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親友の好きな人(京楽 浮竹)

12.卒業式

 僕らは、千草に恋をしている。
 お互い口には出さないけど、気づいてる。
 それでお互いに、身を引き合ってる。
 馬鹿なんだ。お互いに。
 千草は、恋を避けてる。
 3人で居たいから。
 そうだね。分かるよ。
 どちらかが千草とくっついたって、僕ら男の友情は変わらない。
 だけど千草は違う。
 『親友の恋人』になってしまう。
 関係が壊れてしまう。
 千草は、3人でいたいんだ。
 ずっと、これからも、永遠に。
 千草が僕らから離れられないから、僕らも千草から離れられない。
 哀れな片思いは、ズルズルと続く。

 今年の冬は短かった。
 霊術院の卒業式の時期には、早咲きの桜が咲いていた。
 大広間で、浮竹が壇上に上がり、送辞を読み上げた。京楽は堅い雰囲気に気疲れして、椅子にもたれて体を沈めた。早く終わらないかな、と思っていた。千草は、椅子に沈む京楽の姿を後ろから見ていた。壇上の浮竹も、チラリと京楽を見たような気がした。
 庭では後輩たちが卒業生を待ち受けており、多くの後輩達が親交のあった卒業生の元に話をしに行った。
 京楽は喧騒から離れ、梅の木の下で大衆を見守った。すると、人混みからモーセの海渡よろしく千草が姿を表した。後ろには、何とか千草と話そうと試行錯誤する男の集団がいた。
 千草はやかましい男達を一睨みすると、一瞬で男達を凍りつかせた。氷の淑女は未だ健在だ。
「……怖い女って、思ってる?」
京楽を足元で見据えながら千草が聞いた。
「ううん」
京楽はやんわりとした笑顔で千草を見上げた。千草は京楽の隣に座った。
「もしかしたら僕も、あの集団の中にいたのかな、って思ってさ」
人混みにまぎれていく男達の後ろ姿を見送りながら、京楽が笑いながら言った。千草は昔を思い出して、少し顔をしかめた。
「昔の事よ。それに、今こうして一緒にいるのなら、私達は親友になる運命だったのよ」
ハッキリとした口調で千草が言い放った。
「……そうだねえ」
僕らは親友。それ以上でも、それ以下でもない。
「……ねえ、見て、京楽君。浮竹君が、私物を強奪されてるわ」
千草が指差した方には、女子に群がられる浮竹がいた。筆、墨、文鎮、未使用の紙、教本……次々と手が伸びて、浮竹の私物を奪っていた。浮竹は困ってはいるが、女子達に冷たくできずにいた。
「アイツも、千草を見習うべきだよ」
呆れたように京楽が呟くと、千草は首を振って笑った。
「あれが浮竹君の良さよ。あれで誰にも憎まれないんだから、すごいわ」
浮竹を見つめる千草の目には、憧れが宿っていた。京楽は、そんな千草の横顔を静かに見守った。
「浮竹は男だから、女とは勝手が違うよ」
「あら、そう言ってもらえて嬉しいわ」
「僕は、ほら、女心が分かる男だから」
二人でハハハッと笑うと、二人してまた大衆を見守った。
 向こうの世界と、こちらの世界が別れているように感じた。
 京楽は心の中で、まだ浮竹が帰って来なければいいと思った。
「……浮竹君、なかなか解放されないわね……」
私物争奪戦が終わると、今度は恋文の渡し合戦になっていた。浮竹は何とか断ろうとしている様だったが、断りきれずに受け取ってしまっていた。
「………千草」
京楽が浮竹から目を離して千草を見ると、千草も京楽を見て、髪を耳にかけた。
「ん?」
「二人で、どっか、行っちゃおっか」
「何言ってるの、待っててあげましょうよ」
千草は困ったように笑って、京楽の腕を軽く叩いた。
 僕がただ待ちくたびれたと受け取ったのなら、君はやっぱり、僕を意識はしていないんだね。少しは照れてくれても、良かったんだけど、な。
 京楽は千草に笑い返すと、地面に寝転がった。白梅が目についた。桜みたいに派手さが無く、慎ましいこの花は、千草とは不釣り合いだと思った。
「千草は梅が似合わないなあ……」
「どういう事?」
千草が京楽の顔を覗き込んだ。
「とっても人目を引くから、千草は。桜みたいだ」
下から見上げた千草も、変わらず綺麗だった。
「……なら私、梅になりたいわ。目立たない白梅に」
千草は体を起こし、京楽から目を離した。
「京楽君と、浮竹君にだけ知ってもらえれば、それでいいから」
京楽が千草の視線の先を見ると、浮竹がいた。
「………世界を広げなよ、千草」
でないと、僕は、君から離れられない………。
「必要無いわ。満ち足りてるもの」
「そうかね」
君には欲というモノが無いのかね千草。



 いつか、僕ら以外に、千草が心許せる男が現れればいいと思う。
 そして、その人と恋に落ちてくれ。
 そうすれば、僕らは君を忘れられる。
 そうして別々の伴侶を得て、ずっと親友でいよう。
 分かってくれ千草。
 僕らを解放してくれ。
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