。
一人で、ベッドの中で丸まっていると、意識が朦朧としてきて、知らないうちに眠っていた。
夢の中で、浮竹は小さな子供になっていた。
布団で寝ていると、弟や妹が心配そうに覗き込んでくる。千代紙で作った鶴や兜を、枕元に置いてくれる。
奥の台所で、母が粥を作ってくれている。母が浸けた梅干しを乗せて、いつも食べさせてもらっていたっけ……。
十四郎、汗をかいているわ。着替えましょう。
母の、細くひび割れた指が、体にあたる。
お母さんは、いつも沢山働いてるのに、迷惑かけれないよ…。
自分で着物を脱ごうとするが、体が動かない。あれ?あれ?と格闘していると、母の手が額にあたった。
熱があるのよ。じっとしてなさい。
「……母さん………」
「私よ」
目が覚めると、目の前に千草の顔があった。
浮竹は驚いて起き上がろうとしたが、千草に押し返された。
「何で千草が……?」
すると浮竹の額に、何か冷たいものがあたった。濡らした手ぬぐいだ…。
「あなたの上官に会ったの。また倒れたって聞いたから」
「わざわざ仕事中に来なくても……」
「何言ってるの、もう夕方よ」
「何?!」
窓の外を見ると、確かに夕暮れだった。知らないうちに、長い時間寝ていたのだ。
「食事とか困るだろうと思って、来たの」
「……そっか……ありがとな」
千草は浮竹が寝ているベッドから離れて、台所に立った。
「…お粥でいい?」
「うん…」
浮竹は天井を見ながら、千草の心中を考えた。
多分、倒れたのが京楽でも、同じように部屋に上がるんだろう…。千草は、俺に対して抜きん出た感情は持っていないのだから…。
『彼女の残酷さに耐えられなかった』
京楽の言葉が、頭の中で蘇った。
気持ちを伝えた後でも、千草は親友としての立ち位置を変えない。俺を見捨てない代わりに、京楽も見捨てない。特別を造らない。俺が千草を好きでいても、何も……。
しばらくして、千草が粥を持ってきた。起き上がって椀の中を見ると、粥の上には、真っ赤な梅干しが乗っていた。
「自分で食べれる…?」
「……食べさせてほしい」
「浮竹君でも、甘えるのね」
「千草にだけ、な」
そんな事を言っても、千草の表情は変わらない。
千草は、梅干しを潰すと粥とまぜて、ひとさじすくった。自分の息を吹きかけて冷ますと、ゆっくり浮竹の口元に持っていった。浮竹が口を大きく開けると、そっと匙を浮竹の口の中に持っていった。
「…塩加減、どう?」
千草は浮竹の顔を覗き込みながら聞いた。浮竹は粥を飲み込むと、笑顔で千草を見た。
「上手いよ」
「…そう、良かった」
「もっと」
浮竹は口を開けて催促した。千草は同じように浮竹に粥を食べさせた。
本当に、この女は掴めない。部屋に上がって、ご飯を食べさせて……それでも、俺の事は親友なんだな…。
全て食べ終えると、千草は食器を洗いに行った。
「……なあ、千草」
浮竹は、千草の背中に向かって声をかけた。
「何?」
「倒れたのが京楽でも、同じ事したか?」
千草の動きが止まった。
「……そうね、したかも。でも彼には女の子が常にいるし、私が出る幕はないわ」
「……そうか」
「……期待をもたせたなら、謝るわ。単純に貴方が心配だったのよ」
千草は振り返り、申し訳なさそうに浮竹を見つめた。
千草も、葛藤しているのだ。距離感が、掴めずに。
「前にも言ったけど、私はあなた達が好きなのよ。役に立ちたい。必要とされたい。だけど、どこまでしていいか、分からない」
千草の声が震えた。
「ねえ、浮竹君も恋人つくって。そうしたら、私、距離感がわかるから。こんな近づかなくて済むから」
「残酷だよ、千草」
静かな浮竹の声に、千草の顔が歪んだ。自分の言った言葉がどれだけ酷い事か、分かったようだ。
浮竹はベッドから立ち上がり、千草に近寄った。千草は逃げずに、浮竹を見据えた。
「俺はお前が好きだと言っただろ」
「でも、私は…」
「分かってる。だが、他の奴を好きになれなんて、お前が言うな」
千草は酷くショックを受けたように青ざめ、浮竹から目を離せなくなった。
「……ごめんなさい……本当に……失言だった……」
浮竹は、壁に千草を追いやり、腕で逃げ道を封じた。
「…俺は男で、お前は女だ。俺の好きな女だ。俺はいつだってお前に触れたいし、口づけだってしたい。だが、お前がそれを嫌がるなら、こんな所に来てはいけない」
低く、諭すような声で浮竹は千草に言った。千草の顔は相変わらず歪んでいる。
「俺に近づくなら、それ相応の覚悟を持って来てくれ、これからは……」
浮竹が壁から腕を離すと、千草は浮竹の横をすり抜けて出口に向かった。
浮竹は目を瞑って、離れていく千草の気配を感じていた。
「……浮竹君……ごめんなさい。本当に……」
私を嫌わないで、とは言えなかった。千草は玄関で浮竹の後ろ姿を見つめた。
「……お粥、ありがとな。でも、次はいいから。俺を好きになった時に、また来てくれ」
「……うん…」
消えるような声で言うと、千草は部屋から出ていった。
あんなにも……あんなにも優しい人を、私は、傷つけた。最悪だ。消えてしまいたい。
罪悪感に苛まれながら、千草は自分の部屋に帰っていった。
体が快方すると、浮竹は京楽に事の顛末を話した。
「君の理性って何でできてるの?鉄?金?」
浮竹は死神になってからも、度々床に臥せった。周りは承知の上だし、浮竹の人柄から、それをとやかく言う者はいなかった。
だが、浮竹は周りに迷惑をかけないように、と無理をする事があった。
そして今回も無理をして、結局部屋に担ぎ込まれた。
「仕事はいいから、寝とけよ」
上官はそう言って、浮竹の部屋から出ていった。
今回は熱も出ているようだ。
ボンヤリとする頭で浮竹は考えていた。
肺が苦しい、寒気がする……。
一人で、ベッドの中で丸まっていると、意識が朦朧としてきて、知らないうちに眠っていた。
夢の中で、浮竹は小さな子供になっていた。
布団で寝ていると、弟や妹が心配そうに覗き込んでくる。千代紙で作った鶴や兜を、枕元に置いてくれる。
奥の台所で、母が粥を作ってくれている。母が浸けた梅干しを乗せて、いつも食べさせてもらっていたっけ……。
十四郎、汗をかいているわ。着替えましょう。
母の、細くひび割れた指が、体にあたる。
お母さんは、いつも沢山働いてるのに、迷惑かけれないよ…。
自分で着物を脱ごうとするが、体が動かない。あれ?あれ?と格闘していると、母の手が額にあたった。
熱があるのよ。じっとしてなさい。
「……母さん………」
「私よ」
目が覚めると、目の前に千草の顔があった。
浮竹は驚いて起き上がろうとしたが、千草に押し返された。
「何で千草が……?」
すると浮竹の額に、何か冷たいものがあたった。濡らした手ぬぐいだ…。
「あなたの上官に会ったの。また倒れたって聞いたから」
「わざわざ仕事中に来なくても……」
「何言ってるの、もう夕方よ」
「何?!」
窓の外を見ると、確かに夕暮れだった。知らないうちに、長い時間寝ていたのだ。
「食事とか困るだろうと思って、来たの」
「……そっか……ありがとな」
千草は浮竹が寝ているベッドから離れて、台所に立った。
「…お粥でいい?」
「うん…」
浮竹は天井を見ながら、千草の心中を考えた。
多分、倒れたのが京楽でも、同じように部屋に上がるんだろう…。千草は、俺に対して抜きん出た感情は持っていないのだから…。
『彼女の残酷さに耐えられなかった』
京楽の言葉が、頭の中で蘇った。
気持ちを伝えた後でも、千草は親友としての立ち位置を変えない。俺を見捨てない代わりに、京楽も見捨てない。特別を造らない。俺が千草を好きでいても、何も……。
しばらくして、千草が粥を持ってきた。起き上がって椀の中を見ると、粥の上には、真っ赤な梅干しが乗っていた。
「自分で食べれる…?」
「……食べさせてほしい」
「浮竹君でも、甘えるのね」
「千草にだけ、な」
そんな事を言っても、千草の表情は変わらない。
千草は、梅干しを潰すと粥とまぜて、ひとさじすくった。自分の息を吹きかけて冷ますと、ゆっくり浮竹の口元に持っていった。浮竹が口を大きく開けると、そっと匙を浮竹の口の中に持っていった。
「…塩加減、どう?」
千草は浮竹の顔を覗き込みながら聞いた。浮竹は粥を飲み込むと、笑顔で千草を見た。
「上手いよ」
「…そう、良かった」
「もっと」
浮竹は口を開けて催促した。千草は同じように浮竹に粥を食べさせた。
本当に、この女は掴めない。部屋に上がって、ご飯を食べさせて……それでも、俺の事は親友なんだな…。
全て食べ終えると、千草は食器を洗いに行った。
「……なあ、千草」
浮竹は、千草の背中に向かって声をかけた。
「何?」
「倒れたのが京楽でも、同じ事したか?」
千草の動きが止まった。
「……そうね、したかも。でも彼には女の子が常にいるし、私が出る幕はないわ」
「……そうか」
「……期待をもたせたなら、謝るわ。単純に貴方が心配だったのよ」
千草は振り返り、申し訳なさそうに浮竹を見つめた。
千草も、葛藤しているのだ。距離感が、掴めずに。
「前にも言ったけど、私はあなた達が好きなのよ。役に立ちたい。必要とされたい。だけど、どこまでしていいか、分からない」
千草の声が震えた。
「ねえ、浮竹君も恋人つくって。そうしたら、私、距離感がわかるから。こんな近づかなくて済むから」
「残酷だよ、千草」
静かな浮竹の声に、千草の顔が歪んだ。自分の言った言葉がどれだけ酷い事か、分かったようだ。
浮竹はベッドから立ち上がり、千草に近寄った。千草は逃げずに、浮竹を見据えた。
「俺はお前が好きだと言っただろ」
「でも、私は…」
「分かってる。だが、他の奴を好きになれなんて、お前が言うな」
千草は酷くショックを受けたように青ざめ、浮竹から目を離せなくなった。
「……ごめんなさい……本当に……失言だった……」
浮竹は、壁に千草を追いやり、腕で逃げ道を封じた。
「…俺は男で、お前は女だ。俺の好きな女だ。俺はいつだってお前に触れたいし、口づけだってしたい。だが、お前がそれを嫌がるなら、こんな所に来てはいけない」
低く、諭すような声で浮竹は千草に言った。千草の顔は相変わらず歪んでいる。
「俺に近づくなら、それ相応の覚悟を持って来てくれ、これからは……」
浮竹が壁から腕を離すと、千草は浮竹の横をすり抜けて出口に向かった。
浮竹は目を瞑って、離れていく千草の気配を感じていた。
「……浮竹君……ごめんなさい。本当に……」
私を嫌わないで、とは言えなかった。千草は玄関で浮竹の後ろ姿を見つめた。
「……お粥、ありがとな。でも、次はいいから。俺を好きになった時に、また来てくれ」
「……うん…」
消えるような声で言うと、千草は部屋から出ていった。
あんなにも……あんなにも優しい人を、私は、傷つけた。最悪だ。消えてしまいたい。
罪悪感に苛まれながら、千草は自分の部屋に帰っていった。
体が快方すると、浮竹は京楽に事の顛末を話した。
「君の理性って何でできてるの?鉄?金?」