親友の好きな人(京楽 浮竹)
1. 氷の淑女
京楽と浮竹が霊術院に入ってから5年目になった。来年で最終学年。そして、卒業後は晴れて死神になる。
二人とも、入隊が既に決まっていた。
選択授業の後、京楽は別の授業を受けていた浮竹がいるはずの教室に向かった。他の生徒たちは、京楽とは反対方向の食堂に向かっていた。
講義室に入ると、ガランとした部屋の壁際に白髪の頭が一つだけ見えた。
「おーい、浮竹ェ、ご飯いくよー」
口に手を添えて親友を呼ぶと、親友は静かに振り向いた。浮竹は指を口にあてて、静かに、と合図した。片方の手で、自分の肩の辺りを指差している。
講義室の下段にいる浮竹の肩の下は、京楽からは見えず、京楽は音を立てないよう注意をしながら階段を降りた。
浮竹の横に来て、京楽は言葉を失った。
浮竹の横で、女性が机に体を預けて寝息を立てていた。その女性がどかないと、浮竹は席を離れられないのだ。しかし、浮竹は寝ている女性をわざわざ起こす事などしない男だ。
女性が浮竹の横で寝ている事は、問題ではない。その女性そのものが、京楽に言葉を失わせた。
「氷の淑女を手懐けたのか……?」
「その呼び名はやめろ、京楽。本人が聞いたら悲しむぞ」
浮竹の言葉を無視して、京楽は氷の淑女の隣に座り、寝顔を拝んだ。
「いやあ、綺麗だなあ…。こんな事なら僕も人体解剖学取れば良かった……」
「お前嫌われてるから、無理だろう」
「浮竹ー、仲を取り持ってよー」
「しばらく大人しくしていろ」
二人の話声に、氷の淑女が目を開けた。
まだボンヤリしている目で辺りを見回し、横で手を振る京楽を見た瞬間、カッと目を見開き京楽を睨んだ。
「おはよー」
「どいて」
氷の淑女は立ち上がり、挨拶を無視して京楽を見下ろした。
「ねえ、今からご飯でしょ?なら僕らと…」
「どいて」
会話をする気が微塵も無い事を悟り、京楽は渋々道を開けた。氷の淑女は二人に一言も言わず、無言で階段をあがり、部屋から出ていった。
「相変わらず、つれないなあー」
「近づくなって言われたの、忘れたのか?」
氷の淑女は、本名を菱田千草(ひしだちぐさ)と言った。
彼女の美貌は嫌でも人目をひきつけ、入学初日から院内の噂になった。浮竹と京楽は同じ特進クラスで、京楽は終始千草を見ていた。
次の日から、先輩や他クラスの生徒が代わる代わる教室を訪れ、菱田千草を鑑賞した。千草はギャラリーに愛想笑い一つする事無く、黙々と読書にふけった。ある先輩が教室に入り、直接千草に話しかけても、千草は一言も発さず、教室を凍りつかせた。
それ以来千草は、氷の淑女と影で言われるようになった。
本人は呼び名を知ってか知らずか、この4年間誰に対しても態度を変えなかった。必要事項以外は話さない、表情を変えない、話しかけられても冷たくあしらった。
普通なら周りから距離を置かれるだろうが、千草の周りには男がまとわりついた。ほとんど本能のように寄ってたかって、千草をモノにせんと思索した。京楽も例外では無かった。
何度も何度も何度も何度も振られても、京楽は千草に話かけ続けた。
それでも千草は、京楽を初め、誰にも心を許す事は無かった。
5年生に上がり、浮竹が人体解剖学を選択すると、隣の席に千草がいた。
「菱田?同じ選択だな!よろしくな!」
屈託のない笑顔で千草に話しかけるが、千草は横目で浮竹を見るだけで、返事すらしなかった。
「あ!ごめん!もしかして俺の事知らない?同じクラスの……」
「…知ってる」
千草は浮竹を見ずに、小さく呟いた。
「浮竹君、主席だから…」
鈴のような綺麗な声が浮竹の耳に届いた。浮竹は嬉しそうにニカッと笑うと、千草の横に腰掛けた。
「覚えててくれたんだ!ありがとな!俺よく休むから、覚えられて無いと思ってたよ」
千草と浮竹は4年間同じクラスだが、ちゃんと話すのは始めてだった。それなのに、浮竹は旧知の仲のように千草に話しかけた。
「俺達のクラスでこれ取ったの、俺と菱田の二人だけみたいだな。菱田は何で、人体解剖学取ったんだ?」
「…人が少ないから」
「そっか。俺は、自分が体弱いから、体の仕組み知りたくてさ」
「……そう」
そうこうしていると講師が現れ、浮竹はおしゃべりをやめて授業に集中した。授業中は一切話す事は無く、淡々と授業を終えた。
鐘がなると、千草はさっさと荷物をまとめて席を立った。
「あ、菱田」
帰ろうとしている千草の背中に向かって、浮竹が声をかけた。
千草は立ち止まり、横目で浮竹を見た。
「これから、よろしくな」
浮竹は笑って、千草に手を振った。千草は一瞬顔をしかめたが、俯いてしまい顔がよく見えなかった。
千草は結局何も言わず、教室を出ていった。すれ違う生徒は皆、千草の顔に見とれていた。
「菱田さんと席が隣で喋っただとー!」
その後庭で昼ご飯を食べながら、先程の事を京楽に話すと、劣化の如く怒った。
「僕なんか、話しかけても、目すら合わせてもらえないのに!!この男の敵め!!」
京楽は浮竹の後ろに行き、首に腕を回してしめた。
「やめろバカ!!」
浮竹は京楽を引き剥がし、自分の首を撫でた。
「ほとんど会話になって無かったけどな。菱田は相槌うつだけだったし…」
「新参者が菱田さんと話せるなんて、思わない事だね」
「ずっと同じクラスだよ……」
「浮竹君」
後ろから名前を呼ばれ振り返ると、会話のネタにしていた女が立っていた。
「菱田?どうした?」
京楽と浮竹が霊術院に入ってから5年目になった。来年で最終学年。そして、卒業後は晴れて死神になる。
二人とも、入隊が既に決まっていた。
選択授業の後、京楽は別の授業を受けていた浮竹がいるはずの教室に向かった。他の生徒たちは、京楽とは反対方向の食堂に向かっていた。
講義室に入ると、ガランとした部屋の壁際に白髪の頭が一つだけ見えた。
「おーい、浮竹ェ、ご飯いくよー」
口に手を添えて親友を呼ぶと、親友は静かに振り向いた。浮竹は指を口にあてて、静かに、と合図した。片方の手で、自分の肩の辺りを指差している。
講義室の下段にいる浮竹の肩の下は、京楽からは見えず、京楽は音を立てないよう注意をしながら階段を降りた。
浮竹の横に来て、京楽は言葉を失った。
浮竹の横で、女性が机に体を預けて寝息を立てていた。その女性がどかないと、浮竹は席を離れられないのだ。しかし、浮竹は寝ている女性をわざわざ起こす事などしない男だ。
女性が浮竹の横で寝ている事は、問題ではない。その女性そのものが、京楽に言葉を失わせた。
「氷の淑女を手懐けたのか……?」
「その呼び名はやめろ、京楽。本人が聞いたら悲しむぞ」
浮竹の言葉を無視して、京楽は氷の淑女の隣に座り、寝顔を拝んだ。
「いやあ、綺麗だなあ…。こんな事なら僕も人体解剖学取れば良かった……」
「お前嫌われてるから、無理だろう」
「浮竹ー、仲を取り持ってよー」
「しばらく大人しくしていろ」
二人の話声に、氷の淑女が目を開けた。
まだボンヤリしている目で辺りを見回し、横で手を振る京楽を見た瞬間、カッと目を見開き京楽を睨んだ。
「おはよー」
「どいて」
氷の淑女は立ち上がり、挨拶を無視して京楽を見下ろした。
「ねえ、今からご飯でしょ?なら僕らと…」
「どいて」
会話をする気が微塵も無い事を悟り、京楽は渋々道を開けた。氷の淑女は二人に一言も言わず、無言で階段をあがり、部屋から出ていった。
「相変わらず、つれないなあー」
「近づくなって言われたの、忘れたのか?」
氷の淑女は、本名を菱田千草(ひしだちぐさ)と言った。
彼女の美貌は嫌でも人目をひきつけ、入学初日から院内の噂になった。浮竹と京楽は同じ特進クラスで、京楽は終始千草を見ていた。
次の日から、先輩や他クラスの生徒が代わる代わる教室を訪れ、菱田千草を鑑賞した。千草はギャラリーに愛想笑い一つする事無く、黙々と読書にふけった。ある先輩が教室に入り、直接千草に話しかけても、千草は一言も発さず、教室を凍りつかせた。
それ以来千草は、氷の淑女と影で言われるようになった。
本人は呼び名を知ってか知らずか、この4年間誰に対しても態度を変えなかった。必要事項以外は話さない、表情を変えない、話しかけられても冷たくあしらった。
普通なら周りから距離を置かれるだろうが、千草の周りには男がまとわりついた。ほとんど本能のように寄ってたかって、千草をモノにせんと思索した。京楽も例外では無かった。
何度も何度も何度も何度も振られても、京楽は千草に話かけ続けた。
それでも千草は、京楽を初め、誰にも心を許す事は無かった。
5年生に上がり、浮竹が人体解剖学を選択すると、隣の席に千草がいた。
「菱田?同じ選択だな!よろしくな!」
屈託のない笑顔で千草に話しかけるが、千草は横目で浮竹を見るだけで、返事すらしなかった。
「あ!ごめん!もしかして俺の事知らない?同じクラスの……」
「…知ってる」
千草は浮竹を見ずに、小さく呟いた。
「浮竹君、主席だから…」
鈴のような綺麗な声が浮竹の耳に届いた。浮竹は嬉しそうにニカッと笑うと、千草の横に腰掛けた。
「覚えててくれたんだ!ありがとな!俺よく休むから、覚えられて無いと思ってたよ」
千草と浮竹は4年間同じクラスだが、ちゃんと話すのは始めてだった。それなのに、浮竹は旧知の仲のように千草に話しかけた。
「俺達のクラスでこれ取ったの、俺と菱田の二人だけみたいだな。菱田は何で、人体解剖学取ったんだ?」
「…人が少ないから」
「そっか。俺は、自分が体弱いから、体の仕組み知りたくてさ」
「……そう」
そうこうしていると講師が現れ、浮竹はおしゃべりをやめて授業に集中した。授業中は一切話す事は無く、淡々と授業を終えた。
鐘がなると、千草はさっさと荷物をまとめて席を立った。
「あ、菱田」
帰ろうとしている千草の背中に向かって、浮竹が声をかけた。
千草は立ち止まり、横目で浮竹を見た。
「これから、よろしくな」
浮竹は笑って、千草に手を振った。千草は一瞬顔をしかめたが、俯いてしまい顔がよく見えなかった。
千草は結局何も言わず、教室を出ていった。すれ違う生徒は皆、千草の顔に見とれていた。
「菱田さんと席が隣で喋っただとー!」
その後庭で昼ご飯を食べながら、先程の事を京楽に話すと、劣化の如く怒った。
「僕なんか、話しかけても、目すら合わせてもらえないのに!!この男の敵め!!」
京楽は浮竹の後ろに行き、首に腕を回してしめた。
「やめろバカ!!」
浮竹は京楽を引き剥がし、自分の首を撫でた。
「ほとんど会話になって無かったけどな。菱田は相槌うつだけだったし…」
「新参者が菱田さんと話せるなんて、思わない事だね」
「ずっと同じクラスだよ……」
「浮竹君」
後ろから名前を呼ばれ振り返ると、会話のネタにしていた女が立っていた。
「菱田?どうした?」
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