親友の好きな人(京楽 浮竹)
13.生殺し
千草は一番隊、京楽は三番隊、浮竹は七番隊に配属された。
千草に席次は無かったが、京楽と浮竹はそれぞれ十五と十二席になった。
千草は無名ではあったが、入隊初日に千草の噂が御艇に広がった。
とんでもない美人がいる、と。
京楽と浮竹がいる三番隊と七番隊にも、その噂が来た。同期というだけで、二人は質問攻めに合い、辟易した。
程なくして、千草が他隊の上官をぶん投げたという噂がたった。リンチだ、半殺しだ、と噂は尾ヒレがついて広まった。そして、学生時代の異名がまた復活した。
氷の淑女の復活だ。
おそらく、しつこかった男に痺れを切らした千草が、何かのきっかけでぶん投げたのだろう、と二人は踏んでいた。
3人は定期的に集まり、酒を酌み交わした。その度に千草は、まとわりつく男達の愚痴を言った。浮竹と京楽以外に気を許せる友は、現れていないようだった。
ある日、事務仕事に疲れた京楽がフラフラ歩いていると、浮竹に呼ばれた。
浮竹は京楽を探していたようで、肩で息をしていた。
「良かった…もう、戻らないといけなかったから…」
「どうしたんだい?そんな慌てて……」
浮竹は何か真妙な顔つきで、京楽を探していたくせに、言いづらそうに唇を噛んだ。
「伊勢の……義姉さんが…亡くなられたそうだ……」
「なんだって?」
京楽の元には、そんな話は届いていない。一瞬疑ったが、浮竹が言うのだから、と信じた。信じた途端に、胃が石にでもなったかのような、冷たく重たい感じがした。
「神器紛失の罪で…先日刑が執行された……」
呆然とする京楽を見て、浮竹は申し訳無さそうに俯いた。
「すまない…。言わない方が良かったか……」
「いや、知れて良かったよ……ありがとう……」
絞り出すような声で、京楽は浮竹に言った。本心だ。浮竹には感謝している。だが、それ以上何を言えばいいか、分からなかった。
浮竹は何も言わず京楽を見ていたが、足を一歩引いた。
「……じゃあ、また………」
「……うん………」
素っ気ない別れだが、京楽には有り難かった。何か言葉をかけられても、辛いだけだ。
京楽は壁にもたれて、足元を見た。
僕のせいだ。
あんな頼み、断れば良かった…。
どこかで分かっていたのに…。
今更どうしようもない後悔が、京楽の頭を巡った。押しつぶされそうになって、体が傾いた時、細い手が京楽を支えた。
「何かあったの?顔色が悪いわ」
「千草………」
「二人が一緒にいる気配がしたから来たの……京楽君、一人?」
「うん…………」
心がない京楽の返事に、千草は心配そうに京楽を見た。京楽は、朦朧とする頭で千草を見た。
「兄の……妻、だった人が、亡くなったんだ………処刑された………」
京楽は千草の足元を見ていた為、千草の表情が分からなかった。
すると、千草の細い指が、京楽の頬に触れた。
「泣けないの?泣きたくないの?どっち?」
京楽がゆっくり千草を見ると、まっすぐな千草の目と視線が合った。
「……君が抱きしめてくれたら、泣けるかも……」
無理矢理笑ってみせた。
「なん…て……」
苦し紛れの打ち消しの言葉が、遮られた。
気がつくと、京楽の首に千草の腕がまわされていた。京楽の顔は、千草の肩に沈んだ。
「いいよ。泣きなよ」
京楽の耳元で、千草の声がした。
「全部、忘れるから」
その瞬間、京楽のたくましい腕が、千草の背中にまわされ、キツく抱きしめた。
京楽は千草にすがりついて、声を上げて泣いた。幸い、人は通らなかった。
千草は黙って京楽を受け入れて、優しく背中を撫でた。
二人はしばらく、寄り添って座っていた。
日が傾き始めたころ、千草が京楽を見た。
泣き晴らした京楽の目は、赤くなっていた。ボンヤリする目で、京楽も千草を見た。
「…浮竹君には、黙っていよっか。何か……悪いし」
京楽は黙って千草を見るだけで、返事をしなかった。千草は京楽から目を離し、地面を見つめた。
「浮竹君の方が、貴方に頼られたかったと思うわ」
「……うん……」
京楽も千草から目を離した。
ズルいよ。
僕にすがらせておいて、無かった事にするのかい?
こんな中途半端な優しさなら、無い方が良かった……。
「帰ろ」
千草が立ち上がり、京楽に手を差し出した。京楽は千草の手を握らない。
「もう少し、ここにいるよ………」
「……そう……。じゃあ、またね」
「うん……」
千草は名残惜しそうに京楽を見てから、背を向けて去っていった。
残酷だ。
彼女は、残酷だ。
僕らは、とんでもない女を、好きになってしまったようだよ。浮竹。
早めに別の女を見つけないと、身を滅ぼすよ。
まあ、浮竹はそんな事しないだろうけど。
僕には無理だ。
辛すぎる。
千草は一番隊、京楽は三番隊、浮竹は七番隊に配属された。
千草に席次は無かったが、京楽と浮竹はそれぞれ十五と十二席になった。
千草は無名ではあったが、入隊初日に千草の噂が御艇に広がった。
とんでもない美人がいる、と。
京楽と浮竹がいる三番隊と七番隊にも、その噂が来た。同期というだけで、二人は質問攻めに合い、辟易した。
程なくして、千草が他隊の上官をぶん投げたという噂がたった。リンチだ、半殺しだ、と噂は尾ヒレがついて広まった。そして、学生時代の異名がまた復活した。
氷の淑女の復活だ。
おそらく、しつこかった男に痺れを切らした千草が、何かのきっかけでぶん投げたのだろう、と二人は踏んでいた。
3人は定期的に集まり、酒を酌み交わした。その度に千草は、まとわりつく男達の愚痴を言った。浮竹と京楽以外に気を許せる友は、現れていないようだった。
ある日、事務仕事に疲れた京楽がフラフラ歩いていると、浮竹に呼ばれた。
浮竹は京楽を探していたようで、肩で息をしていた。
「良かった…もう、戻らないといけなかったから…」
「どうしたんだい?そんな慌てて……」
浮竹は何か真妙な顔つきで、京楽を探していたくせに、言いづらそうに唇を噛んだ。
「伊勢の……義姉さんが…亡くなられたそうだ……」
「なんだって?」
京楽の元には、そんな話は届いていない。一瞬疑ったが、浮竹が言うのだから、と信じた。信じた途端に、胃が石にでもなったかのような、冷たく重たい感じがした。
「神器紛失の罪で…先日刑が執行された……」
呆然とする京楽を見て、浮竹は申し訳無さそうに俯いた。
「すまない…。言わない方が良かったか……」
「いや、知れて良かったよ……ありがとう……」
絞り出すような声で、京楽は浮竹に言った。本心だ。浮竹には感謝している。だが、それ以上何を言えばいいか、分からなかった。
浮竹は何も言わず京楽を見ていたが、足を一歩引いた。
「……じゃあ、また………」
「……うん………」
素っ気ない別れだが、京楽には有り難かった。何か言葉をかけられても、辛いだけだ。
京楽は壁にもたれて、足元を見た。
僕のせいだ。
あんな頼み、断れば良かった…。
どこかで分かっていたのに…。
今更どうしようもない後悔が、京楽の頭を巡った。押しつぶされそうになって、体が傾いた時、細い手が京楽を支えた。
「何かあったの?顔色が悪いわ」
「千草………」
「二人が一緒にいる気配がしたから来たの……京楽君、一人?」
「うん…………」
心がない京楽の返事に、千草は心配そうに京楽を見た。京楽は、朦朧とする頭で千草を見た。
「兄の……妻、だった人が、亡くなったんだ………処刑された………」
京楽は千草の足元を見ていた為、千草の表情が分からなかった。
すると、千草の細い指が、京楽の頬に触れた。
「泣けないの?泣きたくないの?どっち?」
京楽がゆっくり千草を見ると、まっすぐな千草の目と視線が合った。
「……君が抱きしめてくれたら、泣けるかも……」
無理矢理笑ってみせた。
「なん…て……」
苦し紛れの打ち消しの言葉が、遮られた。
気がつくと、京楽の首に千草の腕がまわされていた。京楽の顔は、千草の肩に沈んだ。
「いいよ。泣きなよ」
京楽の耳元で、千草の声がした。
「全部、忘れるから」
その瞬間、京楽のたくましい腕が、千草の背中にまわされ、キツく抱きしめた。
京楽は千草にすがりついて、声を上げて泣いた。幸い、人は通らなかった。
千草は黙って京楽を受け入れて、優しく背中を撫でた。
二人はしばらく、寄り添って座っていた。
日が傾き始めたころ、千草が京楽を見た。
泣き晴らした京楽の目は、赤くなっていた。ボンヤリする目で、京楽も千草を見た。
「…浮竹君には、黙っていよっか。何か……悪いし」
京楽は黙って千草を見るだけで、返事をしなかった。千草は京楽から目を離し、地面を見つめた。
「浮竹君の方が、貴方に頼られたかったと思うわ」
「……うん……」
京楽も千草から目を離した。
ズルいよ。
僕にすがらせておいて、無かった事にするのかい?
こんな中途半端な優しさなら、無い方が良かった……。
「帰ろ」
千草が立ち上がり、京楽に手を差し出した。京楽は千草の手を握らない。
「もう少し、ここにいるよ………」
「……そう……。じゃあ、またね」
「うん……」
千草は名残惜しそうに京楽を見てから、背を向けて去っていった。
残酷だ。
彼女は、残酷だ。
僕らは、とんでもない女を、好きになってしまったようだよ。浮竹。
早めに別の女を見つけないと、身を滅ぼすよ。
まあ、浮竹はそんな事しないだろうけど。
僕には無理だ。
辛すぎる。