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親友の好きな人(京楽 浮竹)

14.ただの友達でいて

 現世が泰平を取り戻した頃、千草は現世に行く事になった。
 3人は居酒屋に集まって、千草の見送り会をした。
「どれくらい行くんだ?」
千草に酒を注ぎながら、浮竹が聞いた。
「1年よ。帰ってきたら、晴れて総務部」
千草は嬉しそうだ。
「総務部って、書類仕事ばっかりやる所でしょー?よくそんな所行こうと思うよね」
いかにも嫌そうな顔をして、京楽が酒を飲んだ。
 京楽は、彼女を作ったり別れたりを繰り返すようになった。浮竹や千草には交際を明言しないが、女の部屋から出勤している話をよく耳にした。でも、3人の集まりには必ず顔を出している。京楽は言わないが、千草の存在で関係が拗れているのは、浮竹にはよく分かった。それでも京楽は、千草との友情を守った。千草がそれに気づいているかは、謎だった。
 「あなた達が隊長になる頃に、私は総務官になるの」
千草は得意そうに二人を見据えた。
「あなた達を、支えるわ」
「そりゃあ、頼もしいね」
京楽は目を伏せて笑った。

 居酒屋を出ると、京楽は自室とは反対方向に歩き出した。
「どこに行くんだ?」
浮竹が京楽の背中に尋ねると、京楽はヒラヒラと手を振った。
「女の子のとこー」
京楽は振り返りもせず、夜の闇に溶けていった。
「京楽君、毎回相手が違うわね」
京楽の情事に焦りも不安も無い口調で、千草が浮竹を見上げた。君のせいだよ、とは口が裂けても言えない。
「浮竹君は、いい人いないの?」
「何を突然」
浮竹は苦笑いしながら歩き出した。千草もついて来た。
「気になるの。貴方がどんな子を選ぶのか」
「千草こそ、好きな男はいないのか?」
自分の話をしたくなくて、浮竹は千草に話を振った。
「ズルいわ。私に言わせようとして」
「そっちから振ったんじゃないか」
「……そうね。そうだわ」
千草の冷静な声が闇に響く。
 千草は早足で進むと、浮竹の前に立ちはだかった。
「もう一軒行きましょう」
千草は上目遣いで浮竹を見た。浮竹の心臓が痛む。
「私より飲めたら、私の好きな人教えてあげる」
「もう飲めないよ」
浮竹は困った顔で千草を見下ろし、千草は残念そうに口を尖らした。
「…そう、残念ね」
「また今度」
落ち込む千草の肩に、浮竹は手を置いた。千草は地面を見ている。
「1年後よ」
「すぐだよ」
「あなた達がいない1年は、きっととても寂しい……」
寂しそうな千草の顔に、浮竹は異様に欲情した。
 周りが暗いのも合わさって、千草は妖艶で神秘的だった。今すぐ抱きしめて、口づけをしたい欲に駆られたが、浮竹は持ち前の理性で耐えた。
「……帰ろう。明日出立だろ?」
浮竹は千草を回転させて前を向かせようと、肩を掴む手に力を込めたが、千草は動かなかった。
「……まだ帰りたくない」
それはやめてくれ。帰ってくれないと、俺は、どうしたらいいんだ。
 浮竹は混乱する頭で、どうしたら千草が帰ってくれるのか、アレコレ考えた。だが、部屋に連れ帰りたいという欲が勝って、帰す方法が見つからなかった。
「ねえ、1年離れるのよ?もう少し一緒にいてもいいでしょ?」
だから、何でそれを俺に言うんだ。だったら、京楽を引き止めれば良かったじゃないか。
 浮竹は千草の肩を両手でガシリと掴むと、大きく深呼吸をした。
「……恋人でも無い男に、そんな事を言うもんじゃない………」
結局、浮竹の理性が欲に勝利した。千草はキョトンとしている。
「……何で?」
千草は本当に分からなさそうな顔で、浮竹を見上げていたが、何か感づいたように、浮竹から目をそらした。
「……分かった。帰るわ」
千草は小さく呟いて、浮竹に背を向けて歩き出した。少し離れて、浮竹もついて行った。
「……1年、離れるから、戻ってきたら、また集まりましょう。3人で」
1年の間に忘れろ、と言われているようだった。だから浮竹は返事をしなかった。返事をしたら、諦めると同義だと思った。
 黙って歩いているうちに、千草と別れる場所まで来た。
「……じゃあね」
浮竹の顔を見ずに、千草は言った。浮竹は小さく、またな、と言った。
 小さくなっていく千草の背中を見ていて、浮竹はたまらず千草を呼び止めた。
「千草」
千草は振り返り、今度は浮竹を見た。
「何?」
「お前の好きな人って、俺と京楽だろ」
浮竹が言うと、千草は微笑んだ。
「正解」
そして千草は、今度こそ闇に消えて行った。
 アイツは、あの夏休みから何も変わっていない。俺達は、勝手に苦しんでるだけだ。無様だ。
 浮竹は込み上げる感情を殺して、一人で帰って行った。千草が帰って来るまでに、新しい好きな女性ができるといいのに、と思った。

 それから丸1年、千草は一回も帰って来なかった。
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