烏野
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自分のことは二の次で、いつだって誰かのために頑張ってる──そんなキミを、僕はずっと見てきたんだ。
「後藤さーん!職員室までノート持っていくの手伝ってー」
「いいよー。じゃあ行こうか」
昼休みになってクラスメイトに頼まれた彼女は二つ返事で快諾し、ノートを半分ずつ持って教室を出ていく。
その姿を静かに見送りながら僕は、昼休みくらい自分のために時間を使えばいいのに、なんてことをヘッドホンから流れてくる音楽を聴きながらぼんやりと思っていた。
「ツッキー!一緒に部室行こう!」
「うるさい山口。ていうか言われなくても行くし」
放課後になって山口に声をかけられて、少し呆れながらもそう返して席を立つ。
「わっ、」
「え?」
急に驚いたような声がすぐ後ろから聞こえて振り向いた先には、何かのプリントを両手で抱えた後藤さんがいた。
「ビックリした……月島くんってホントに背が高いんだねぇ」
「え、何それ。今更じゃない?」
「うん、まぁそうなんだけど。私、前の方の席だし……月島くんが立ってるとこ、あんまり見ないから」
そう言われ、確かにそうかも知れない、と改めて思い直す。
「ところで後藤さん、そのプリントは?」
山口がそう聞くと後藤さんは「ああ、これ?」と僕たちにプリントの表を見せながら答えた。
「ボランティアの参加用紙。土日に駅前で障害者の為の募金やるんだって」
「ふーん……休みの日にまで頑張るとか。どれだけお人好しなの」
「あはは。うちの弟にも同じこと言われた。それより二人とも、部活は?そろそろ行った方がいいと思うけど」
「あっ、そうだよツッキー!早く行こう!」
後藤さんの指摘と山口の急かすような言葉に僕は、はいはい、と呆れた溜め息を吐いて部室に向かう。
「後藤さんってホント優しいよね。皆から頼りにされてるし」
「どこが。ただ頼まれたら断れないってだけじゃん」
「え~と……ツッキー、なんか怒ってない?いつもより歩くの早いけど」
「……別に」
口では否定しつつも、山口の言うとおり僕は少しイライラしていた──でもそれは、山口に対してじゃない。
他の知らない誰かのために、あそこまで頑張れる後藤さんが理解できない自分に対してだ。
(ていうかなんで僕、こんなイライラしてんの……意味わかんない)
それが一体何なのかも分からなくて、余計に機嫌が悪くなっていく。
それでも部活は先輩たちに迷惑かけない程度に素っ気なくやって、なんとか乗り切った。
「……あのさ、ツッキー」
「なに」
「ツッキーってもしかして後藤さんのこと、その……好きなの?」
「…………は?」
夕陽が照る帰り道で山口が唐突にそんなことを聞いてきたから、僕は思わず足を止める。
「なんで急にそんな話になるわけ?」
「え、だってツッキー、いつも後藤さんのこと見てた気がするから……無意識かも知れないけど」
「……だからって何でそう思うの」
「昼休みにボランティアの話を聞いた時、ツッキー不機嫌になったじゃん。それって頑張りすぎな後藤さんが心配になったからだよね?」
図星を突かれて一瞬だけど言葉に詰まった……さすがに小学校からの腐れ縁ともなると、誤魔化しは利かないみたいだ。
「明日、土曜日の朝練が終わったらさ、様子見に行ってみない?」
「なんで僕まで行かないといけないの」
「いいから!一緒に行こう!ねっ、ツッキー!」
「っ、……分かった。行けばいいんでしょ」
珍しく押しが強い山口に少なからず驚いたけど、それが彼なりの気遣いだと理解するのに、そう時間は掛からなかった。
(余計なお世話でもあるけどね……)
そして土曜日になり、部活の朝練も終わって駅に行く前に山口に声をかける……と。
山口は今日、嶋田さんのところでサーブ練習を見てもらう予定だったのを忘れてたみたいで、ごめんツッキー!と言いながら先に帰っていった。
仕方なく一人で駅前に向かっていると、ボランティアのスタッフ用ジャンパーを着た人たちがちらほら見え始めて、僕は後藤さんの姿を捜す。
(……?おかしいな、何処にもいないんだけど。ていうか昨日あんなに張り切ってたくせにいないとか、どういうこと?)
そう思った僕は他のボランティアの人に後藤さんのことを訊いてみた。
そしたら彼女は午前中まではいたらしいけど、途中で眩暈を起こして倒れてしまい、今は休憩中だと言っていた。
「はぁ……だから言ったのに」
駅の中に入ると、ベンチに横になって寝ている後藤さんを見つけて歩み寄る。
「頑張りすぎも良くないでしょ」
呟くようにそう言って、僕は自販機で買ってきたオレンジジュースをベンチの端に置いた。
「……次からは、気を付けなよね」
それだけ言って僕は、これ以上の長居は無用だと思って踵を返して家路につく。
そんな僕の後ろ姿を、うっすらと目を覚ました後藤さんが見送りながら呟くように「ありがと」と言っていたなんて、この時は知る由もなかったけど。
ジレンマ
(期待なんて、するだけ無駄なんだよ)
2019.04.23